夏。
今年は冷夏だそうだが、それでも暑いものは暑い。
特に冷房になれた現代っ子にとって、この青空は十分な脅威となる。
熱気をさけようと、絢と時雨はカフェレストに逃げこんだが、みな同じようなことを考えているのか、店内は学生であふれかえっており、絢たちが案内された席は日のあたる外の席。
「じゃあ、ヨーグルトパフェ。DXでイチゴソースのトッピングがついてる高いやつ」
「う……アイスレモンティー……」
二人に注文を受けると、ウェイトレスはすぐに冷房の効いた店内に戻っていった。
「ひどいよ……」
「何が?」
財布の中をのぞきこみ、泣きそうになっている絢に、時雨は意地悪そうに笑って言った。
いつもは真面目な委員長である大林時雨も、学校を出るとくだけた性格になり、普段は名字で呼んでいる絢のことも、今は下の名前を敬称なしで呼んでいる。
そしてときには晶と同じように、絢をいぢめる立場に立つこともあるのだ。
「相談にのって欲しいって言ったのは絢の方じゃない」
「うりゅ……たしかにおごるって言ったけど……」
そういえば時雨はこういう性格だったと思い出し、絢はあきらめたようにため息をつく。
「まあ、のろけられる身にもなってみなさいよ。あれでも安いくらいよ」
「のろけって……」
「相談って、どうせ晶のことなんでしょ?」
「……」
時雨の言葉に、絢はうつむき、黙ってしまう。
「違うの?」
「うーん……関係あるっていえば関係あるんだけど……」
そして、また黙りこんでしまった。
その隙に時雨は制服のネクタイをゆるめ、最初に出された冷水に口をつけた。
しばらくして、絢がふたたび口を開く。
「……告白されちゃった」
「晶に?」
しかし、絢は首を大きく左右に振る。
「七組の……宇佐見君」
ぶほっ
時雨が、口に含んだ水を噴き出した。
「げほっ、げほっ……う、宇佐見って、あの宇佐見?」
時雨の言葉に、絢が無言でうなずく。
時雨がうろたえるのも無理はない。
宇佐見といえば成績優秀運動神経抜群。
サッカー部の次期キャプテン候補とまでされている男なのだ。
もちろん、上級生から下級生まで、彼を狙っている者は数知れずおり、下手にアプローチをかけようものなら、密かに結成された親衛隊によって処罰されるとまで言われている。
「う、宇佐見くんもロリコンだったのね……」
「時雨……何気に私にも毒吐いてない?」
「毒吐かれる心当たりがあるかどうか、その薄い胸に手をあてて考えてみなさい」
「……」
言われるがままに絢は自分の胸に手をあてるが、何も思いつかず、ただ弾力の返ってこない胸にため息をつく。
「はっ、まさか! 時雨も宇佐見君のことが……?」
だが、時雨は小馬鹿にしたように鼻で笑い、
「冗談言わないで。私、自分より頭が悪い人は好きになれないわ」
「学年トップの時雨より頭のいい人なんていないよ……」
「ま、それはともかく、どうするの?」
「どうするって言われても……私には晶がいるし……」
絢は口ごもり、言葉の最後の方は小さくなりすぎてほとんど聞き取れない。
はっきりとしない絢の態度に、時雨はため息をついて話を進めた。
「前から聞きたかったんだけど、晶のどこがいいの?」
「どこがって……」
「顔はそこそこいいとは思うけど、成績よくないし、経済力なさそうだし……」
「でも、晶は優しいもん!」
テーブルを叩き、時雨の言葉をさえぎるように声を荒らげて叫ぶ絢に、時雨は驚きを隠せなかった。
今までに、絢がそれほどまでに感情をあらわにして怒るのを見たことがなかったからだ。
「ごめん……」
大きく二度、肩で息をしてから、絢はそう言って席に座りなおした。
二人の間に、沈黙が訪れる。
まるでその瞬間を待っていたかのようにウェイトレスが二人の注文した品を持って現れ、テーブルの上に置くと、またさっさと店の中に戻っていった。
「……たしかに時雨の言うように晶は成績よくないし、経済力ないし、がさつだし、根性悪いし、私のこといぢめるけど……」
「晶が聞いていたら間違いなくいぢめられるセリフね、それ」
いつもの調子に戻った絢に、時雨は巨大なパフェにスプーンをつきたてながら言った。
あわててまわりを確かめるが、期末テストの追試を受けている晶がそこにいるはずもなく、絢は安堵のため息をついた。
そして、言葉を続ける。
「だけど優しいから……私は晶が好きなの。馬鹿って思うかもしれないけど、好みは人それぞれだし、私は……晶じゃないとだめなの」
「じゃあ、なんで相談に乗って欲しかったの? 結局、どうなろうと絢は晶を選んでいたんでしょ?」
「う……そ、それは……」
「結局、のろけたかっただけじゃない」
「……ごめん」
熱気に氷が溶け、レモンティーの入ったグラスの中でカランと音をたてた。
「時雨は?」
「ん?」
「時雨は、その……好きな人とかいないの?」
「私は……」
時雨は困ったように笑って、「絢になら言ってもいいかもしれないわね」と言って自分のことを話しはじめた。
「私の好きな人はね、大人の人なの」
「大人の人?」
「そ、26歳の歯科医。一応付き合ってるけど、働いてるから時間もあまり合わないし、デートなんてほとんどしたことがない」
「……」
「何?」
「え……あ、うん。なんだか意外だったから……」
「そうね、自分でも意外だと思うわ。たった一度会っただけの人を好きになって、二回目に会ったときには告白してた。つき合いはじめて、デートして、キスして――」
パフェを口にしながらたんたんと語っていく時雨。
そんな時雨を見て、絢は、なぜかほっと胸をなでおろしたい気分になった。
大人だと思っていた彼女も、年相応の悩みを抱えていることを知ったから。
「でも、彼から見たら私なんてまだまだ子供よ。からかわれているのかもしれないって思うこともあるの。不安でたまらなくなる……ねえ、絢はどう思う?」
「う……うーん、私そういうことはよくわからないけど……」
「あら、いっつも晶に子供扱いされてる絢ならわかるかもしれないと思ったのに」
「怒るよ? 投げていい?」
「冗談よ」
時雨がくすくすと笑い、絢も手にしたコースターをおとなしくテーブルの上に置く。
「あ、そだ。からかわれてるって思うんなら、一度本気で迫ってみれば? 男なんて裸ワイシャツで迫ればイチコロだよ」
「もうやった」
冗談で言ったつもりの言葉に、さらりと言われ、絢は言葉をなくす。
「あっさりスルーされたけどね。女と見られてない証拠ね」
「……大切にしてもらっている証拠かもしれないよ?」
「だといいんだけど。まあ、他に女の影はないから浮気の心配はないけど、不安なのよね……恋って辛いわね」
自嘲気味に笑う時雨を、絢はやっぱり大人なんだなと思った。
「で、さっき言ってた裸ワイシャツ。あれは試したうえで勧めてるの?」
「あ、あう……」
「ま、深く追求しないでいてあげましょう」
そう言って時雨は夏の日差しに半ば溶けかけたパフェをたいらげ、席を立った。
「そろそろ行きましょ」
「むぅ……」
しかたなく、絢はテーブルの傍らに置かれた伝票に手を伸ばし――そこに時雨が手を添えた。
「私も相談にのってもらったようなものだから。ここは割り勘にしましょ、半分ずつ、ね」
ヨーグルトパフェが800円。
アイスレモンティーが250円。
明らかに損をしているのだが、絢にとって、そんなことはどうでもよかった。
悩みを打ち明け打ち明けられ、悩みを持っているのが自分だけじゃないということを知ったから。
誰もが、悩み、それを乗り越えて成長していくものだと――
夏は、まだ始まったばかり。
通りかかった花屋の店先に並ぶ大きなひまわりが、笑いながら歩いていく二人を見守りながら咲いていた。