不安と希望の入学式



  春。

  はらはらと、季節外れの雪のように舞う桜の花びらの中。

  真新しい制服に身を包んだ少年少女たちが歩いていく。

  滋賀と京都とを隔てる山の麓にあるこの海桜学園は、晶のように奇跡を起こして入学してきた者もいるが、前世紀には海軍の士官学校だったこともある文武両道の進学校。

  女生徒のセーラー服の袷が左右逆なのは海軍の制服の名残だ。

  希望で胸をいっぱいにした新入生たちのうれしそうな顔は、しかし同時に、進学校という重圧に緊張した面持ちでもあった。

 「今日から……私も海桜学園の生徒になれるんですね……」

  桜の花びらを黒髪に飾り、少女は校舎を見つめてつぶやいた。



  一般の生徒が休みである今日。

  晶は入学式のスタッフとして借り出されていた。

  校内の案内役。実質、校門脇のテントの中で座っているだけという比較的楽な仕事についたものの、晶の顔は暗い。

 「はあ……」

  校門をくぐる新入生の波を眺めながら、晶は今日何度目ともつかないため息をついた。

 「暗いなぁ。休みが無くなったからってそう落ちこむなよ」

  去年に引き続き晶と同じクラスになった里中泉は新入生たちにむけた笑顔を崩さぬまま、晶に活を入れた。

 「いや……安いながら給料も出るし、こーいう仕事をすることを条件に進級させてもらったようなものだからな……それはそれであきらめがついてるんだけどな……」

 「せっかくなんだから楽しまないと損だぞ?」

 「楽しむ……って、何を?」

 「決まってるだろ、かわいい新入生のチェックだよ。今年はどんながくるのかな〜。去年の大道寺姉妹くらいのレベルが少なくとも一人はいてほしいよな〜」

 「はあ……暇なやつだな、お前は……」

  さも興味がないとでも言いたげに晶は机に顔を伏せる。

  そのまま何も言わなくなってしまったかと思うと、春の陽気に誘われたのか、やがて小さな寝息をたてはじめた。

  泉は少しでも印象をよくみせようと眠気に耐えて笑顔を作っていたが、春の陽気は容赦なく降りそそぎつづける。

  柔らかな光は強固たる意識の中に徐々に侵食していき、泉を眠りの世界へと誘い込もうとしていた――

  が、どこからか聞こえてきた小さなざわめきが堕ちようとしていた泉の意識を寸前で救い上げた。

  辺りを見回すと、ざわめきの向こう側から新入生の波に逆らって歩いてくる美少女が二人。

  二人とすれ違い、その魅力にもれなく後ろを振り返る新入生たちの感嘆の声が、春風にのって聞こえる。

  一昨年前にかわいい新入生の一位と二位に選ばれた実力は、二年たった今でもまったく衰えていないらしい。

 「あ〜きらっ」

  パコンッ

  受付のテントへとやってくるなり、絢は机に突っ伏す晶の後頭部を丸めた入学式のパンフレットで叩いた。

  わずかな間があって。

  晶はゆっくりと暗い顔を上げる。

 「……おう、絢に時雨じゃないか」

 「テンション低いわね〜。いつもなら、こう」

 「ぐぇっ」

 「と、絢の首を絞めるくらいのことはしてるはずなのに」

 「時雨、ギヴ……」

  首に食い込む時雨の腕にタップしてがっくりとうなだれる絢を無視し、時雨は晶と泉に話しかけた。

 「とりあえず交代しましょ。そんな陰気くさい顔が表に立ってちゃかわいい後輩たちがかわいそうだからね」

 「うぐっ……ぅ、沙羅ちゃんと双樹ちゃんが体育館で椅子並べをしていたから、手伝ってきたら? 体を動かせば少しは気が晴れるかもしれないよ?」

 「……そうする」

  晶は大きなため息をついたあと、ようやく腰を上げ、新入生たちの波に混じり校舎の方へと歩いていった。

 「ほら、里中君も行って。なんか仕事サボりそうだからしっかりと見張っててね」

 「へいへい」

  二人が抜けた席に座った絢と時雨だったが、人が変わったところで仕事が増えるわけでもなく、ただただ退屈なだけの時間が流れた。

  最初のうちは先輩としての威厳を保とうとしっかりと前を向いていたが、時間がたつにつれその自覚も薄れていき、気がつけば二人は世間話に花を咲かせていた。

 「なんか、関口君元気なかったわね。留年しかけたのがそんなにショックだったのかしら?」

 「あー、うん。それとは別件だと思う。先週あたりからぜんっぜん元気が無いの」

 「何? ケンカでもした?」

 「ううん、ケンカする元気も無いみたい。なんでだろ?」

 「だめよ、一応彼女なんだから、相手が落ち込んでるときは元気づけてあげないと」

 「私と晶付き合ってないよ?」

 「だからってねぇ……は?」

 「だから、付き合ってないの。お互いにちゃんと付き合おうって言ってないし……」

 「え? だってあなた前に裸ワイシャツで迫ったとか……」

 「してないしてない。男の人はそういうのに弱いって話をしただけで……そこまではしてないです」

 「じゃあどこまで?」

 「ん、うー。お、おでこにちゅー?」

 「小学生かあんたらは」

  ボスンッ

  ツッコミ――というよりは裏拳に近い一撃がみぞおちにはいる。

  思いがけない一撃にうっすらと涙を浮かべながら、絢は時雨をにらみつけた。

 「ごめんごめん、まさかモロにはいっちゃうとは思わなくて」

 「……なんか、時雨も変わっちゃったね」

 「そ、そう?」

 「うん、前はもっと知的な委員長って感じで、私のことも今では校内でも下の名前で呼んでるでしょ?」

 「そういえばそうねぇ」

 「それに、スリーパーホールドやツッコミなんて絶対しなかったし」

 「ははは……」

  あきれたように笑い、つづけて何かを思うように遠くの空を見上げた。

 「……そう、変わっちゃったわね、私……ううん、違うわね、ただメッキがはがれただけ」

  自分の言葉に納得したのか、時雨はため息とともにうなずいた。

  絢は、時雨がなぜ変わっていったのか、その原因がわかるような気がした。

 「朔さん?」

 「わかる? 私が優等生ぶっていたのって、男に負けたくないっていうコンプレックスからだったんだけど……朔さんは私を女だからって卑下することも甘やかすこともしない。コンプレックスを忘れさせてくれる人なの。だから、自然と素になっちゃうのよ」

 「うまくいってる?」

 「それがねー、もう、聞いてよ。せっかくの春休みだっていうのに、朔さんサバイバルゲームばかり行っちゃって、ほとんどデートもできなかったのよ!」

 「なんか、朔さんって晶とちょっと似てるかも」

 「性格と趣味だけはね」

 「あのー、お話中すいません。職員室へはどう行けばよろしいのでしょうか?」

  話に夢中になっていると、道に迷ったらしい一人の少女がテントへとやってきた。

 「あ、はい、職員室へは……って、あれ――?」

 「あ――」

  桜まみれになった少女は、絢の顔を見て驚きの声をあげた。



 「あー、かったりぃ……」

  体育館中のイスを並べ終え、晶は伸びをしながら大きなあくびをした。

 「ん……? そういえば、泉のやつ、いつの間にかいなくなっちまったな」

  並べ終わったばかりのイスに座り、もう一度大きなあくび。

  ピタッ

 「うひゃぁっ」

  くつろぐ晶の首筋に、冷たい何かが押し当てられる。

 「ごくろーっさん」

  振り返ると、泉が買ってきたばかりのコーヒーを晶に差し出していた。

 「なんだよ、サボってたのか?」

 「いやいや、ちゃんと仕事してましたよ〜。他の部署の人たちと情報交換をね」

 「はあ……また新入生ウオッチング関係か……」

 「まあまあ、そう言いなさんな。ちゃんといい情報仕入れといたから。今年の新入生総代、なんかすっげーかわいいがやるらしいぜ」

 「新入生総代のかわいい……?」

  ガッ

  ゆらりっ、振り返ったかと思うと、晶は光速の動きで泉の胸倉を掴み上げた。

 「どんななんだ……?」

 「あ、晶、お前目が座って……」

 「いいから教えろ……!」

 「ひ、ひぁ! な、名前はわからないけど、髪の長いお嬢様っぽい……」

 「いいか、そいつに近づくな。近づけば……殺す!」

  ドサッ

  そう言い放ち、晶は泉を床に放り出した。

 「お、おい……わざわざ探しに行かなくても、そのならもうすぐ式辞のリハーサル来るかと――って、行っちゃったよ……」

  転んだ拍子についたほこりをはたきながら立ち上がり、泉が乱れた制服を直していると、そこに晶が暴れているのを目撃していた沙羅と双樹が近づいていった。

 「どうかしましたか? 里中先輩」

 「ん、ああ、沙羅ちゃんに双樹ちゃん。いや、なんか晶の様子が……」

 「晶先輩がどうかしたんですか?」

 「いや、今年の新入生総代がかわいい女の子だって話をしたら……」

  ジャキッ

  ゴリッ

 「詳しく聞かせなさい」

  マグナムの銃口をこめかみに押し付け、低く重い声で沙羅が泉に問いかける。

 「ち、ちょっと……その物騒なものをおろしてくれると助かるんだけどな」

  沙羅と双樹の殺気すらこもった視線を受けながらも笑顔を崩していないのは流石といったところか。

  言われて、沙羅と双樹は目で合図をしあい、ゆっくりと泉のこめかみから銃を引いた。

 「さあ、話しなさい」

 「話しなさいと言われても……急に怒り出してどっか行っちゃっただけで……」

 「そう……」

  再び、お互いに目で意思を伝え合い、沙羅と双樹は体育館の出口へ向かって歩き出した。

 「晶先輩……私たちや絢さん以外の人に現を抜かすようならば……」

 「この手であなたを――」

  ふふふふ……と不気味に笑いながら、銃を片手に体育館を去っていく二人の背中には目に見えるほどまでに膨らんだ殺気が乗っていた。

 「なんか……俺の周りにいる人間ってあんなのばっかりだな……」

  あとには、放心する泉が一人残された。



 「晶のやつ、結局式をサボりやがったな……」

 「沙羅ちゃんと双樹ちゃんも戻ってこなかったし……」

  退屈な入学式も終わっても、晶や沙羅、双樹は行方をくらましたままだった。

  仕方がなく、絢たちは一足先に昼食をとるべく、スタッフルームへと向かっていた。

 「しっかし噂以上にかわいかったよな、例の総代の。大道寺姉妹に勝るとも劣らない」

 「あ、あのね……」

 「そうですか、そんなにかわいい人だったんですか……」

  虚空から湧き出たかのように、何の前触れもなく、絢たちの目の前に沙羅と双樹が殺気とともに姿を現した。

 「絢さん、どうなんですか……!?」

 「う、うん、ほわほわしててかわいかったよ――って、臨戦態勢にはいっちゃだめー!」

 「アキラセンパイニチカヅコウトスルヤカラハマッサツスルノミ……」

 「わっ、わっ、だめだよぅ。都ちゃんは……」

 「そうですか、都と言うんですかそのは……」

 「私がどうかしましたか?」

  絢でも時雨でも、ましてや暴走をはじめた沙羅や双樹たちとは明らかに違う涼しい声が殺伐とした空気の中に舞い込んだ。

  振り返ると、朝、テントへとやってきた桜まみれの少女が静かに立っていた。

  背後にいたその少女が話題の人物であることを察すると、沙羅と双樹は一歩飛びのいてガーターベルトから銃を抜いて密かに銃口を少女に向けた。

  この……私たちに気配を悟らせずにここまで近づくなんて……

  双樹、油断しちゃダメよ。何をするかわからないから……!

  殺気がほとばしる中、その殺気をまるで感じ取っていないのか、都はきょろきょろと辺りを見回し、

 「あ、絢お姉さん」

  絢の姿を見つけると、その豊かではない胸の中へと飛び込んだ。

  びしっ

  自分たちの知らない少女が、唯一ライバルとして認めている絢に必要以上になれなれしくするその行動が、沙羅と双樹の堪忍袋の緒を張り詰めさせた。

 「どうしたの、都ちゃん?」

 「えっとですねぇ……あれ? 絢お姉さんのそばにいると思ったんですけど……」

 「あ、晶? 私たちもねぇ、探しているんだけど……」

  言葉も終わらぬそのうちに、廊下の角から一触即発の状況になっているとは知る由もない晶が姿を現した。

 「都!!」

  その姿を見つけた晶が、都の名前を呼んだ。

 「あっ……」

  振り向いた都もすぐさま晶の存在に気がつき、絢のときと同じように晶の胸の中に飛び込んでいった。

  ぶちんっ

  その瞬間、沙羅と双樹の中で何かが切れた。

  静かに銃をしまい、どこからともなくM−100mm式小型バズーカを取り出した。

 「都の晴れの舞台、ちゃんと見ていてくれましたか?」

 「こら都、学校に来てまでそんなに甘えるんじゃない」

 「お兄様〜、ふぃふぃ〜」

  肩にバズーカをかつぎ、照準を合わせる沙羅の耳に、都の「お兄様」という言葉が飛び込んできた。

 「お兄様……?」

 「そうだよ、都ちゃんは晶の妹だよ」

 「……」

  だがしかし、真実を知っても一度構えたバズーカを引っ込めることができず、沙羅と双樹はそのままの姿勢で固まってしまっていた。

  その二人の脇をすり抜け、泉が晶に詰め寄る。

 「晶! 妹を紹介しろ!」

 「断る!」

 「そこをなんとか!」

  晶は背に都を隠し、それでもなお襲い掛からんばかりの勢いで迫ってくる泉を足で牽制する。

  その晶の必死な姿を見て絢はようやく気がついた。

 「あ、そうか」

 「どうしたの?」

 「晶、都ちゃんが高校生になって、悪い虫がつかないかどうか、心配だったんだよ」

 「それで元気がなかったのね……」

 「晶って都ちゃんのこと猫かわいがりしてるからねー」

  遠巻きに眺める絢や時雨たちをよそに、泉は晶に迫り続けていた。

 「晶、後生だから!」

 「知らん!」

 「ならばせめてお前のことを兄貴と……」

 「お兄様ホ○ですの?」

  驚く都の声に反応し、双樹はやり場に困っていたバズーカの新たな目標を見つけた。

 「沙羅! 里中先輩を撃って!」

 「ファイヤー!」

  ボンッ!

  ――ドサッ

  沙羅と双樹の砲撃により、泉が倒れた。

  ぶぎゅるっ

  倒れた泉を踏みつけ、沙羅と双樹が都に迫る。

 「都さん……」

  沙羅が、都の肩に手を置き――

  都を晶からひっぺはがすと、そのまま二人で左右から優しく抱きしめた。

 「晶先輩に近づこうとする悪い虫は私たちがしっかりと排除しますので」

 「私たちのことはお義姉さんと慕ってくださいね」

 「は、はぁ……」

  あまりの出来事に戸惑う都だったが、沙羅と双樹に抱きしめられることはまんざら嫌でもない様子だった。

 「なんだかよくわからないけど……今年も楽しくなりそうね」

  新しい季節を向かえ、風景はより鮮やかに輝きだした――



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