白い指がカードをめくる。天体の間。緩やかな曲線を描く階段の上で、フィシスは未来を占っていた。
「これは……」
手にしたカードに何かを読み取ったのか。フィシスが小さな声を上げる。それにもうひとつの声が訊ねた。
「どうだった? フィシス」
声はどこか不安げで、子どもめいている。彼らしくないおずおずとした聞きように、フィシスは小さな苦笑を洩らした。
「心配はいりませんわ、ソルジャー」
「ほんとかい?」
「大丈夫です。ジョミーはあなたのことを忘れてなんかいません」
安堵の気配。目の前の彼の、肩から力が抜けたことにフィシスは気付く。
が――
安堵と同時に不安は不満へと変わったのだろう。彼は、偉大なミュウの長、ソルジャー・ブルーと呼ばれる彼は、何故だか拗ねたような声を出した。
「だったら、どうしてジョミーは最近部屋を訪ねてくれないんだ?」
「あなたが眠っているからですわ」
「寝顔を見に来たっていいじゃないか」
ナスカナスカって。ぶつぶつ。
開くことのないフィシスの目には、当然ブルーの姿は見えない。いや、それ以上に彼の姿は実体ではなく、思念によるものだ。けれど何故か彼が唇を尖らせているような気がして、それが再び苦笑を誘う。
「何度も見に行っているでしょうに」
フィシスが知る限り、ジョミーは度々青の間を訪れている。最近はナスカとシャングリラの往復で時間が取れないようだが、そうして訊ねられない日が続くと、そのあとは決まって、長い間ジョミーは青の間から出てこなかった。
しかしブルーとフィシスでは認識に差があるらしい。フィシスがそう言うと、そんなことはない、とブルーは力説する。
「眠っていても親しいものの気配くらいわかる。ハーレイやドクターや君の気配は感じても、ジョミーの気配を感じたことなんて」
フィシスは穏やかな笑みを浮かべた。
「でも三日前には感じたでしょう?」
「感じてない」
「一週間前は?」
「全然」
「十日前には?」
「まったく」
フィシスは首を傾げた。
三日前も一週間前も十日前も。ジョミーは青の間に篭もり、ブルーと「話をしていた」はずだ。深い眠りについて尚、ハーレイやドクターの気配を感じる彼が、いちばん愛しいものの気配を感じ取れないなど――
少し考えて、フィシスはブルーに訊ねた。
「ソルジャー、キャプテンやドクターの気配はどんなふうに感じられるのですか?」
首をナナメに傾け、視線を明後日に向けていたブルーが、身体を起こす。
「波が立つんだ」
「波……」
「さざなみのように空気を揺らして、その波の色で誰だかわかる」
「皆どんな波を?」
フィシスの問いに、ブルーが顔を向けた。
「みんなやさしい波だよ、フィシス。ハーレイは穏やかで、ドクターは静かで、そして君の波は温かい」
それでもブルーにとって、それらは皆異質なものであることに変わりはない。だから波が立つのだとフィシスは思う。――ただひとつ、ジョミーの気配を除いて。
「それだけジョミーは、あなたに近いということなのでしょう」
気配を気配と感じないくらい。
「フィシス?」
「それとも感じないくらい、慣れ親しんだ気配ということなのでしょうか」
それだけ彼を許しているのだと、ブルーは気付いているのかどうか。
クスッとフィシスは笑って、耳を澄ませた。
「もうすぐジョミーが戻ってきます」
「……そのようだね」
「たまには眠った振りをして待ってみるのもいいかもしれません」
ブルーが肩を竦める。
「狸寝入りを勧めるのかい?」
君が?と、どこか呆れたような紅い目が向けられる。にっこりとフィシスは笑んだ。
「はい。そうすれば、立たない波の正体がわかるかもしれません」
どこかいたずらな笑みを浮かべるソーシャラーに、ブルーは聞いた。
「それは予言かい? フィシス」
「助言ですわ、ソルジャー」
どこか納得できない顔で消えたソルジャーに、再びフィシスが笑う。そんな彼女を見上げ、階段の下からアルフレートが困ったように溜め息をついた。
「まったくソルジャーにも困ったものです」
「アルフレート」
「フィシス様に恋占いをさせるなど」
恋占いどころか――
そのときの様子を思い出し、もう一度フィシスは微笑った。
「せっかくのナスカの花を全部むしり取りそうな勢いでした」
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