夏の思い出

後編

3、罰当たりな夏 2003年8月

「6年ぶりか……ユキはだいぶ変わったな」
「狐でも成長はするから。人に化ける時、基本になる年齢も変わっていく」
「ふ〜ん、そういうものか。……ガキの頃は気にしてなかったからな」
「今は……気になる?」
まったくといえばウソだ。ユキに嘘は通じない。
「少しだけ。ま、でも6年前のままだったら余計に戸惑ったかも」
「私はずっと見に行ってたから……」
まさか霊穴を利用して見に来ていたのか?
「大丈夫、ここが開くのは夏の間だけ」
内心驚いていたのをあっさり見透かされた。
「あなたのこない夏は見に行っていた。……不安だったから……ごめんなさい」
「別にいい。忘れてた俺が悪いんだし」
「……許してくれるの? ……優しい所は変わってないね」
……学校では優しいなんて言われたことは無かった。そのせいでちょっと驚いた。
「……えっと、俺の学校生活は見た?」
コクリと頷くユキ。それでいて優しいなんて言葉が出てくるか? 
かなり荒れてたぞ?
「けっこうやりたいほうだいやってたろ?」
「でも、私には優しいから……」
赤くなりながらそんなことを言われればこっちだって思わず赤面してしまう。でも、見られまいとそっぽ向く。するとユキは身を乗り出して覗き込んできた。
「もしかして……照れてるの?」
「……アタリ」
そう答えるとくすくすと笑い出す。あ〜もう、やりにくい。
「ところで今日はどこへ行きたい?」
「ん、ああ、そうだな……久しぶりにピラミッドが見たい気分だな」
霊穴を使うと体と魂が切り離された状態になり世界中どこでも、命の流れがある場所ならどこへでもいける。もちろん触れず見てるだけだが。小学校にいた頃の3年間でいろいろな国を見て回った。エジプトは二人で最初に見に行った場所だ。
「じゃあ、目を閉じて楽にして。……いってらっしゃい」
岩の上に寝転がり目を閉じていたが思わず跳ね起きた。
「ちょいまち、いってらっしゃいって、二人で行かないのか?」
聞いたとたんユキの顔が強張った。何か地雷を踏んだらしい。
「……ゴメン、私はもういけない。……二度とここから離れられない」
「どういうことか教えてくれる?」
「去年の末お母さんが車と接触して死んだの。うちは代々この社に祭られる稲荷狐。兄弟のなかで末っ子の私が一番強い力をもっていたから……。今はこの社の御神体に私の写し身が入っているの。……村を守る義務を与えられこの村から一歩も出られない。これが私を縛り付ける」
ユキの足には半透明な鎖が巻き付いている。それがユキをこの地に縛る戒めらしい。
「この鎖は死ぬか御神体が壊れたりしない限り解かれる事は無い。……だから二人で旅することはもう出来ないの。……ごめんなさい」
ユキが謝る必要はなかったのだが……いうべき言葉は見つからなかった。どちらも沈黙するしかなく風が木々の葉を揺らすざわめきだけが響く。
「……もう一緒に旅は出来ないけど、明日も、明後日も来てくれる?」
「ああ、さすがに一日中ってのは無理だけどな」
って言った瞬間抱きつかれた。……これが狐だと思うとちょっと複雑な気分。出るとこ出てて引っ込むとこは引っ込んでて。
「あっ……その……つい……うれしくて……」
もったいないなと考えているうちにユキは体を放し、背を向ける。耳まで赤くなっていた。
背を向けるとやっぱり狐なんだと再確認させられる。ふわふわの尻尾。思わず手が伸びた。
「ひゃうん!」
なんだかとっても驚かれた。ユキは尻尾を押さえ池の真ん中まで跳びずさる。
「し、尻尾はダメ!」
ちょっと涙目で。
「悪かった。謝るから戻って来い」
ユキは警戒しながら戻ってくる。
「ところでこの尻尾は化ける時も変わらないのか?」
「違うよ。化ける時は狐の部分を残しておかないともとの姿に戻れなくなる。尻尾である必要はないけれど……この尻尾お母さんとそっくりだから…」
なるほど。
ふと時計を見ると6時を過ぎていた。明るいから気づかなかったが午後が丸つぶれだ。
ま、今日くらいいいか。
「ユキ、今日はもう帰る。明日も来るから」
「うん。私はここから離れられないから……外の話をもっと聞かせて欲しい。……本当なら自分で見に行きたいけど……」
その時ユキが見せた泣いているような、笑っているような複雑な表情。
「待ってるから……」
そう言い残してユキは狐の姿に戻り茂みに消えた。
さり際に見せたユキの表情がなかなか頭から消えない。

深夜、布団に入ってもあの表情がちらついて寝付けない。ユキはここを離れたがっている。社に縛られるのがいやなのだろう。だが、自分しかいないと思い込んでいるように見えた。
……御神体が壊れれば。ユキはそう言っていた。
そんなことをしても何の解決にもならないかもしれない。
けれどあの表情を二度と見たくはなかった。

神社に忍び込みあっさりと御神体の前に到着。田舎なものでセキュリティの『セ』もありゃしない。あったのは南京錠が一つ。ピッキングの真似事をしたら開いた。
御神体は狐を象った木の像。それを前に大学落とさないでとか勝手なことを願いつつハンマーを振り下ろした。
翌朝、もちろん村は大騒ぎになった。

そして、騒ぎを横目にいつもの場所を目指すが神社の裏に入れない。そもそも裏に池なんか無いらしい。あの場所がなんだったのか、ユキはどうなったのか、結局わからないまま夏が終わった。


4、めぐりて夏 2004年8月

「おーい、起きろ!」
誰かが肩をゆすってくる。やめろ、俺はねむい。
「起きろって……ちっ、もう知らねぇぞ」
……何が? と思った瞬間誰かに頭をどつかれた。
たまらず跳ね起きる。
「君、私の講義がそれほどつまらんかね?」
……そーいや講義中だっけか。忘れてた。
「……いや別にそんなわけじゃ……ただちょっと昨日寝てないんで」
徹夜で賭け麻雀。さすがに眠くてだるい。残りの講義は根性で起きていたが大学の寮に帰ってからは何をする気力も起きなかった。
だもんで、玄関に入ったところで爆睡。……するまでもなく蹴り起こされた。
「玄関で寝るな邪魔」
「……眠いもんは眠い」
「じゃあせめて自室に引っ込め。通れないぞ」
寮は2人一部屋で、こいつは学友であり悪友である神崎という。
それにしてもコイツなんでこんなに元気なんだ? コイツも麻雀に参加していたのに。
「ん、俺の顔になんかついてるか?」
「なんでそんなに元気なんだ?」
「簡単な事さ、1,2限のあいだずっと寝てたからだ」
「……聞いた俺がバカだった」
「ところで夏休みの間、お前どうするんだ?」
そういえばもうすぐ夏休みだ。すっかり忘れてた。
「とりあえず、家帰る。その後はばーちゃん家かな」
いないかも知れないが……、一度は見に行こうと思っている。
「おいおい、大学生の夏だぞ!? 海行ってナンパだろ!?」
「勝手に行ってろ」
「ん……お前……田舎に女がいるな!? その子に会いに行くんだろ!!」
なぜか、こういうことを見抜くのがやたらとうまい。神崎は。
「女かな? ……イヤ、メスかも」
人の姿をしていても狐だものな……なんて考えてると神崎は壁際までひいた。
「どうした?」
「お前……そういう趣味が……?」
「は? 趣味?」
「じゅ……獣か―」
とりあえず口を塞いだ。ついでに二度と口が聞けないようにどつきたおす。
「あ……相手はなんだ……? 犬か? 馬か?」
「まだ言うか!!」
ごみはゴミ箱へ。少々はみ出しているがこの際気にしない。
しかし、よく考えてみると相手はキツネなわけで。もったいないなとは思う。
……やっぱあれを壊したのがまずかったかな。
「で、いつ帰るんだ?」
いつの間にかゴミ箱から復活していた。ゴキブリなみ……。
「そうだな、今日、荷物を作って明日にでも帰る。それに当たって麻雀の負け分返してもらおうか」
神崎は音速を超えた。……逃げ足の速いやつめ。

結局借金の取立てに一日使うことになり家に帰るのは一日遅くなってしまった。
「金があるんならスグ払えっての」
「踏み倒す気だったに決まってるだろう」
こいつ……コンクリート結んで沈めたろか!

母は家が大きすぎるといって元の家を売り小さなマンションを買った。それでも二人で住むくらいなら充分な広さがある。
……実を言うと前の家に間違っていってしまったりもした。
些細なミスはあったが何とか家似に辿り着く。
確かここの五階。5階へ上がると目の前の部屋だ。
5階へ上がると家の前に女の子が一人。近くにある女子高の制服を着ている。
誰だ?
「あの〜、家になんか用ですか?」
声をかけたとたん抱きつかれた。……階段の上で。
「あっ……」
気づいたら二人とも空中にいた。で、俺は下敷きに。でもこの感触は……?
「よかった……会えなかったらどうしようって……」
まさか……でも尻尾がなかったよな?
「人間の世界は広くて恐くて、不安でたまらなかった……心細くて……ずっと探してた」
「えっと……まさか、ユキ?」
顔をじっくり見るまではにわかに信じがたい。と思ってたら視線があった。消えた一年前とほとんどかわらない。違うところといえば下ろしていた髪をショートにしているくらい。
あと尻尾もないか。
「まさかって……分からなかったの?」
「いや、尻尾もないしな。で、どこにキツネの部分が残ってるんだ?」
「ないよ。見てみる?」
と、いきなり服に手をかけたユキを慌てて押しとめる。
「ないって……」
「もう元には戻れない……戻るつもりもない……そのつもりで姉妹全員人間のことを必死で勉強した。二度と縛られるのはイヤだったから……やりたいこともあったし」
それってつまり……
「DNAも人と同じ。染色体数も。医学的に見ても人間と同じ。完全に化けるというのはそういうことだから……」
「何で、だ?」
お互い答えはわかっていた。けれど男なら言って欲しいじゃないか!
「言わなきゃ……ダメ?」
「聞きたいな俺は」
ユキは赤くなって目をそらした。そして深呼吸して向き直る。
「私と……私と結婚してください!」
おっと、いきなりそうきたか。……ちょっと驚いた。
「あの……私ヘンなこと言ったかな?」
いいやと首を振る。そして、驚き強張るユキの体を抱き寄せた。
「とりあえず最初は恋人同士からな。それから先は……自立してからでいいか?」
「……うん」


あとがき

わりと書きあがるまで時間がかかりました。前に書いたものに大幅な修正を加えたためで自分の首をしめる結果に……。まあ、それなりに書けたので良しとします。読者の中には「オリジナルより列記を書け!」と思う人もいるかもしれませんが次は列記を書きます。32章です。おたのしみに。

以上、ASOBUでした。


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