オオサカ武勇伝・ぷらすB

五日目

―桃山邸 客室
夢の中で色々協議したせいか今一睡眠を取った気がしない。
まあ、必要なことだと割り切るしかないのだが。
時間は6時。そろそろ起きて分身の準備をしなければならない。
……眠い。
……。
「おっきろ〜〜〜〜!!」
「っ!!」
飛び起きるではなくベッドから飛びのいた。後一瞬遅ければワーグ様を膝蹴りをモロに喰らっていたところだろう。……珍しく早起きしたと思ったら何を考えているのだろう、この方は。
リセット様と同じくこの方の思考もわからない。
「……おはようございます」
「おはよう。昨日の事、互いに情報交換している暇がなかったから今日動き出す前にやっとこうと思ったの」
ああ、なるほど。理にかなっている。私は昼からずっと外にいて夜も早く床に入った。
一方、ワーグ様は昼過ぎに起きてどこかへ出かけて私より後に帰ってきたらしい。
「お借りしたラッシーの中に無敵様の使徒、土岐遥を捕らえてあります。計画が順調に、障害も無く進めば明日、大陸に帰還できるでしょう」
そう、プランナーが言うには準備に今日一日かかるらしい。色々細かい設定を頼んだのがまずかったのかもしれない。今日は計画を磐石の物にするために行動する予定だった。
「知ってる。無敵、怒ってたわよ。ちょっと後押しすればレナを消しに動きそうなくらい」
「……会いに行かれたのですか?」
「そう、学校帰りのところを待ち伏せしてね。中継したからそれなりに楽しい会話になったわ」
……気まぐれを起こして計画の邪魔にだけはならないで欲しいと願うしかない。
無敵様にほだされて土岐遥を返すなどと言い出したら目も当てられない。
……やはり、保険は必要だな。保険をかけるためにもワーグ様には大人しくしていただかないといけない。
「今日の予定はお決まりですか?」
「ん? 別に。あんたに任せれば明日には帰れるんでしょ? チビ当主でもいじって過ごすわ」
「わかりました。もうしわけありませんがワーグ様には今日一日この屋敷にいていただきたいのです。外で、悪司組に関わるのは避けてください」
「いいわ。任せる」
妙に聞きわけがいい。……少々不安だが信用するしかないか。

分身の準備をし、食堂にて食パン一枚で朝食を済ませ朝の身支度を済ませる。
本当はもう少し食べたかったが時間があまり無い。
時間は7時過ぎ。
……頃合だな。
電話を借り分身が記憶していたとある番号にかける。
『はい、こちら悪司組事務所』
出たのは下っ端のようだ。
だが、念のため声色を使う。
「朝早くから申し訳ない。殺さんはまだご在宅ですか? 私クラスメートの桃山と言います。連絡網で回ってきたことを伝えたいので代わっていただけますか?」
『ああ、組長ですか。少々待ってください』
しばらく保留音が流れる。二日前、ここへ着て三日目。教師をやったときに書かせたレポートの。彼女から私へ宛てえられたメッセージがあった。
それが昨日の学校での会合。その結果、やはり本物と話したいとのことなのでこの電話することになった。
『本物か?』
保留音が途切れ開口一番そんなことを言われた。
「ええ、もちろん。といっても電話越しでは判断できませんね。ですが、分身の経験は全て私に統合されます。昨日の会談の会話、全てここで再現しましょうか?」
『いや、いい。……。用件は一つだけ。私はお前に協力する。桃山にではなく、異世界の住人であるお前に、だ』
「ありがとうございます。貴女はただ、ちょっと手引きするだけで良いですので」
『……ああ』
二人の目的が一致した。彼女は悩み、結論を出した。
私は目的のために彼女を利用し、大陸へ帰る。
「では、夕方にもう一度お会いしましょう。もちろん、本人が行きます」
『わかった』
その答えが聞ければ十分。時間を示し合わせ受話器を置いた。

昼。ハイネ殿の事務処理を手伝った後、罠をはる場所を定めに歩く。
罠、すなわち大陸世界へ続くゲートを開く場所。プランナーに頼んだ小細工。それは私の任意のタイミングと場所に設置できるようにしてもらうことだ。
ポケットの中には『時空渡り許可証』と『扉スイッチ』なるものが入っている。
前者は世界間の扉を開く力を借り受ける物、後者はそのトリガーだ。見た目はただの紙切れと赤いポッチが一つだけついた小さな箱。プランナー曰く、『どんな未開人でも使えるようにしてみた』。よけいなお世話だ。
とりあえず、これらのアイテムと囮を使い無敵様をゲートに飛び込ませる。
ちなみのこのゲートは一方通行。途中で私が意図的に転移を止めない限り、触れれば大陸世界へ飛ばされる。
必要なのは無敵様の襲撃方向を極限まで絞れる場所。あの方のスピードを無力化できる地形。逃げ道は必要ないため袋小路でかまわない。
しかし、探してみると以外に適した場所が見つからない。あちこち歩き回ったせいで腹も減ってきた。仕方なく小さな飲食店に入る。
「いらっしゃいませ〜」
「……あ」
「あ、てめぇ!?」
180度方向転換。ダッシュした。
山本悪司と鉢合わせとは何の因果だ? 
毒づいてもはじまらない。一息入れて気配を探る。
悪司は部下と一緒に探しているようだ。状況は多勢に無勢。
腹が減ってなければ何とでもなるが、リカーニングナイトメアを形にするにもそれなりに集中がいる。意識が散っては影に吹き込む情報もうまく纏められない。適当なことをやって暴発すれば被害が大きい。
なんとか残りの体力で逃げ切るしかない。……こんなことならもう少ししっかり朝食を取っておけばよかった。後悔先に立たず、だ。
建物のスキマをすり抜けてPMの支配地域を目指す。
と、人の気配を感じてビルとビルの間に身を隠した。だが、それでも気配は近づいてくる。
私もそれに合わせて後退。そして、すぐに背中が壁に触れた。
入り口に集る数人の気配。入ってこられたら確実に見つかる。
ん? ここは……もしかしなくても使えるな。ビルとビルの間は1.5mほど。身を隠せるものといえばゴミ箱くらい。上は10mほどの高さまで同じ幅。上空にワイヤーなりトラップを仕掛ければそこから来られてもゲートを開く時間くらい作れる。
正面から来た場合、左右に移動できる幅は無いに等しく、高機動戦闘を得意とする無敵様はそのスピードを生かしきれない。正面からトップスピードで来られても、これまたゲートを開く時間くらいはあるだろう。
地形は良い。頭に地図を浮かべて作戦との適合性を試算。戦場になる予定の場所から無敵様を引き離して連れてこれるか否か。少々距離があるがそこは彼女に埋めてもらおう。
「……えらく無防備だな」
声がしてようやく気付いた。
……考えてこんでいる場合ではなかった。追われる身だった。
背中に突きつけられるのは拳銃か。……少々のダメージは覚悟する必要がありそうだ。
「一つ聞こう。貴様は本体か?」
……。ああ、たすかった。無駄な戦闘にならずに済んだらしい。
身体から力を抜き振り返る。
そこに居たのは岳画殺だった。拳銃だと思ったのは縦笛。思わずへたり込みそうになったのは永遠の秘密にする。
「ええ、本体です。しかし、助かりました。正直戦闘は避けたいコンディションなもので」
「そうか。互いに利用する立場だ。今回は助けたが毎回うまくいくとは限らん」
「ええ、分かっています」
「……今はすぐにもどらないと怪しまれる。夕方にまた出直す。話はその時に」
岳画殺が去って思わずため息。
教訓、朝食は適当にすますべきではない。
ぐー、と腹がなった。魔人となってもやはり生き物らしい。再認識した。

―ウメダ
繁華街と呼ばれるだけあって、戦後のこの国でも人が多い。
今は悪司組の支配地域だが配置要員は岳画殺の手引きで少ない。そんなことまでしなくても十分もぐりこめたような気はする。
繁華街の人の多い喫茶店。あえて目立つところに席を構える。
食事も十分にしてきたので戦闘になっても問題ない。逃げるだけなら無敵様とて問題ではない。
時計を見る。予定の時間まで後5分。
「待たせたな」
「いえ、今来たところです」
定刻より少し早く秘密の会談を始めることにする。
明日無敵様を敵本隊から切り離す工作と誘導、あと、残る人質の確保について。
確保すべきはあとセリス殿。山沢という女性の扱いは現時点で保留。大陸世界へ行く気があるならついでに送ってしまう。まあ、その後がどうなるかは関知しない。
「以上が大まかなプランです。無敵様の性格を鑑みて、おそらく変更は無いでしょう。心配なのはワーグ様ですが……こちらは手のうちようがありません」
万が一、ワーグ様が土岐遥やセリス殿の転送を邪魔した場合、正直ややこしいことになる。
無敵様とワーグ様の争いになれば介入できる余地はなく、ワーグ様の矛先が私に向けば抵抗する手段など無い。あの方の思考が予想できない以上出たとこ勝負になってしまいそうだ。まあ、そうなる前に転送してしまうのが一番か。
「見た目相応に頭の中も子供のような奴だからな……」
「……一概には頷けませんが、普段の行動が行動ですからね」
きまぐれすぎるのだ。ホントに。
「さて、ではもう一人の確保を済ませておくか」
「そうですね」
少しの雑談の末、席を立つ。払いはもちろん私だ。

―ウメダ市街地
「捕獲するにしてもどうやって連れ帰るつもりだ?」
確かに、今日はラッシーを連れてきていない。
「まあ、人間一人くらい問題ないだけの力はあるつもりですが?」
私も一応魔人の端くれなわけで。
見た目以上に身体能力はある。……他の方と比べてはいけない。
体力勝負で勝てるのはマリア様とアールコート様くらいだろう。志津香様は何気に鍛えてるし。
「そうか。無敵と同じだったな」
「戦闘能力の差はかなり開いていますが」
無敵様には元々渡された魔王の血の量が違うと聞いたことがある。
真偽のほどは不明だが。
「戦う力が全てではないだろう。それ以外で埋めればいい」
「ええ。それがバトルノートの戦い方です」
「……そうか」

―ミドリガオカ
岳画殺に案内されて裏道をすり抜けて進む。地区内にしかれている悪司組の警戒網は内通者により完全に無効化され意味を失った。私は無敵様に悟られないように極限まで気配を殺し、コウベへ続く橋に程近い路地で待機しておく。
ここなら、万が一無敵様を連れてこられても逃げ切れるだろう。
まあ、彼女が裏切る可能性は低いだろうが。
「殺さん、ついて来いって、どこまで行くつもりですか?」
「すぐだ」
そんなやり取り。
セリス殿は不信に思いつつも岳画殺の言うとおりについてきたようだ。
「人に聞かれたくない話だ。……そこの路地なら誰も来ることはないだろう」
「……無敵さんについての話ですか?」
「察してくれて助かる――」
二人が路地に入った。ランスをセリス殿の背後で実体化させる。
「アイツには消えて欲しい。アイツがいると私の心がかき乱される。お前も、一緒に自分の世界へ帰ってくれ」
「何を言――!?」
中々反応が早い。セリス殿は後腰に吊るした折りたたみ式の槍を掴み、構えようとする。
だが、早いといっても人間レベル。ランスの反応速度には追いつけない。一瞬で得物を叩き落し、当身を入れる。
「見事な手際だな」
「この調子でもう一人もお願いします」
人質が多くて困ることは無い。ついでに山沢麻美も攫っておこう。
……そして、もう一人も。

数分後、同じ手口で誘い出された山沢麻美と私の奇襲を受けて意識をなくしている岳画殺をそれぞれ連れてPM本部へ帰還する。
内通者が相手組織を必ずしも動かせるとは限らない。破天荒なリセット様もあちらにいるのだから。だったら、手中に収め、こちらで動かせるコマとした方が使いやすい。
明日、彼女には悪司達を誘い出すエサになってもらう。一方で3人のうち誰か一人を無敵様の前にさらし、誘導する。リセット様にはワーグ様をぶつけるつもりだが、不確定要素が大きい。少しでも作戦の成功率を上げるためなら私はどんなことだってやる。

さて、コマはそろった。
少々良心が痛んだが、最後の仕掛けを橋の欄干に施し帰路につく。

決戦は明日だ。



あとがき

オオサカ武勇伝もそろそろ終わりが見えてきました。
残すところ3〜4回でしょうか。
一方で別の話も書き始めている現状なのです。
次回のアリスソフト系SSは書き溜めてからの公開にしたいと思います。

と、ちょっぴり宣伝してみました。

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