ジョミーの思念は強い。にもかかわらず、彼はそれをコントロールする術を知らず、シールドもまともに張ることすらできずにいる。
思念の強さは力の強さだ。時に人が機械を暴走させてしまうように、ジョミーもまた、強すぎる己の力に振り回されている。まして彼は人間として14年間生きてきたのだ。ミュウとしては赤子にも等しく、その力の強さは危険ですらある。
もしも彼の力が暴走したら、いったいどうなってしまうのか。ジョミーが力に目覚めた、あのときのようなことは断じて避けなければならない。
いつもそうであったように、長老たちは青の間に出向き、ソルジャーの寝台を取り囲むように顔を揃えた。ハーレイ、ゼル、ヒルマン、エラ女史、そしてブラウ。
何か問題が起こると、長老たちは必ず最後の判断を彼に任せ、委ねてきた。それは彼が予知を失ってからもかわらない。彼が長たる所以。それは単に力の強さだけではなかったのだろう。彼はけして揺るがない。
「本来なら我々が導くところですが――」
彼らの偉大な長は、常と変わらぬ穏やさで彼らの杞憂を受け止めた。
〈ぼくがやるよ〉 長老たちの言葉に、ブルーは目を閉じたまま静かに応える。
「しかし、お身体が」
それにも静かにブルーは答えた。
〈ジョミーのことはぼくにまかせて〉
「ですが、」
もともとブルーにそれを告げるのは反対だったのか。尚も食い下がるハーレイの肩をブラウが抑えた。
「他に誰があの子を抑えられるってんだい?」
これにはハーレイも黙るしかなかった。
ジョミーと張ることができるのはブルーのみ。彼しか制御できない以上、ブルーに任せるしかない。
長老たちを安心させるように、眠るソルジャーの口許が穏やかに笑む。
〈無理はしないから大丈夫〉
長老たちは顔を見合わせ、一礼して青の間を後にした。
青の間を訪れるのはジョミーの日課だ。ミュウの長は眠り続けている。眠り続けても尚シャングリラ中を守るかのように包み込んでいる彼の思念を確かめるために、ジョミーはいつもここに来る。
「ブルー」
呼びかける前に、ジョミーは彼の変化に気付いた。
「起きてるんですか?」
ああ、と眠る彼が答え、鮮やかな紅い目が瞼の下から現れた。
宝石色の瞳。色素を失った虹彩が、血の色を映し出している。その瞳に自分の顔を認めて、ジョミーの心臓が微かに跳ねた。
〈……うれしそうだね〉
ブルーの思念が頭に響く。
〈思念波が強くなった〉
慌ててジョミーは力を抑えた。
「強すぎた?」
自分の思念が周りにどういう影響を与えるかジョミーは知っている。目覚めて爆発したときは、シャングリラ中のミュウたちに干渉し、脳波に強い衝撃を与えた。
くすっとブルーが笑う。
〈かまわない。君の思念は心地いい〉
「そんなことはないと思うけど……」
キムに言わせれば、ジョミーの思念は乱暴すぎるらしい。ぶしつけで乱暴で「なってない」と言われ、いつも通りけんかになった。
そのときのことを思い出し黙り込むジョミーに、ブルーは再び目を閉じる。
「君の思念は生命力に溢れて力強い。気持ちいいよ」
「ソルジャー」
「また少し強くなった。君の思念は正直だ」
うれしいと強くなり、悲しいと弱くなる。ジョミーの思念は彼の表情と同じくらい正直だ。
「これでも少しはコントロールできるようになったんだけどな」
口を尖らせるジョミーに、ブルーがいたずらな笑みを向けた。
「でも持続しない?」
「集中力が足りないって言われた」
力は強いが集中力が持続しない。だから制御できないと言ったのは誰だっただろう。
ブルーの白い手が上がり、ジョミーに差し出された。
「手を」
ジョミーはブルーの左手を両手で取った。
「手を重ねて、ゆっくりと波長を合わせて。わかる?」
「う、ん。たぶん」
いつか夢で見たあのときのようだ。
あれはフィシスとこの人だった。彼がフィシスの地球を見るために波長を合わせていた夢。そのときの感覚を思い出しながら、ジョミーは目を閉じた。ブルーの言葉が響く。
「ゆっくりと息を吐いて、ぼくにすべて委ねて。できるね」
「うん……」
言われるまま、ジョミーは息を吐き、思念を彼に委ねた。ジョミーの気持ちが彼に注ぎ込んでゆく。
ゆっくり、ゆっくり。波長を合わせるという行為が、どういうものなのかぼんやりとしかわからなかったけれど、ジョミーのゆるやかになった起伏をブルーが追い、合わせようとしてくれているのがわかる。
「あ……」
何かが絡み合い、心臓の音が重なったように感じた、そのときだった。
「――ツッ!」
指先に痺れが走り、鋭い衝撃が脳天を突き抜けた。まるで電流が走ったみたいだ。反射的にジョミーが手を引こうとしたが、ブルーがそれを許さなかった。
静かにブルーが言った。
「君の思念だよ」
「ソルジャー……」
「ぼくが感じている君の思念だ。わかるかい?」
驚いてジョミーはブルーを見る。彼がやさしく言葉を続けた。
「ミュウは虚弱で脆弱だ。思念もさほど強くはない」
けれど、とブルーが言う。
「君の思念はこんなにも強い」
彼との同調。慌ててジョミーは力を抑えた。
「いつも、こんなふうに感じてるの?」
こんな痛いほどに。
この船のすべてを包み込むように開かれているブルーの思念は、無防備で剥き出しの神経にも等しい。そんな鋭敏な感覚を強い思念に晒せばどうなるか。
言葉を失うジョミーの頬を指先で触れ、ブルーはやさしく微笑んだ。
「幸福な痛みだよ。君がくれる痛みだ」
何か――
「それって、やばいんだけど」
まるで、あのときのことを言ってるみたいに聞こえる。確かはじめて身体を重ねたときも、この人はこんなことを言っていた。
「君がくれるものは何でもうれしいんだよ」
涼しい顔でそのときと同じセリフを吐く人に、不貞腐れてジョミーは言った。
「僕はうれしくないよ」
だから、こうして力を抑えている。
自分がこの人に何をあげられるかなんてわからないけれど、それでも苦痛を与えたいわけではない。許されることに、いつまでも甘んじていたいわけでもない。
「あなたが痛い方が感じるっていうなら別だけど」
これにはブルーも驚いたようだった。紅い目を丸くしてジョミーを見る。
「――言うようになったね」
「もう子どもじゃないよ」
「まだ子どもに見える」
「確かめてみる?」
ジョミーの熱をブルーも感じたのだろう。温度ではない。手のひらから流れ込んでくる思念で、彼の身体が少し熱くなったのがわかった。
もう少しすれば彼の熱を視覚で感じることができるだろう。目で見て肌で感じて。誰よりも近くで。
「ジョミー……」
彼の声が少し上擦ったように聞こえたのは気のせいだろうか。
彼の紅い目が、欲に潤む様をジョミーは知っている。濡れる声が、どんなふうにしてジョミーの名を呼ぶのかも。
まだ変化を見せない涼しい顔で、嫣然とブルーが言い放った。
「思念を抑えながらやってごらん」
「って、ソルジャー?」
まさかそんなことを言われるとは思わず、ジョミーは少しだけ途方に暮れた。コトの最中に思念を抑えながらやるなんて至難の業だ。
「痛みをくれたいわけではないのだろう?」
「それはそうだけど……」
これには、がんばりますとしか答えようがなかった。
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