未知の世界

とても静かだった。濃い緑の草原と薄い青だけの世界。風さえも吹いていない広大な草原に一人で立っていた。「立ち尽くしていた」と言うべきか?この空間に圧倒されてしまっていた。この空間に、俺一人しかいないように思える。何故ここにいるのかも分からない。だが、記憶喪失ではない。俺が誰かも、住所・生年月日・昨日の晩飯まで覚えている。しかし、何故ここにいるのかだけが分からない。

「イタッ!」

 手をつねってみた。感覚はある。夢ではない。更に疑問が膨らんだ。昨日まではいつもと同じように生活していた。

高校を中退し陸軍に入っていた。昨日もいつも通り六時半に起き、七時半には訓練を開始していた。いつも通りの日常の繰り返しのはずだった。こんな所に来るはずがない。まして、特別なことがない限り軍施設から出ることは禁止になっていた。情報が少しでも漏れることを恐れていたのだろうが……。電話さえもなかったのだ。まして、施設の近くにこの様な平原はなかった。

平原は地平線の先までまったく障害物がなかった。木も生えていない、生き物もいない平原。背中を寒気が走った。草の根を掻き分けるが、「虫」の一匹も出てこない。言葉にならなかった。何をしていいのかも、何もかもが分からなくなってしまった。

この空間のせいだろうか?静か過ぎる世界。俺自身が音を出さないと、まったく音のない世界。静か過ぎて「五月蝿い」と言うこの感覚。今まで一度も味わったことのない恐怖だ。耳をふさいでも恐怖が突き抜けてくる。心臓の鼓動が速くなった。音も大きくなる。

「うわーっ!」

 体の中の恐怖と不安を押しのけようとしたが、更に強さが増すだけだった。

 手が震え、足・体と次第に震えが大きくなった。震えは体の中から来ていた。止めようとしても止まらない。小さな心臓を締め付け、思考を低下させる。耐えることは不可能だった。今までのどんな事よりも辛かった。死んだ方がどれほど楽か分からなかった。顎に力を入れ、舌を噛み切ろうとした。しかし、歯と舌が当たる瞬間、舌が引っ込みカチッと音がするだけだった。何度やっても結果は同じだった。自分の意思で舌を引っ込めているのではない。だが、舌は引っ込んでしまうのだ。「この恐怖をもっと味わえ」とでも言うように……。

 

この空間にもう何時間いるだろうか?時間の感覚も麻痺していた。太陽の位置はまったく変わっていなかった。それでも時間は経過しているはずだ。体もだいぶ落ち着きを取り戻し始めた。

 突然、ブワッと大きな音がして、体を突き抜けるような突風が吹いた。今までで始めての風だ。突風が吹きぬけると、前よりも大きい突風が吹きぬけた。その瞬間、草原がなくなった。青空もなくなっていた。漆黒の闇に閉ざされたのだ。又、少し恐怖が襲い始めた。さっきよりも酷い空間。この闇に飲み込まれるような気がした。

 予想通り今まで以上の恐怖が体を襲った。遂に視覚まで奪われたのだ。何もすることが出来なかった。感覚が麻痺し精神が崩壊し始めた。ただ闇を彷徨うだけ。思考は止まりかけ、体は限度をこし震えさえもおきていなかった。闇の一点を見つめ固まっていた。

 そんな闇の中に小さな光が見えた。その光は次第に大きく力強くなっていった。近づいて行くのではなく、光自身が近づいて来た。その光は闇を消し、体を包み始めた。光は暖かかった。光は遂に体全身を包み込んだ。

()()!おい!大丈夫か!」

 久しぶりの人の声だった。俺の名前を呼んでいる。誰だ?ゆっくり目蓋を上げた。

「大丈夫か!」

 同じ軍にいる富田だ。

「あぁ」

 曖昧に返事を返すと辺りを見渡し、耳に入ってくる音を確かめた。周りには俺とこいつだけ……。大きな町の中だった。ドドドドドッと銃声が響いた。次第に自分でも分からなかった「欠落した記憶」蘇ってきた。

「イタッ」

 体中に激痛が走った。

「大丈夫か?」

 また同じ事を言ってきた。

「あぁ」

同じように返事を返した。

どうやら敵の攻撃を受けてしまったらしい。銃で撃たれた傷はない。細かい傷と頭にへこみがあるだけだ。富田が言うにはRPGを近くに撃たれ、その拍子に頭を打ったらしい。

「…………」

 また体が恐怖に襲われた。まさかあの世界は……。華雅は恐怖のあまりその場に立ち竦んでしまった。

 静止した華雅の頭が敵兵士のライフルスコープに納まった……。

 

 

 

     RPG……歩兵が持つロッケットランチャー。一発だけ弾を入れ撃つ。主に対ヘリ・

       対車両として使う。


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