除夜の鐘とともに降りだした雪は、やがて立っていることでさえ困難なほどの吹雪へと変わっていった。
家までの道のりは約二キロ。
普段着である晶にとっては多少無理をすればたどり着ける距離ではあったが、あいにくと沙羅と双樹、絢は振袖姿。
下手をすれば遭難や凍傷の恐れがあると判断した晶は、悩んだあげく神社近くのホテルへと足を向けた。
そのホテルのたたずまいはまるでお城のようで、出入り口には暖簾のようなものがぶら下がっている。
建物の中はやたらとピンクや白を基調とした物が目立ち、フロントらしき場所には部屋の写真とボタンがあるだけで人の姿は見当たらなかった。
しかし、正月だというのにそこそこの客はいるらしく、写真の半分は明かりが消え、すでに誰かが使用中だということを示していた。
晶は明かりがついている写真の中から一番安い部屋を選んでボタンを押し、取り出し口に落ちてきた鍵を手に取ってあまり広くない廊下を絢たちとともに奥へと進んでいった。
「わぁ〜、結構広いんだね〜」
部屋の鍵を開けた晶を押しのけるようにして部屋の中に入った絢は、そのまま真っ白なシーツがかけられたベッドにダイブし、その柔らかな感覚に身を沈めた。
「まあ、一泊三千九百円にしてはまともな部屋だな……ん? どうした、入れよ」
開け放たれたドアを前にして、中に入りあぐねている沙羅と双樹に晶が手招きをしてうながす。
「わ、私たち、ラブホテルって初めてで……その……」
「そんなの俺だって初めてだってーの。別にどうこうしようとしているんじゃないんだから。さっさと中に入って身体温めないと風邪ひくぞ」
「……なにもされないのはそれはそれで問題があるような気がするんですけど……」
「ん? 何か言ったか?」
「い、いえ……」
沙羅と双樹を中に入れ、一通り部屋の中を見回した晶はテーブルの上に鍵を置くと踵を返して再びドアを開けた。
「俺、コンビニ行ってくるよ。夜店で中途半端に食ったから腹が減ってしかたがねぇ」
「え、外まだ吹雪いてますよ? 少しは休んでいった方が……」
「お前らも腹減ってるだろ? なんか食いもん買ってくる」
「あ、晶先輩……」
ばたんっ
止めようとする言葉をかわし、晶は半ば強引に自分の意志を押し通して、走り去るようにして部屋を出て行ってしまった。
「行っちゃった……」
「んー」
呆然と晶が出て行ったドアを見つめる二人の背中に向かって、布団の上にちょこん、と座りなおした絢が声をかけた。
「つまりはコンビニに行っている間に着替えとかを済ませておけってことだね」
「え……?」
「晶って馬鹿だけど、そういうとこ、意外と気が利く男だからね」
「そうなんですか?」
「うん、二人で歩くときは必ず車道側に立ってくれたりするし。多分、今回もたっぷり一時間は暇をつぶしてから帰ってくると思うよ」
「はあ……」
晶の意外な一面を知った沙羅と双樹はうなずくようにため息をつき、
「あっ、沙羅! 裾のところに泥がはねてる!」
「双樹もっ! 大変、早くしないと染みになっちゃう!」
お互いに振袖の汚れを発見しあった沙羅と双樹は、帯に手をかけ――
「え、あ、わっ、わっ」
するり、とはだけられた振袖の下はしなやかな肢体を包むスポーツブラとスパッツ。
腰元にベルトで携えられた銃が多少異質ではあったが、均整の取れたそのプロポーションは同性である絢からみても思わず目を奪われてしまうほどのものだった。
「……なにあわててるんですか、女同士で」
「あははは……」
「もしかして、絢さんって百合とか、少し変わった性癖の持ち主ですか?」
「ち、違うよ〜。いきなりだったからびっくりしただけだよ」
そうぶんぶんと左右に振りまくる絢の顔は、しかしほのかに赤みを帯び、こころなしか心臓の鼓動までが大きく早くなってしまっているようだった。
「絢さんも、ちゃんと処理しておかないと振袖が痛んでしまいますよ」
「う、うん……」
双樹の言葉に一度はうなずいた絢だったが、沙羅と双樹が振袖の処理を終えたころになってもまだ、途中までほどきかけて直すに直せなくなった帯を支えて立ち尽くしたままだった。
「ほら、どうしたんですか?」
「え、えっとね……私、下着つけてない……」
絢の言葉に、沙羅と双樹の頭の中にさまざまな考えが走り、
「ねえ、双樹」
隣にいる双樹に話しかける沙羅の顔には不敵な笑みが浮かび、
「何、沙羅?」
その笑みの意味を理解したのか、答える双樹も獲物を狙う肉食獣のような目で絢をみつめた。
「時代劇とかでよくあるアレ、やってみたくない?」
「興味あるわねぇ」
「ち、ちょっと、二人とも……目が怪しい……?」
「ふっふっふっ、観念してください」
後退りをする絢に、わきわきと妖しくうごめく二人の指が迫る。
「ふ、ふにゃああぁぁぁぁぁぁ……――」
絢を丸裸にした沙羅と双樹はそのままガラス張りの風呂場まで拉致し――
おもちゃのようにもてあそび、もてあそばれながら入浴をすませた三人は備え付けのバスローブに身を包み、そのままベッドの上に倒れこんだ。
冷えたシーツが火照った身体を優しく包みこみ、のぼせかけた三人の意識を目覚めさせてゆく。
「ふぁ……お風呂に入っただけなのに、なんだか疲れたよ……」
「絢さん、反応がおもしろいです……」
「私、晶先輩が絢さんをいぢいめたくなる理由がわかったような気がします……」
絢と同じように疲れきってはいるものの、沙羅と双樹の表情はどこか満足そうだった。
「あと、予想以上に幼児体型だったのにはびっくりしました……」
「あぅ〜……それは言わない約束だよ〜……」
三人が見上げる天井は白く、ただ部屋の中を照らす明かりだけがぶらさがっていた。
真っ白な空に意識が吸い込まれそうになる感覚に身をゆだね、晶が帰ってくるのを静かに待つ。
「――絢さんは生まれたときから晶先輩と一緒なんですよね?」
沙羅の質問が、まどろんでいた絢の意識を半覚醒させた。
「ん〜、そうだよ〜……」
「なにか面白いエピソードなんかありませんか?」
「そうだねぇ……」
絢は夢現に記憶をたどり、語りはじめる。
小学生のときに肥溜めにはまってしまったこと。
中学校の修学旅行のとき、新幹線に乗り遅れかけたこと。
高校の入学式当日に遅刻をしてしまったこと。
そして晶が起こしたさまざまな事件の被害が、すべて絢自身にも及んでしまっていることなど。
それは絢にとっては懐かしい思い出であり、沙羅と双樹にとっては初めて知る愛しい人の歴史。
静かだった。
思い出を語る絢の声を、胸の中で反芻しながら、沙羅と双樹は一言もしゃべらず、ただ無言で聞いていた。
「でね、晶が……」
「絢さん……」
だが、突然沙羅が絢の声をさえぎる。
「ん……?」
声がした方へ首を九十度横に曲げ、絢が見たのは沙羅の横顔。
沙羅は天井を見つめたままつぶやいた。
「私、絢さんのことがうらやましいです」
「……どうして?」
「生まれたときからずっと晶先輩のそばにいて……」
返す問いかけに答えたのは双樹。
双樹もまた、天井を見上げたまま。
その瞳からは、涙が一滴、こぼれ落ちていた。
「私たちの知らない晶先輩のこともいっぱい知っていて……」
「幼馴染。そんな恋愛小説の王道を行くような運命的な設定、卑怯ですよ……」
「そうかなぁ……」
絢はふぅ、と息を吐き、少しの間をおいてから続けた。
「私と晶が幼馴染だっていうことが運命的だって言うなら、沙羅ちゃんと双樹ちゃんが晶と出会ったのも、私は運命的だと思うな……だって、たまたまサバイバルゲームのイベントで出会ったんでしょ? しかも、京都のそれほど大きくもないイベントにわざわざ九州からやってきたときに。それって、十分に運命的だよ」
「……それでも、積み重ねられた時間と比べれば……」
「それにね、実は私も二人には憧れちゃってるんだよ……」
「私たちに……ですか……?」
「うん。私だったらできないかもしれない、好きな人を追いかけて遠くまで行っちゃうっていうの」
「そんな……たいしたことじゃないです……」
「あと、自分の気持ちに素直だし、家事は得意だし、二人は私にないものいっぱいもってる。私は、沙羅ちゃんや双樹ちゃんみたいになりたい」
「……そんな風に言ってもらえるのに……よくばりなんですかね、私たちは……」
「ううん、普通だよ。大好きな人のためにわがままになれるのは恋する女の子の特権だから……」
「特権……」
「そう、特権。だから私が二人みたいにもっとメリハリのある身体になりたいって思うのも……」
「えと……それはかなわぬ夢かと……」
「むきーっ!」
「はははっ、冗談ですよ、冗談」
枕を振り回して暴れる絢の攻撃をたくみにさばきながら、笑ってチョップの反撃をくりだす。
部屋の中を走りまわり、暴れて息の切れた三人は再びベッドの上に倒れこんだ。
誰からともなく笑いだし、気がつけば三人は顔を見合わせ笑いあっていた。
「なんだか……たのしいねぇ……」
「そうですねぇ……」
つないだ手と手と手は輪を描いて。
鼓動は強く早く。
生きている証が想いを通して伝わりあう。
「私たち、いままですれ違ってばかりだったけど……」
「これからは仲のいいお友達、仲のいいライバル」
「そうなれるかもしれませんね」
――心は穏やかだった。
――ちょうど一時間がたったころ、両手にコンビニのビニール袋をぶら下げた晶がホテルへと戻ってきた。
ドアを半分だけ開け、部屋の中にいるはずの絢たちに向かって声をかける。
「うー、寒っ。おーい、飯買ってきたぞー」
しかし、頭の上に雪を積もらせた晶の声に答える声はない。
「入るぞー」
おそるおそると部屋の中にはいった晶を出迎えたのは、仲よさそうによりそって眠る三人の姿だった。
晶は鏡台の前にビニール袋を置くと、その椅子に座ってため息をついた。
「ったく、吹雪もあられになってきたから帰れるっていうのに……三人そろって幸せそうに眠りやがって……」
ビニール袋からとりだした缶コーヒーのプルトップをあけ、口をつける。
ぬるくなったコーヒーを飲みながら、晶は眠る三人の寝顔を眺めていた。