ソルジャー・シンことジョミー・マーキス・シンは、不完全なミュウだった。故に心の遮蔽はできず、気持ちも思考もシャングリラ中につつ抜け状態。なまじ力が強いだけにその思念は艦の隅々まで行き渡り、艦内放送しているがごとく響き渡っている。
対するソルジャー・ブルーは完全なるミュウにして偉大なるミュウの長。伝説のタイプ・ブルー・オリジンとさえ言われている。当然、彼の思考を読めるものなどいるわけはなく、かろうじてフィシスだけが僅かに彼の心の動きを感じることができる程度だった。
そう、「だった」
彼が選んだ次代の長、ジョミー・マーキス・シン――ジョミーが来るまでは。
ブルーの思念がゆるくなったというわけではない。オープンになったわけでも、力が衰えたというわけでもなかった。いや、確かに昔に較べればサイオン能力も低下はしているのだろうが、それでも彼の力が強大であることに変わりはない。
そう、ブルーは変わらない。全然、まったく、これっぽっちも。偉大なるミュウの長に変化はない。
そしてソルジャー・シンも変わらなかった。彼もここに来た当初と、やはり全然変わっていない。
では、なぜ「だった」のか。
答えは簡単だ。
ジョミーはブルーといることが多かった。
ブルーの体調を気遣って長時間一緒にいることはないが、彼はできる限り青の間に顔を出す。ブルーが目覚めたときはもちろん、眠っているときですら、彼はブルーの傍にいることが多かった。
もう一度言う。ジョミーは心の遮蔽がへたくそだった。彼の思考も気持ちも何もかもがつつ抜けで、大声で心の朗読をしているみたいなものだった。
それは当然、ジョミーが青の間にいるときも変わらない。
ブルーの寝顔に彼がどんな感想を抱いているか、ブルーの目覚めに彼がどれほど心を躍らせているか、どれだけ待ちわびていたか。その気持ちをおそろしいほど艦内に垂れ流している。
重ねて言う。ジョミーの力は強かった。読むつもりはなくても、勝手に思念波が頭に飛び込んでくるほど強かった。
そして、彼はまた、たいへん真っ直ぐな性質の持ち主でもあった。
ブルーが目覚めれば彼の心は踊り、ブルーが彼に向かって微笑めば彼の心は喜色に溢れる。それはときに恥ずかしいほどの素直さで、鏡のようにぶしつけだった。
もちろん、それはジョミーだけのことであって、ブルーの思考は完ぺきなまでに遮蔽されている。
しかしだ。
ジョミーの思考のあれこれで、ブルーの言動はもちろん、心情でさえ容易に想像できてしまうのは致し方ない事実だった。
「ねえ、先生」
子どものひとりが無邪気に問う。
「スリーピング・ビューティってなぁに?」
普段であれば、それはグリム童話の眠り姫のことで、いばら姫とも呼ばれうんぬんと解説するところだが、彼女のいうスリーピング・ビューティが何を指しているかわかるだけに、ヒルマンは言葉を濁した。
「それはだね…」
何と言おうか迷っているうちに、子どもの無邪気な言葉は進む。
「ジョミーの中、その言葉でいっぱいなの。どうしてソルジャー・ブルーがスリーピング・ビューティなの?」
「いや、それは……」
いっそソルジャー・シンに聞いてくれとヒルマンは思う。
「それだけソルジャー・ブルーがきれいってことだよ」
知ったかぶりで、少し年長の男の子が答える。女の子は首を傾げた。
「でもスリーピング・ビューティってお姫さまのことでしょ? ソルジャーはお姫さまなの?」
「お姫さまみたいにきれいってことさ!」
どこか得意げに言う少年を見上げていた少女が振り返った。
「あ!」
「あっ」
子どもたちが一斉に変化に気付く。
「ソルジャーが目を覚ましたわ!」
「ジョミーうれしいって」
「ジョミーの中、ソルジャーでいっぱい」
「王子さまのキスで目覚めたって」
「ソルジャーの顔が赤いのってそうぞうできない」
女の子のひとりが、頬に手をあて、生意気な溜め息をついた。
「ジョミー、思念は垂れ流しなのにヴィジョンは遮蔽してるのってどうしてかしら」
ジョミーの心の声は艦内中に響き渡っているのに、どうしたわけか映像の方は響き渡らない。まるで壊れたテレビか障害が入った通信のように、声だけが頭に響いてくる状態なのだ。
「イメージを送るのがへたなんじゃない? 思念は勝手にあふれてくるけど」
「でもソルジャー以外はけっこう見えるよ」
「でもソルジャーは見えないわ」
「青の間も見えないわ」
子どものひとりが、ヒルマンのマントを引いた。
「ねえ、先生。今度、ジョミーにヴィジョンの送り方おしえてあげて」
「ソルジャーの顔が見たいの」
「赤くなったソルジャーが見たい」
「ジョミーが見てるソルジャーが見たいの」
ああ、とヒルマンは答えた。
「――考えておこう」
だが、とヒルマンはこっそり溜め息をつく。
おそらくおしえても無駄だろう。
これだけは素早く習得したのか、それとも無意識か。自身の心は垂れ流しても、ブルーの姿はカケラたりとも流さない。
さすがだ。
ブルーの目覚めとともに、くるくる変わるジョミーの心。いったい彼の前で、我らの長はどんな顔をして、どんな言葉をはき、どんな声で呼ぶのか。そんなものを垂れ流されてはたいへんなことになる。
それにしても。
ヒルマンはもう一度、息をつく。
シャングリラ中に垂れ流されるソルジャー・シンのブルー・マイ・ラブ。それを平然と受け止めているソルジャー・ブルーもどうかとヒルマンは思う。
「あ!」
再び子どもたちが変化に気付いた。
「ジョミーの心臓が跳ねた」
「ジョミー、ちょっと困ってる?」
ジョミーの、“だめだよ、そんなことしちゃ”という声に続き、“大丈夫じゃないよ”という言葉が続く。
「ソルジャー、ジョミーを困らせてる……?」
「でもジョミー、“仕方がない人だ”って」
「“ボクが何言ってもきかないんだから”って」
「ジョミー、拗ねちゃった?」
「“笑わないでよ”だって」
「ソルジャー、笑ってる?」
わかりやすすぎる……。
ジョミーの心情はもとより、ソルジャー・ブルーの言動ももはや垂れ流されているに等しいとヒルマンは――以下略。いや、垂れ流されているのはソルジャーたちの睦言か。
さすがにコトが始まれば、ソルジャー・ブルーが鉄壁のシールドを張るが、これからはコトが始まる前にも張ってくれるよう進言しなければなるまい。だが、いったい誰がそんなことを、あのソルジャー・ブルーに言えるというのか。
難問だ。
眉間の皺を押さえ、ヒルマンは立ち塞がる大きな課題の前に、深い溜め息をついた。
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