『 カタチ 』



 青の間に入ると、そのひとがきれいな顔を向けた。
「やあ」
 ほんの少し空間を歪め、他から隠すようにして作った次元の隙間。力の強いものなら歪みも見えるが、幸いにもナスカの子どもたちはこの部屋に来ない。彼の姿が見えるのはジョミーだけだ。
「また難しい顔をしているね」
 死んだはずの人がやさしくジョミーに笑いかけてくる。ほろ苦く笑って、ジョミーは答えた。
「どうしても見付からないんです」
「まだ探していたのかい?」
「探しますよ、いつまでも」
 ジョミーの言葉に、彼は小さく肩を竦めたようだった。諦めが悪いねとでも言いたそうな顔だ。
 メギドとともに自爆し霧散した人のカケラをジョミーは集めた。自分が何をしたか、何をしているかという意識もなく、ただ彼を失くしたくない一心で、ジョミーは彼のカケラを拾い集め、彼にカタチを与えた。
 再構築、或いは再生。
 彼の姿なら、彼自身よりよく知っている。
 けれど彼の身体は不安定で、ほんの少しの刺激ですぐにまた霧散してしまう。
「ジョミー」
 二度と聞くことは叶わないと思った甘い声で、彼はジョミーの名を呼んだ。
「キスしてくれないのかい?」
 苦く笑ったジョミーは、自嘲を込めた息をついた。
「僕にそれを言うんですか?」
「君以外には言わないよ?」
「残酷な人だ、あなたは」
 言うと、ブルーが嫣然と笑う。
「やっとわかったのかい?」
 ジョミーの力で彼の身体を再生した故に、いまの彼は純粋に彼だけで作られていない。彼に混じる不純物が、彼のカタチを不安定なものしている。
 だからジョミーは、ここに彼を閉じ込めた。誰にも触れさせず、時間の流れさえ異なる空間で。彼のカタチを留めるために。
「ぼくは自分勝手で我がままなんだ。君に触れられずに長らえるより、君に触れる一瞬をぼくは選ぶ」
「でも、そんなことをしたらあなたは……!」
「それでもだよ」
 彼の身体に混じる彼ではないもの。ジョミーでもあるそれは、遮蔽がなければジョミーのもとに一気に流れ出そうとする。
 霧散。それを再び再生することは可能だ。メギドのときより容易いとも言っていい。けれど。
「――あなたの痛みを感じるんです」
 ジョミーの言葉を彼は黙っておもしろそうに聞いている。
「あなたを再生することは何度でも可能だ。でも、あなたが平気なわけじゃない」
 形を留めようとする抵抗、身体が砕け散るという衝撃。いったいどれほどの苦痛をこの人に与えているか、わからないジョミーではない。
 だから調べた。不純物を取り除き、彼の形を定着させるにはどうすればいいか。けれど、いまだ答えは見付けられずにいる。
「ジョミー」
 甘い掠れた声で名前を呼び、彼はその手を彼が選んだ長に向けた。
「言っただろう? それでもぼくは君を選ぶと」
「でも」
「君に一瞬でも触れられるのなら、どんな苦痛でも耐えられるよ」
 日ごと夜ごと、彼は痛みに耐えながら消失と再生を繰り返す。
「君に触れられないのなら生きていても意味がない」
 誘うように彼は喉に指をすべらせ、足を開いて、ジョミーのシールドに触れようとする。
「ばかだ、あなたは……」
「君ほどじゃあない」
 シールドに彼が触れる前に、ジョミーはそれを外した。ジョミーのシールドに彼が触れれば、彼はそれだけで消失してしまう。
「ブルー」
 腕を伸ばし、ジョミーを迎える白いひとを、ジョミーは強く抱き締めた。
「どうして、いつもあなたは」
「年よりは我がままなんだ」
 彼の形を留めようとするように、ジョミーはぎゅっと背中に回した腕に力を込める。
「ブルー……」
 彼のぬくもり、彼の匂い。ジョミーだけが知る彼を形作るもの。
 しあわせそうに彼が笑んだのと、腕の中のぬくもりが消えたのは同時だった。
 

2008.6.1


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