『 痕 


 目覚めると、昨日眠りに入ったときと同じく青の間だった。傍らには温もりと、それからよく知る銀の髪がある。
 夢じゃなかったんだ……。
 腕の中で眠る人を起こさないように、そっとシーツを開いた。もっとも、その人は寝てばかりいるから、少しくらいのことでは起きないかもしれないけれど。それでもこんなときに起こしたいとは思わない。
 ジョミーはシーツの中の寝顔を見て幸福な笑顔になった。普段の眠りとは少し違うように思うのは気のせいだろうか。
 彼が自分に好意を持ってくれているのは知っていた。彼にとって自分が特別なのも。
 けれど、その好意が自分と同じ種類のものか、人の心を読むことが苦手なジョミーには判別できないことだった。
 ジョミーが好きだといえば彼はけして拒まない。例えそれがどんな要求であろうと、彼は飲もうとするだろう。それくらい自分が彼にとって「特別」であることは自覚している。
 けれど、だからこそ,、ジョミーは自分の想いを口にすることができなかった。
 何かの代価として彼が欲しいわけではない。欲がないといえば嘘になる。嘘になるが、心がなければ虚しいだけだ。
 だからいま、自分の傍らにあって、腕の中にある温もりがうれしくてたまらなかった。
 髪と同じ色の睫が瞬く。
 ゆっくりと開いた紅い目に、ジョミーは笑んだ。
「おはよう」
 彼もまた柔らかな笑みをジョミーに返してくれた。
「おはよう、ジョミー」
 いつもはソルジャースーツに包まれた肩と手が、シーツの隙間から覗いている。
 うわー。
 知らずジョミーは目を逸らした。
 白いとは思ってたけど……。
 肌が白いことは知っていた。顔を見れば一目でわかることだ。
 アレコレした今更なんだと自分でも思うが、明かりの下でしたわけでもなく、こうして目で見たわけでもない。だいたい最中はジョミーもいっぱいいっぱいで、彼の身体を鑑賞するどころではなく。
 そこまで思ったところで、ジョミーは自分の頭に浮かんだ二文字を慌ててパタパタ打ち消した。
 か、鑑賞って!
 そんなジョミーを見て、やわらかくブルーが問う。
「どうかしたのかい?」
「あ、ううん。なんでもないよ、ブルー」
 ジョミーは、こそっとブルーを窺がった。
 彼はベッドに頬を乗せ、機嫌のいい猫のように紅い目を細めている。
 少しはよかったのかな。
 自分だけがいいのは厭だったから、なるべくブルーの身体も気遣ったつもりだけれど、途中で飛んだ記憶とともに自信がない。
 くすっとブルーが笑った。
「うん、よかったよ」
「そうか、それなら……って、ブルー!?」
 ほっとしたのもつかの間、心を読まれたことがわかってジョミーは焦る。
 そうだった。自分は心の遮蔽がへたくそで、この人にかかれば口に出して言っているに等しい状態で。まして肌を重ねたいまとなっては筒抜けも同然だ。
 焦るジョミーに人の悪い笑みを向け、ブルーはゆっくりと半身を起こした。
「見たければ見ればいい。何も隠しはしないよ。ぜんぶ、君のものだ」
 自らシーツを開いて、ジョミーに事後の身体をさらけ出す。
「ブ、ブルー」
 身体に点在する鬱血した痕。そのひとつひとつを愛しげに指で辿り、満ち足りたきれいな笑みを浮かべて見せた。
「ぜんぶ君がくれたものだ」
 ブルーはそんなふうに言ってくれたけれど。でも。
 白い肌に痛々しく残るそれは、まるで傷跡か、何かの刻印のようだ。
「ごめん、ブルー」
 ジョミーはそっと手をかざした。その手を追い、ジョミーの意図に気付いたブルーが視線を落とす。
「サイオンで消すのかい?」
「ごめん。こんなつもりなかったのに」
 子どもっぽい独占欲
 彼は自分のものだと知らせたくて、わざとつけた。彼は拒むことも嫌がることもなかったけれど、自分がつけた痕を目の当たりにしたいまとなっては、心に罪悪感しか残らない。
「消さなくてもいいのに」
 ブルーの言葉に、ジョミーは顔を上げた。
「でも、ドクターが困るでしょ?」
 そんなものを見せつけられては、目のやり場がない。
 それに、とジョミーは思う。誰にもこの痕を見せたいとも思わない。これはふたりだけの秘密なのだ。
 落とした視線の先でジョミーのサイオンを見守っていたブルーが、苦笑に似た笑みを洩らす。
「確かにドクターも困るだろうね」
「うん」
「ジョミー」
「なに、ブルー」
「シャワーを浴びておいで」
 最後のひとつを消し終わると、ジョミーは「はい、終わり」と言ってブルーから離れた。
「そうする。ブルーは?」
「僕は後でいいよ」
「その、ブルー」
「なんだい?」
「シャワー終わったあと、また来ていい?」
 窺がうように聞いてくる子どもに、ブルーは笑んだ。
「もちろんだよ、ジョミー」
 笑みの先には、くっきりと爪痕の残るジョミーの背中。つけたのが誰かなんて、つけた本人がいちばんよく知っている。
 脱ぎ散らかした服を掻き集め、シャワールームに消えた背中の爪痕を見送りながら、ブルーは。
「やっぱり僕も消さなくちゃいけないかな」
 そんなことを呟いた。

2008.1.3


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