春が見ていた風景


心地よい日差しに照らされていると、おのずから睡魔はやってくるものだ。

 ましてやそれが授業中ならばなおさらのこと。

「あ〜き〜ら〜」

 後ろの席の絢が呼びかけながら背中をつっつくが、俺は身をよじるだけで起きようとはしない。

「……晶」

 ぐさっ。

 鋭角に尖ったシャープペンの先が後頭部に突き刺さる。

 しかも、0.3ミリ。

「っってぇ!!」

 睡魔に身を任せていた俺も、さすがにこれには目をさまさざるをえなかった。

「絢! なにしやがるんだ!」

 ばしんっ。

 起き上がると同時に後ろを振り向き、丸めた教科書で自分を刺した犯人の頭を叩く。

「だ、だって、晶寝てたから……」

「ほぅ、寝ている人がいたら刺殺してもいいんだな?」

「刺殺って……むぎゅうっ」

 絢の頬をつねったまま、左右に引っ張る。

「お、おい関……」

「うるせぇ」

 あわてて誰かが止めに入るが、心地よい眠りを邪魔されて気が立っている俺は乱暴にそいつを張り倒す。

「お前はいつもいつも、俺に嫌がらせをするんだ?」

「ひやはらへはんへひへはいほ!」

 たーてたーてよーこよーこ。

 絢の頬をもったまま手を上下左右に動かす。

「むぎゅううぅ! いたひ!」

「ほ〜れほれ、もっと痛がるがよい」

「ははっ、ほどほどにかわいがってやれよ」

「大阪さん! 関口君なんかに負けちゃ駄目よ!」

 もはやこうなってくると、誰も俺たちを止めようとはしない。

 下手に口を出して俺に仕返しされるのが怖いのではなく、むしろその状況を楽しんでいるようだった。

 現に、俺たちの小競り合いをはやし立てるかのような野次さえ飛んでいる。

「ふゆぅぅぅぅっ!」

 ぎゅっ。

「むぅ」

 女子代表、クラス委員の大林の声援を受けて、絢が俺の頬を引っ張り返す。

 ふ、やるな。

 同じ病院で生まれたときからの付き合いしているだけのことはある。

 しかし、いつの間にこういう関係になってしまったのだろうか?

 数年前までは俺が一方的に絢をいぢめるという関係だったのに…… 

 昨日もおとといも、その前の日も……

 今では毎日のようにこのようなことをしているような気がする。

 まあ、名物になるのはあたりまえか。

「ふぎゅっ、はぎゅはは、ひほほ!」

 ふん、力ではかなわないとみて、いつもの悪口で対抗する気だな。

 俺は頬から手を離し、絢を開放してやる。 

「み、みんな聞いて! 晶はね、小学校三年生のときに肥溜めにはまったことがあるんだよ!」

「へぇ〜」

 かなりエグイ話にもかかわらず、意外にも、みなの関心は薄い。

 それはそれでなんかむかつくのだが……

 いや、まてよ。

 その話は三回目だったような気が……?

 ともかく!

 すでに、初恋の人が実はオカマだったことや、中二の時、サッカーの授業で、オーバーヘッドシュートをしようとして頭打って、気絶したこともばらされているからな。

 これ以上バラされて困るようなことはない!

「ふぬぬっ」 

 絢は低く唸りながら、何かを思い出そうとしている。

 どうやらネタを探しているようだ。

 なら、こちらも、口には口で対抗してやるか。

「絢」

「ん?」

「チビ」

「はぎゅぅぅん!?」

 ふっ、高校二年生にもなって、いまだ身長が百四十センチ台の絢には、下手に罵詈雑言を並べるよりもこの一言のほうがダメージが大きい。

「貧乳」

「はぐぅぅ!?」

 ちなみに、絢のバストサイズは六十八のA。

 いまどきめずらしいというか、マニア好みというか……

「なにさなにさ! 晶のいぢわる!」

 ふん、何とでも言うがよい。

 どうせお前にはもう小ネタしか残っておるまい。

「晶の馬鹿ぁ! 人の気にしているところばっかり……晶、私のそんなところが好きだって言ってたじゃない!!」

 瞬間、教室中のざわめきが消えた。

 くぁぁぁ!?

 こ、こいつ、追い込まれて自爆技だしやがった!

「お、おい……あの二人って付き合ってるのか……」

「関口君が大阪さんにぢめてたのは、やっぱりそういうことだったんだ」

 そういうことってどういうことだ!

 短い静寂の後は、前よりも大きなざわめきが発生。

「え……? あ……」

 絢も周りの異様なざわめきに、自分が何を言ったかようやく気がついたようだ。

「あほぉ!」

 ごすん!

 絢の脳天に、チョップが炸裂した。

「お前な! 自爆するなよ!」

「ふぃえぇ! だって、だって!」

 むぎゅぅぅぅぅ!

 ふたたび絢の頬をひっつかみ、左右に思いっきり引っ張る。

「ひはぁ! ひはいほ!」

 絢が叫ぶが無視してさらに強く引っ張る。

「あれも愛情表現の一種なんだろうね」

「意外と子供なんだね、関口君って」

 クラスメイトの声にも無視を決め込む。

「ふぅいぅぅっ」

「ふぎぎぎぎ」

 すぱーん、すぱーん!

 軽快な音とともに頭に衝撃が走り、一瞬、視界が暗転する。

「ってーな! いったい誰……が……たたいた……」

 振り向いた俺の目の前に立っていたのは、担任の福島。

「関口、今は授業中だということがわかっているのか?」

 あ……そういえば……

 最初に張り倒したのの福島だったような……

「ったく、毎度毎度お前たちは飽きもせずに同じようなことばかり。少しは高校生だという自覚を持ったらどうだ?」

「ごもっともな話で……」

「とりあえず、廊下に立ってなさい」

「はい……」

 俺が怒られているのを見て、絢がクスクスと笑っている。

「大阪も同罪だ」

「ふぇぇぇ!?」

 その笑いを見咎めた福島は、ケンカ両成敗とでも言わんばかりに、絢に対しても廊下に立つように指示する。

「よ、御両人!」

 並んで廊下に向かう俺たちを、クラスメイトたちがはやしたてる。

 くそ、いつかコロス!

 ガラガラガラ……

 廊下に立って戸を閉めると、しん、とした空気が張り詰めていた。

 教室の中はしばらくざわついていたが、福原の一喝が飛ぶと、あっという間に静かになった。

「おい、絢……」

「……なに?」

 声をかけると、ふてくされたような言葉が返ってくる。

「……わるかったな」

「ん?」

 驚いたような顔つきで、絢が俺の顔を覗き込む。

「な、なんだよ……」

「めずらしい、晶から謝ってくるなんて」

 その言葉にちょっとむっときたが、ここは素直に謝っておくことにする。

「お前とはずっと一緒にいるからさ、そのなんていうか……」

「わかるよ、晶の言いたいこと。私も同じだから」

 通じていないようで通じている。

 わかり合えていないようでわかり合えている。

 でも、男と女。

 お互いに分かり合えていないところも少なくないはず。

 俺たちの関係は言葉にするにはとても微妙な関係なのだ。

 絢のほうを向くと、絢も俺のほうを見ていたらしく、ちょうど目が合った。

 どちらからともなく気恥ずかしそうに、照れた笑みを浮かべた。

「で、どうするよ。授業が終わって教室に戻ったら、絶っっ対、俺たちの話でもちきりだぞ?」

「うーん……」

「もとはといえば、お前が俺の安眠を邪魔したからなんだぞ。ちょっとは対策を考えろ」

「む! 何で私のせいなの! 授業中に寝ている晶が悪いんじゃない!」

「そんなのお前に関係ないだろ! 授業中くらい静かに寝かせろ!」

 我ながら、見事にダメ人間なセリフを吐いていると思う。

 第二ラウンド開始。

 直後、教室から福島が飛び出してきて、また怒られた。

 ……まぁ、俺たちの関係は当分の間、このまま変わることはないだろう。

 今日も明日も明後日もずっと……







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