俺は今、猛烈に緊張している。

喉はカラカラ手にはアセ、あしもと震えてメマイがする。

幸せをつかむために困難は避けられないと言うけれど。

不安だ、心配だ、恐ろしい。

でも俺は知っている。

不安は希望の裏返し。心配は未来を思うから。恐ろしいのはただ知らないだけ。

今日この日さえクリアすりゃ、幸せゲッツ間違いなし。

自分で自分を励まして、あの子が来るのを待ちわびる。

階段からたくさんの声、少し遅れてたくさんの姿。

靴箱前で立ちつくす俺は、一体どういう風に見られているだろう。

なんて客観的に自分を分析する余裕なんて今の俺には皆無であって。

緊張に肩を振るわせながらあの子を待つわけで。

ポケットの中で握りしめられた手のひらのチケットはどんどんシワクチャになるわけで。

早く来て欲しいのか来て欲しくないのか自分でも分からなくなってくるわけで。

でも今日ケリをつけないと明日から連休突入するわけで。

チャンスは今日、今しかないわけで。

あれこれ考えているうちにも時間は経過するわけで―

階段を下りてきたあの子が目に飛び込んでくる。

残念なことにも友達付き。

予想できる事態だけれど、{友達の存在=作戦成功確率大幅ダウン=心臓バックンバックン}な我が心境。

でも明日からは連休、まさに背水の陣。背後の水でおぼれ死ぬか、優雅なバカンスを満喫するかは今ここで決定する。

軽い足取りで俺の方に向かってくるあの子。いや実際は靴箱に向かってるだけなんだけれど。

俺は右手を挙げて呼び止める。

あの子は靴を足下に落としてから俺の方に目を向ける。


一瞬の微妙な時間の後、あの子の口から出た一言。


あの子が靴を履いて友達と昇降口を出ていく後ろ姿。

状況として全く間違ってない、ごく当然のことの運び。

ここからが、勝負の分かれ目のはずだったのに。

今の俺に引き留める力はなかった。

いや、引き留める力はないと自分で諦めてしまった。

あの子の一言。

ごく当たり前の一言で―

俺は前に進めなかった。

俺は心の中で、言われたものと同じ言葉を返す。

それはあまりにも寂しくて虚しくてやりきれなかったけれど、繰り返さずにはいられなかった。






―ばいばい―






「ばいばい」

もう一度、さっきの言葉を声に出してみる。

やっぱり馬鹿だ、アホだ、大間抜けだ。

明日からは連休で、今日言わなきゃ平凡かつ退屈な休日突入確実だって分かってたのに。

友達が隣にいても、思い切って言えると思ってた。あいつの家にまででも行く気でいた。

それなのに、ああそれなのに!

私の口から出たのは一言。超そっけないたったの一言。

ヘタレだ、イカレだ、あんぽんたんだ。

結局私は、友達がいるから、って逃げて、言えなかった。

違う、言えないと自分で諦めてしまった。

ああもうだめだ最悪だ。土曜の計画もチケットも、先週買ったお気に入りの服も全部ムダ!

くそう、諦めない、私は諦めないぞぅ。次こそは、来週こそは…!



「来週の金曜日こそは!」






別々の部屋の別々の若者が、ベットに寝転がって同じ台詞を叫んでいた。

時は金曜日。

連休前の、とってもとっても、大切な日。