今日までの一年、明日からの一年





  十二月三十一日、大晦日。

  一年の最後を締めくくるこの日であっても、晶たちの生活が平穏無事であるはずはない。



  今年も残り一時間弱となった午後十一時過ぎ――

  関口宅の門前には大道寺姉妹の姿があった。

  そこへ毎年と同じように晶と初詣に行こうとやってきた絢に、二人は出会ってしまった。

  言わずもがな、三人は晶をめぐっての四角関係の仲。

  絢の姿を確認するや否や、沙羅と双樹は帯の中に隠し持っていた銃に手をかけた。

 「こんばんにゃー」

  だが、絢はピンクの振袖をぱたぱたと振りながら、三人の間の張り詰めた空気を、緊張感を完全に無視したあいさつでぶち壊した。

 「……こ、こんばんは、絢先輩」

  臨戦態勢に入っていた沙羅と双樹は肩すかしをくらい、ワンテンポ遅れてから声をハモらせてあいさつを返した。

 「わっ、わっ、先輩だなんて……いいよ、タメ口で。誕生日だってほんの四ヵ月くらいしか違わないんだし。それに、はたから見たら絶対私のほうが年下に見えるよ」

  あわてる絢の言葉に、二人は一度自分たちの姿と絢の姿を見比べてみた。

  振袖の色は沙羅が赤。双樹が青。

  その姿は派手すぎず、地味すぎず、艶めかしい魅力さえ醸し出している。

  それに比べ、絢もピンク色の振袖が似合っていないわけではないのだが――

  いかんせん、引き出されている魅力は幼子おさなごのそれ。

 「それはまあ……」

 「その通りですけど……」

  グサンッ

  二人の素直な答えは、幼児体型にコンプレックスを持つ絢の心に鋭い刃を深々と突き立てた。

  ……嘘でもよかったから、そんなことはないって……言ってほしかったよ……

 「うーん……それはそうと、今銃持ってる?」

  よく考えれば、自分が沙羅たちとまともに話をしたことがなかったと気がついた絢は、気を取り直し、少しでも二人との距離をつめようと二人の得意分野から語りかけた。

  内容が内容だけに、一瞬、敵意をむき出しにしていたのがばれたかと息をのんだが、絢の口調がいつもと変わらない様子だったため、沙羅と双樹は胸をなでおろし、安堵のため息をついた。

 「デザートイーグルかマグナムならありますけど?」

  内心どきどきしながらも、平静を装い、受けこたえる。

 「じゃあ、マグナム貸してくれる?」

 「あ、はい」

  沙羅が着物の帯の内側に隠し持っていたマグナムを絢に手渡すと同時に、玄関のドアが開かれ、家の中から晶が顔を出した。

 「うっす」

  晶は門前に並んだ色とりどりの女性たちに片手を上げて軽くあいさつをした。

 「こんばんは」

 「ふむ……」

  晶は三人を見比べ――

 「沙羅と双樹はいいとして……絢」

 「ん?」

 「馬子にも衣しょ……」

  パンッ

  問答無用でマグナムが火を吹き、晶の額に丸いあざをつくった。

 「痛ってぇ! 新年早々何しやがるんだ!」

 「余計なことを言う晶が悪い。っていうか、まだ年明けてない」

 「屁理屈言うな!」

 「屁理屈じゃないもん! ふぎゅぁっ!」

  晶が絢の柔らかい頬を引っ張り、上下左右に動かす。

 「ふにゅにょにゅううううぅぅぅっ」

  絢のうめく声が寒空に響いた。

  頬を引っ張られていては反撃の悪口も言えず、しかも身長差があるので伸ばす手も晶にはとどかない。

  一方的にいぢめられている絢の姿を、しかし沙羅と双樹はどこかうらやましそうにみつめていた。

  たっぷり五分間引っ張りつづけたあと、晶はようやく絢の頬から手を離した。

 「――はあ、はあ、はあ……痛ひ……」

 「……さあ、初詣に行くぞ」

 「ふぁ……ひどいよ……」

  赤くはれ上がった頬をさすりながらつぶやく絢の声は、三人そろって無視。

 「初詣って、どこに行くんですか?」

 「ああ、そうか。沙羅と双樹はこっちで年を越すのは初めてだったな。五丁目の月朔神社だ。あそこの初詣はいいぞ、縁日とかもあって盛り上がるからな」

  縁日という言葉に反応して、沙羅と双樹が目を輝かせる。

 「晶先輩、サバイバルゲームで鍛えた技術で、射的屋の景品を空にしてしまいましょう」

 「おお、いいな、それ」

  晶は絢を放置したまま歩き出し、沙羅と双樹はすぐさまその両隣に並んで歩き出した。

  出遅れた絢は、必然的に三人の一歩後ろを歩くことになる。

  神社にたどり着くまでの間ずっと、絢は晶の隣にいるのが自分でないことが少し寂しいと感じていた。



  神社に到着した晶たちは、真っ先に屋台や露天が並んでいる場所に向かい、境内に入って数分後には黒山の人だかりができている射的屋にたどり着いていた。

 「か、かんべんしてください……」

 「はっはっはっ、まだまだいきますよ〜」

  その人だかりの中では何かが起こっているらしいのだが、それが何なのか晶たちには確認することはできなかった。

 「なんだ……?」

 「行ってみよう」

  興味津々の絢はまわりの迷惑をかえりみず、人の群れの中に入りこんだ。

  その状況に興味があるのは晶たちも同じであり、晶、沙羅、双樹の順でそのあとに続いていく。

 「ぷはぁっ」

  ようやく抜け出た人だかりの中心には一組のカップルがいた。

  女性の方は抱きかかえたたくさんの景品と男の影に隠れていたが、男の方は二十代の半ばごろ。

  眼鏡の奥の瞳は真っ直ぐに射的の景品であるぬいぐるみをみつめ、同じ場所に銃口が向けられていた。

  ポンッ、というコルクの弾が飛び出す軽い音が響いたかとおもうと、コルクの直撃をうけたぬいぐるみがぽてり、と落ちた。

 「朔さん」

 「ん?」

  晶が呼んだ名前に反応し、眼鏡の男が振り返った。

 「なんだ、晶君じゃないか」

 「お久しぶりです、朔さん」

 「朔さんも来ていらっしゃったんですか」

 「ああ、沙羅ちゃんに双樹ちゃん。僕の家はここから近いからね。毎年来てるよ」

  先ほどから話の輪の中に入れていなかった絢は、ここぞとばかりに問いかける形で入り込む。

 「晶、この人は?」

 「サバゲー仲間の朔さん。えーと、朔さんの苗字ってなんだっけ?」

  長年の付き合いであるにもかかわらず苗字を覚えてもらえていなかった朔は、やれやれと肩をすくめたあと、絢に向かって一礼をした。

 「文月朔です、よろしく」

 「あ、はい、こちらこそ……」

 「おっと、そうだ。ほら、君もこっちに来てちゃんとあいさつをしなさい」

  言って、朔は自分の後ろに隠れるようにしていた少女の腕を掴み、前に押し出した。

  その拍子に少女の顔を隠していたぬいぐるみがばらばらと落ちてしまった。

 「あっ!」

  現れた顔を見て、四人の口から驚きの声が上がった。

  眼鏡を外し、着物を着ているせいで大人っぽく見えるが、そこにいたのはまぎれもなく、委員長こと大林時雨。

 「ははは、こんばんは……」

 「なんだ、知り合いだったのか?」

 「……クラスメイトと後輩」

 「へぇ、それは驚いた」

  言葉とは裏腹に、朔はにこやかな笑顔を浮かべたまま。

 「援交……?」

  バキィッ

  時雨の拳が、晶の顔面をとらえた。

 「バカなこと言ってんじゃないわよ」

 「ふぁい……」

 「晶君、変な噂を流さないでくれよ。僕らのは純愛なんだから」

 「そう、純愛なの……よ……?」

  朔の言葉につられてそう口に出し、途中で言葉の意味に気がついて時雨は顔を赤くしてうつむいてしまった。

  そのあと、朔は晶たちに「それじゃあ」と言い、時雨の手を握って人ごみの中へと消えていった。

 「幸せそうだったね、あの二人」

 「ああ、そうだな」

  幸せそうな親友の後姿を見送ったあと、めぼしい景品もなくなり、泣き崩れるおじさんのいる射的屋をあとにして、晶たちはおみくじを引くべく本堂のほうへ向かって歩き出した。




 「うっ……」

  引いたおみくじを開いて、絢がうめき声を上げた。

 「ん、何を引いたんだ? うわっ! こいつ凶引きやがった! 」

  震える絢の手の中のおみくじを覗きこみ、晶が叫ぶ。

  そして今度は自分のおみくじに目を移し――

 「げっ……」

 「うわぁ……大凶……」

  絢だけではなく、沙羅と双樹までもがそうつぶやいた。

  しかも、その「うわぁ……」という声には晶が発したようなからかいの声ではなく、哀れみがこもっていたため、晶は本気で泣きそうになってしまった。

 「ふ……たかだかおみくじじゃないか」

 「来年は受験も始まるっていうのに……」

  絢の言葉が、立ち直りかけた晶の心にとどめをさした。

 「……二人は! 沙羅と双樹は何を引いたんだ!?」

  沙羅と双樹は「すいません……」と言葉とともに、それぞれが大吉と書かれた札を見せた。

 「……むきー!」

 「ほらほら、たかだかおみくじなんでしょ? 叫んでないでさっさと願い事を書いて結びなさい」

 「願い事……ですか?」

 「そう。ここの神社はね、おみくじの裏に願い事を書いてご神木に結んでおくと願いがかなうっていう言い伝えがあるんだ」

  絢は楽しそうに言うと、おみくじ売り場の隣に併設してあった大きな机に向かい、ボールペンで願い事を書きはじめた。

 「願い事か……」

  沙羅と双樹はしばらく考えたあと、隣にいる絢や晶に見られないように隠しながらボールペンを走らせた。

  ――晶先輩と絢先輩が別れますように――

  ――晶先輩と絢先輩の仲が壊れますように――

 「ふぅ……」

  願い事を書き終え、顔を上げると、隣の晶はすでに願い事を書き終えており、おみくじを結びやすいように三つに折りって細長くしていた。

 「晶先輩はなんて願い事をしたのですか?」

 「秘密だ」

 「……」

  秘密と言われると余計に知りたくなるのが人の性。

  それが愛する人の秘密ならなおさらのこと。

  無言の沙羅と双樹の目がキュピーンッ、と光る。

 「はっ……」

  その怪しげな気配に、サバイバルゲームで感性を鍛えた晶が気づかぬはずはない。

 「晶先輩……」

  両手を広げ、沙羅と双樹がじりじりと詰め寄っていく。

 「くっ……見せん! 見せんぞ!」

  二人の動きにあわせて二歩、三歩と後退していた晶だったが、一瞬の隙を見てダッシュで逃亡していった。

 「待ちなさい!」

  それを追い、沙羅と双樹も人ごみの中に消えていく。

 「――できたっ。あれ……」

  あとには、絢だけが残されていた。




  パシュッパシュッパシュッ

 「ふぐおおおぉお!」

  逃げやすいようにと人気のない方へと逃げたことが災いした。

  周りに人がいなくなったことにより、沙羅と双樹は気兼ねなく銃を使いはじめたのだ。

  撃ち続けられるBB弾をよけ必死になって走り回る晶。

  どんっ!

 「はぐぅっ!?」

 「ふにゃっ!」

  社の角を曲がろうとしたその瞬間、三人を探して走り回っていた絢に鳩尾に頭突きをくらわされ、晶は後方にはじきとばされた。

 「いたたた……ん? 晶のおみくじ?」

  偶然手の中に落ちてきたものが晶のおみくじと知り、絢の顔が不敵な笑顔に変わった。

 「か、返せ! くぁっ、さ、沙羅! 双樹!」

 「絢先輩! 今のうちに!」

  絢に飛びかかろうとした晶を二人がかりで羽交い絞めにし、動きを封じる。

 「やめろ! 見るな!」

 「そういわれると余計に気になるって……えーと」

  晶の悲痛な叫びを無視して、絢が禁断の願いを読み上げる。

  ――進級できますように――

 「……ぷっ」

 「笑うなぁ!」

  がすんっ

  拘束を振りほどいた晶のチョップが絢の額に直撃した。

  叩かれた額を押さえ、痛がる絢の手の中から強引におみくじを奪い取り、晶は言い放つ。

 「ふんっ、お前の願い事も読み上げてやる!」

  ――京都ホテルのケーキバイキングに行きたい――

 「……ぶはははっ、子供か、お前はっ!」

  振り向いた晶が目にしたのは、着物の裾を持ち上げ、高々と足を持ち上げる絢の姿だった。

 「は……?」

  づごんっ

  次の瞬間、絢のかかとが、晶の脳天を打ち砕いていた。

 「ネリ・チャギ……」

 「あれだけ身長差があるのに……すごい……」

  一瞬の出来事に、沙羅と双樹は宿敵であるということを忘れ、素直に絢の動きを褒め称えていた。

 「あ……」

  乱れた裾を直す手の中に落ちてきた白い雪に、絢は空を仰いだ。

 「雪だ……」

  絢のつぶやきに、沙羅と双樹も空を見上げた。

 「このまま初雪になるわね」

 「初雪か……」

  絢は首をかしげ何かを考えていたが、やがてその詩を紡いだ。

 「初雪に 犬と戯る 花盛り 犬、花心 いまだ知らねど」

  そう詠って、静かに微笑む。

 「お互い大変だね、犬を好きになっちゃったりして」

  絢の言葉は確かに沙羅と双樹、二人に向けられていた。

 「あ……」

  絢の詩が、沙羅と双樹の純真さを花に例え、知らねどの「しら」と沙羅双樹の花の色である「白」とを掛けた詩であることに気がついた。

  もちろん、犬とは晶の朴念仁さを例えたものである。

 「でも、私も負けないから」

  そして、続けられた言葉が、同じ人を好きになった相手として、沙羅と双樹を応援し、同時に宣戦布告をしているという事にも。

 「あ、あの……」

 「ん?」

 「私たち、ち、ちょっと失礼いたしますっ」

  沙羅と双樹は、絢の瞳から逃げるように駆けていった。

  絢の正々堂々とした姿勢に、今ははっきりと負けを認め、自らの不浄な願い事を書き直しに行ったのだ。

 「うーん……」

  沙羅と双樹が場を離れてしばらくして、気を失っていた晶が目を覚ました。

 「あれ……? 沙羅と双樹は?」

 「うん、ちょっとね。すぐ帰ってくるよ」

 「そうか……寒いと思ったらいつの間にか雪が降ってるじゃないか」

  二人っきりになった空気に気恥ずかしさを感じた晶は頬をかきながら、あさっての方向を向いた。

 「……甘酒でも買っとくか」

 「わーい、甘酒、甘酒〜」

 「は? 甘酒は沙羅と双樹用。絢は千歳飴だろ? その格好どう見ても七五さ……」

  パンッ

  マグナムから飛び出したBB弾が、晶の額に二つ目のあざをつくった。

 「痛ってぇ……」

 「馬鹿なことを言ってる暇があったら英単語の一つでも覚えなさい。留年するよ」

 「……言われなくてもわかってる」

 「私、嫌だからね、晶と離れ離れになるの。ずっと一緒にいたいから、留年なんかしたら許さないから」

  恥ずかしさからなのか。

  絢は晶に背を向けていた。

 「絢……俺も――」

  晶が、言葉にこたえて、絢の背中に言う。

  ゴーン

  除夜の鐘が鳴った。

 「……え? 何て言ったの?」

 「何度も言ってられるか、そんな恥ずかしいこと」

 「……初雪に 犬と戯る 花盛り 犬、花心 いまだ知らねど……か。花も犬の心はよくわからないよ」

  絢は晶の方に向き直り、照れくさそうに笑った。

 「今年もよろしくね」






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