『 ソルジャーの憂鬱 』


 ソルジャー・トォニィは寝不足だった。日ごと夜ごと囁き続ける補聴器のせいで、眠れない日々が続いている。
 ここでいう補聴器とは、もちろんあの補聴器のことだ。ジョミーがブルーから託され、トォニィがジョミーから受け取った、あの。
 補聴器には歴代ソルジャーの想いが詰まっている。
 ブルーを失くしてから、ジョミーが補聴器に触れているのをトォニィは何度も見た。いつも愛しそうに指先でなぞり、いつも厳しいジョミーの顔が、そのときだけは口許にやさしい笑みを浮かべていたのを覚えている。そんなジョミーを見るたびに、何故か胸の奥が苦しくなったのも。
 が――
 補聴器に詰まっているのは想いだけではなかったらしい。いや、ミュウの想い=思念だったということが問題なのか。
 そう、補聴器には歴代ソルジャーの思念が残っていた。しかも現在進行形で。
 それがソルジャーとしての心得や、地球への想いならトォニィだってこれほど疲れたりはしない。残されたミュウたちを思う気持ちなら、感激すらしたかもしれない。しかしである。
 補聴器は囁き続ける。トォニィの耳もとで、日ごと夜ごと互いに互いの睦言を。
 昨日は痴話げんかだった。
 右がブルー、左がジョミーで、犬も食わない何かをしていた。
 そういえば、ジョミーが指でなぞっていたのはいつも右側だったとトォニィは気付いたが、そんなことはどうでもよかった。
 けんかの原因はあれだ。ジョミーが最期にブルーの名を呼ばなかったとか何とか。
『ぼくはうれしいよ、ジョミー。ぼくのことなんて忘れてしまうくらい、君がミュウの長としてりっぱに成長してくれたことが、とてもうれしい』
 思念はダイレクトに脳に響くため、ブルーの表情までつぶさにわかる。ブルーはにっこりとした笑みを顔に張り付かせ、抑揚のない声でそんなことを言った。
 慌てたのはジョミーだ。皆を地球に導いた、あの力強い声で全力で否定する。
『そんなことはない! 僕は一時だってあなたのことを忘れたりは――って、どこ行くんです?』
『老兵は去りゆくのみだよ。君は地球の男と仲良くやりたまえ。ぼくは長老たちのところに行く』
『やっとあなたを掴まえたのに、また皆のソルジャーの戻るつもり!?』
 ジョミーの批難をブルーは平然と受け止めた。
『ぼくがいつ君のものになったんだい?』
 取り付く島もないとは、まさにこのことだとトォニィは思う。声はあくまでもやさしいが、いや、やさしいからこそ怖ろしい。
 しかしソルジャーとして皆を導いてきたジョミーも負けてはいなかった。きっぱりと言い切る。
『僕が生まれたときからです』
『そうなのかい?』
『そうです。だってあなた、ずっと僕を見守ってたんでしょう? トォニィたちが僕の想いから生まれたのなら、僕はあなたの想いから生まれたんだ。あなたには僕を生み出した責任がある』
 人を惑わす笑みで、ブルーが嫣然と微笑んだ。
『ぼくは何も生み出してないよ』
『でも呼んだでしょう? 僕を』
 だからこそ、ジョミーは何度も同じ夢を見た。
『――確かに』
 シュッと目尻を上げ、ブルーが顔を向ける。
『それは認めるしかないね。確かにぼくは君を呼んだ。だが、それを言うなら逆にならないかい? ぼくが君のものなのではなく、君がぼくのものということになる』
 ちがうかい?というブルーに、ジョミーが言った。
『ソルジャーは皆のものでしょう。ミュウのためにあり続け、戦い続ける。でも、あなたは僕をソルジャーに選んで、ただのブルーに戻った。だから僕はあなたを自分のものにすることができたんだ』
 それに、とジョミーは続ける。
『あなたが許したんでしょう。僕があなたを独占することを』
 もはや話がずれていることに、彼らは気付いているのかどうか。
 確かにブルーが許さなければできなかったことだ。やさしげに見えて、情に流されるほど弱い人ではない。だが、そもそもの事の発端は、最期にブルーの名前をジョミーが呼ばなかったということではなかっただろうか。
 しかし、ふたりのソルジャーにとって、もはやそれはどうでもいいことらしい。
『たいした自信だね』
 ブルーが苦笑めいた息をつき、ジョミーもまた苦笑した。
『あなたが自惚れさせたんだ』
『そんな覚えはないよ』
『そんな顔をして、そんなことを言うの?』
『ジョミー……』
 痴話げんかはここで収束を見た。ほんとうに犬さえ食わなかった。が、そのあとがまたたいへんだった。
 右にブルー、左にジョミーということは、つまり中継点があるわけで、さすがにトォニィは、ここでリタイヤを宣言、補聴器を外した。
 これからは、毎夜、補聴器を外そうとトォニィは思う。思念だけだというのに、それ以上進むとシールドを張るのはさすがだが、それに辿りつくまでだってたいがいだ。
 しかもだ。トォニィはベッドに置いた補聴器を見て呟いた。
「シールド張るの、なんでグランパだけなんだろう」
 ジョミーより、その能力が長けてるはずのソルジャー・ブルーが何故か全然頓着しない。
 まさか見せ付けてる?という考えは、さすがにシールドした心の奥にしまっておいた。

2007.9.30



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