クリスマスの贈り物

何千年経とうと人類は争うことをやめず。結果彼らに残されたのは荒廃し切った大地と汚染され尽くした大気だけであった。

もはや地上は生命の存在できる場所ではなくなり、宇宙へ逃れる技術は戦争により失われている。そんな彼らが逃れたのは数百年前に造られた地下空洞−超科学文明時代の遺物−。
人口にして約一万。
その場所に逃げ込めたのはたったそれだけだった。

『TOY』は『人型の熱源反応』がシェルターに入ってきた時点で永き眠りから開放された。『TOY』に与えられた命令はただひとつ。『その種を一定数に保て』
汚染された大気を吸入し元素レベルまで分解、その種が取り込みやすいように再合成。
逃れてきた人々は『TOY』から吐き出される食料に喜んで飛びついた。
それ以来『TOY』は人という種が増えすぎぬよう、減りすぎぬよう管理を始めた。

―ドーム内 Aブロック
ただぼーっと天井を見上げる。
太陽灯と投影された青空が刻一刻と姿を変えここが地下だということを忘れさせる。ちゃんと雲の動きまで再現されているがその動きが正しいのか判断できる人間はここにはいない。生まれてこのかた青空をと白い雲なんて物を見たことのある人間はいやしない。見たことのある雲といえば灰色一色の澱んだ大気と汚染物質をたっぷり含んだ黒い雲。灰と黒のコントラスト。青空とはあまりにかけ離れている。
……と、この思考は朝から五回目だ。忙しいのも苦痛だがこうやることがまったくないというのも苦痛だ。早く順応してしまえばいいのだろうが……。
体を起こすと周りには無気力に天井を見上げてるやつ、ただ寝ているだけのやつやらがいるだけで動いている人間はいない。ここへ逃げ込んで以来10ヶ月。こんなのが増える一方だ。
と、チャイムが鳴り響く。それを聞いたとたん無気力人間どもが人間に戻る。
TOY』からの配給の時間だ。TOY』とはこのシェルターを支える塔の名前。設計者の趣味なのか何なのか、巨大な木のような塗装をされている。その幹に『TOY』という文字が。今となっては本当の名前など知る手段はないがここに逃れて来た者達は「Tower of yields」=収穫の塔と勝手に解釈している。TOY』が全ての食糧生産をまかなっているからあながち間違いでもない。
そんなことを考えながら『
TOY』の根元、中央ブロックに向かっていると腕につけている端末に反応があった。こいつは、見た目はただのリストバンドだが実際は違う。地上がまだ戦闘を続けていた頃の最新鋭コンピューター
オートで画面が立ち上がり目の前に投影される。同機種からの通信の文字。
これを持っているのはもう一人しかいない。
捨てられたのかそれともただはぐれて迷子になっただけなのかそれはわからないが戦場で一人で泣きじゃくっていた所を俺が拾った少女。精神的ショックを受けたのかほとんど記憶をなくしていて自分のことすら覚えていなかった。だから俺が名前を付け直した。
「どうしたナディア?」
「えっとね。にーちゃ、たいへんなの。ゴハンがでてこなくてかわりにきれいなはこがいっぱい出てきてえっと……」
耳を澄ましてみると中央ブロックのほうからざわめきが聞こえる。「とにかくおとなの人たちがたいへんたいへんって」
「すぐそっちへ行く。少し待ってろ」
回線を切り少しだけ急ぐ。
人が集まってきていたのかざわめきが大きくなってくる。中には悲鳴も混ざっているようだ。
中央ブロックの『TOY』の根元には困惑の表情を浮かべる人々とカラフルな紙で包まれた箱が山のように積まれている。TOY』はなおも箱を吐き出しつづけていた。
「にーちゃ、こっちこっち!」
ナディアが大声で叫びながら飛び跳ねている。何ごとかとそちらへむかう。
「君は……『スクール』の子だよね?」
「……一応」
スクール。学校といえば聞こえがいい。だが実際は特殊兵士の訓練場。親に売られたり拉致されたり理由はいろいろでつれてこられた子供がありとあらゆる技術と知識を叩き込まれるところ。俺とナディアが持っている端末は『スクール』生専用で、脱出の際くすねてきたものだ。
「その端末なら『TOY』にアクセスしてこうなった原因を探れないだろうか?」
まだ国が存在していた頃、俺の国は世界最高水準の科学力を有していた。それが原因で地上を死の世界に変えたわけだが今となってはもうどうでもいい。この端末は世界中ほとんどのコンピュータに直接侵入出来るだけのスペックを有していた。ただそれが前時代−超科学文明の遺産に通用するかは少々疑問だ。だが、やってみないと結果は出ない。
「わかりました。やるだけやってみます」

TOY』のなかはわりと広く元は有人の装置だったらしくいたるところに部屋がある。そのせいでなかなかコントロールルームにたどり着けない。館内図なんてないので迷いに迷った。途中から先にへばったナディアというお荷物も加わって、コントロールルームを見つけた時には座り込んでしまった。
体力がかなり落ちている。どうにかしなけりゃならない。
少し休んでから作業に入る。だいぶ形は違うが接続は可能だ。さてどんな障壁が待ち構えているか不安と期待がまざり微妙な気分。だが、拍子抜けもいいとこでプロテクトらしいプロテクトがひとつも存在しない。全てのデータが簡単に引き出せるのだ。
原因もすぐわかった。TOY』にあった機密区分のデータは全て当時のハッカーに根こそぎにされていた。残っているのは俺たちにとって重要な、ハッカーにしてはどうでもいい『TOY』運用のデータだけ。その中にひとつハッカーのお茶目な置きみやげを発見する。TOY』発動後、特定の日の食糧生産を中止し別のものを造るというウイルス。食料ではなくおもちゃを生産する。止めとばかりにファイル名『黒サンタ』。もはや笑うしかなかった。
「にーちゃ、なにがそんなにおかしいの?」
いきなり笑い出した俺にナディアがキョトンとしている。
「いや、たいしたことじゃないさ。ところでナディア、クリスマスって知ってるか?」
「食べ物?」
「大昔、12月24日にあったイベントで文献によると子供はなんでも好きなものをプレゼントしてもらえる日だったらしい。下に出てきた箱の中身は全部おもちゃだとさ」
「12月24日? でも今日って確か……」
今日は、今となってはほとんど意味をなさない暦の上で12月1日。クリスマスとやらには少し早い。
「昔の暦と今のは少しずれがあるみたいだな。ナディアは下へ行って大人達に伝えてきてくれ。ついでに好きなだけおもちゃも確保してくるといい。前文明のおもちゃだから見たこともないようなのがいっぱいあるぞ」
「うん!!」
おもちゃと聞いてナディアはすごいスピードで出て行った。途中でこけたりしなければいいが……。
コンソールに向き直りウイルスの消去にかかる。それ自体にはたいして時間もかからない。すぐに下のほうから歓声が聞こえた。
とりあえず問題は解決。ついでに俺の苦痛も消える。
しばらくは『TOY』が知的好奇心を満たしてくれる。暇つぶしにはもってこいだろう。
「……Tower of yieldsじゃなくてTree of yuleだった訳か……」
ちょいと端末を操作して『TOY』のあちこちに光をともす。
「これでよし、と」
その瞬間それは巨大なクリスマスツリーとなった。


あとがき

もともとは企画小説のつもりで書いたものです。たしかお題は「ちょっと早めのクリスマス」
だったかと。途中まで書いていたのですが書き始めが遅かったため締め切りに間に合わず封印されていたものを更新週間ということで復活させる事にしました。


yule』についてこの単語はクリスマスをさします。使える場面はあまりない様でたぶん『Tree of yule』という使い方はしません、あしからず。
以上、ASOBUでした。

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