天下分け目の金曜日
〜遙かなる栄光を目指して〜
「――で、あるからして〜、え〜、Yの値は−1≦Y≦1の範囲に限定されるんだな。はい」
福島の眠たくなるような授業にもかかわらず、居眠りの常習犯である俺はめずらしく起きていた。
チッ、チッ、チッ……
時計の秒針が一秒刻むごとに、俺の、いや、クラス全体の空気が張り詰めていくのがひしひしと感じられた。
「と、いうことは〜、このXの値も自ずから範囲が限定され――」
あと十秒……
すでに靴は履き替え、準備は済ましてある。
「ほれ、関口、Xの範囲はどうなる?」
「1≦X≦3」
即答。
どうせ考えてもわからないのだから、適当に答えておく。
あと5秒、4、3……
「うーん、違うなぁ。このときのXの値は……」
「ゼロ!」
キーンコーンカーンコーン
叫ぶと同時にチャイムが鳴り、終礼を待たずに数人の生徒がいっせいに教室を飛び出していった。
福島はそれと気がつかずに授業を続けているが……
おっと、俺も早く行動を起こさねば……
「おお、関口、ちゃんと考えれば正解できるじゃないか。そう、このときのXの値は0になり……」
「センセー」
「ん、どうした? 大阪?」
「晶、窓から飛び降りました」
「……は?」
後になって絢から聞いた話だが、そのときの福島の顔は相当に見物だったらしい。
戦闘開始
参加者85名
だんっ
着地と同時に足を曲げ、ショックを受け流す。
階段を駆け下りていくよりも、窓から飛び降りたほうが断然速い!
しかし、校舎の三階から飛び降りるという芸当は、身体能力の高い俺だからこそできるものであり、決してそこいらの一般学生できるものではない。
その証拠に、同じように飛び降りた者のほとんどが地面に倒れ伏して苦しそうにうめき声を上げている。
中には足の関節がありえない方向に曲がっている者もいたりするが……
「うおおおおっ!」
だんっ!
だんっ!
ぐしゃっ!
あ……
三人が、空から飛び降りてきた。
うち一人は倒れていた生徒の上に。
ありゃあ死んだかも……
飛び降りてきた三人のカッターシャツの色は俺とは違ってイエロー。
ということはこいつらは三年生!?
まさか!
四階から飛び降りたというのか!?
だがさらに、驚く俺のまわりに数人の生徒が着地する!
そのほとんどはカッターシャツの色がブルー。
一年生だ。
ちっ、一年生の教室は二階だから無茶をするやつが多い!
一瞬の迷いが手遅れとなる。
俺は迷わず、先に駆けていった三年生を追い、全力で走りはじめた。
再起不能 12名
先頭集団からの脱落 32名
残り 41名
なんてやつらだ。
受験勉強で体力は落ちていないのか!?
さすがに慣れているのか、角を曲がる動き、ブロック塀を飛び越える動き。
そのどれをとっても、三年の動きには何一つ無駄な動きがない。
さすがの俺も引き離されないようにするのがやっとだ。
「ふっ、なかなかやるな」
「先輩こそ。いいんですか? 今年受験でしょう? ここはあきらめてかわいい後輩に勝ちを譲ってみては」
「漢にはなぁ! 何事にも代え難い大切なものがあるのさ!」
言って、その三年生は一段とスピードを上げて俺との距離を引き離しにかかった。
何事にも代え難い大切なもの……
それは俺にとっても同じだぁ!
俺は意を決し、ポケットからあるものを取り出した。
両端に錘をつけた一本の紐。
そう、鳥などを生け捕りにするときに使うボーラだ。
走りながら振りかぶり、気合とともに思いっきり投げつける。
ヒュンヒュンヒュン
「うおぁっ!」
回転しながら飛んだボーラは、三年生の足に絡みつき、その自由を奪った。
「ぎゃあっ!」
三年生は何かに掴まろうと手を振りまわし、近くにいた一年生二人を巻き込んで盛大に転んでくれた。
よっしゃあっ!
むぎゅうっ!
心の中でガッツポーズをとりながら、転んだ三人の屍を踏んづけ、乗り越えていく。
「ひ、卑怯だぞー!」
先輩。
あなたの尊い犠牲は三秒で忘れます。
成仏してください。
後方から飛び交う罵声は無視し、俺はなおも走り続けた。
再起不能 3名
先頭集団からの脱落 18名
残り 20名
他のルートからの集団も合流し、いっきに空気が重くなった。
現在先頭集団を走っているのは俺を含めて十七名。
ここは最低でもあと七人は潰しておきたいところだが……
俺が行動に移ろうとしたした瞬間、後方から全身の毛が逆立つほどの殺気を感じた。
とっさに身をひねり、数歩右へ身体をずらした。
パパパパパパパッ
「うぐあぁぁぁっ!」
軽快な音ともに、つい先ほどまで俺がいた場所を何かが通り過ぎ、その先にいた数人が倒れた!
マシンガン!?
振り返った俺の目線の先にいたのは、まったく同じ顔をした二人の女生徒。
「大道寺姉妹か!?」
――大道寺姉妹。
一卵性双生児、姉の沙羅と妹の双樹。
顔がいいのとそのクールさで、今年の新入生の中で一番人気があるのだが、サバゲーマニアで、いつもマシンガンやトラップ一式を持ち歩いているという困ったやつらだ。
向かって右――おそらく妹、双樹が撒き菱を投げた。
「痛てぇ!」
先頭を走っていた二年生がそれを踏みつけ、つづく全員も足を止める。
――空気が。
変わった。
全体の動きが止まったことにより、熱気が集まってその場が戦場と化したのだ。
動けば殺られる――
一番最初に動いたやつが、いっせいに攻撃を受ける。
全員がそう思っていたはずだ。
だが、一人だけ、いや、一組だけが、それを承知で行動を起こした。
武器を持っている強みなのか。
それとも、背中を預けられる者がいる強みなのか。
大道寺姉妹、姉、沙羅がマシンガンを構えた。
「……う、うあああっ!」
静かに向けられた銃口に、一人が、恐怖のあまり緊張を解き、大道寺姉妹に向かって走り出してしまった。
連鎖的に――
全員が入り混じっての大乱闘へ突入する――
再起不能 6名
先頭集団からの脱落 3名
残り11名
「てりゃああ!」
テコンドー部、笹錦の蹴りをかわし、別の誰かに足払いをかけてすっ転ばせる。
その名前も知らない誰かは、すぐさま袋叩きにあってあえなく再起不能。
ぐんっ!
「!」
笹錦の蹴りをかわそうとして、何かに足をとられた。
やばい!
大道寺のしかけた罠か!?
視界の端に、沙羅がマシンガンを構えて微笑んでいるのが映った。
転んだら殺られる!
とっさに笹錦の腕をひっ掴み、思いっきり引っ張った。
ぐいんっ!
その反動を利用して、お互いの位置を入れ替えた。
「お……」
パパパパパパパッ
「ぎぃぃやああああ!」
何が起こったか理解するまもなく、笹原は沙羅のマシンガンによって、あえなく殉職。
ふっ、これぞ順逆自在の術!
ありがとう! ザ・ニンジャ師匠!
だが、大道寺姉妹の猛攻は終わらない。
香水を霧状に撒き散らして呼吸困難を引き起こさせ。
あるいはかんしゃく玉にひるんだ隙に二人がかりで襲いかかる。
倒れている者のほとんどが、大道寺姉妹が倒した相手だ。
強い。
普通に相手をしていては、まず勝てないだろう。
それに、俺は絢以外の女をいぢめる趣味はない。
どうする……?
そのとき、ふと気がついた。
俺が履いているのは 米軍払い下げの軍用ブーツ。
撒き菱くらいなら踏んづけても大丈夫かもしれない。
一か八か。
かんしゃく玉の破裂音を合図に、その場から逃げ、目的地へとむかって走り出した。
「待てぇ!」
一瞬の間をおいて、数人の足音が後ろを追いかけてくる。
頼んだぞ! 軍用ブーツ!
ガチャッ、ガチャッ
撒き菱が刺さっているのか、靴底に多少の違和感を感じるが、痛みはまったくない。
勝った。
俺は勝負に勝ったのだ!
あとはこのまま……
パパパパパパッ
マシンガンッ!?
足もとに被弾し、思わず振り返った。
「大道寺姉妹!」
他の者たちはすべて、撒き菱のあったあたりでうずくまっていたが、大道寺姉妹だけは先ほどと変わらぬスピードで追いかけてきていた。
しまった!
俺の履いている軍用ブーツは大道寺姉妹に紹介されて買ったもの。
二人が同じものを持っていたとしてもおかしくはない!
だが、二人の追撃もそこまでだった。
頼みの綱であるマシンガンのBB弾が底を尽いてしまったのだ。
こうなれば足の速い俺が断然有利!
今度こそ、俺の勝ちだ。
俺は走った。
栄光の道を――
再起不能 6名
残り 5名
校舎の角を曲がり、目的地が見えた。
自然とスピードが増し――
信じられなかった。
目の前の貼り紙が。
自分の目が。
ぼう然と佇む俺にやや遅れ、大道寺姉妹が。
さらに遅れて数人がこの場所にたどり着いた。
その全員が、俺と同じように、ただ無言で立ち尽くす結果となった。
目の前の建物――購買のシャッターに張られた紙にはこう書かれてあった――
店内改装のため、5月23日(金)〜5月26日(月)は閉店します。
なお、限定十個だったカツサンドは、一部生徒の暴走のため、販売を中止いたします。
結果発表
総再起不能数 27名
内わけ……軽傷 22名
……重傷 4名
……重体 1名
本日(5月23日 金曜日)のKING OF 大バカ者
二年B組 関口 晶
裕織さんのHPはこちら