少年はただ立ち尽くす、動かぬ屍を見下ろしながら。

 

少年はただ立ち尽くす、震え、怯える者に背を向けて。

 

少年はただ立ち尽くす、自らの身体を真紅に染めて。

 

 

 

『生きる意味』

 

 

 

「なぁ、何で俺は生きてるんだと思う・・・?」


突然の親友・博之の一言、全てはその言葉から始まった。

俺は博之が何が言いたいのか、さっぱりわからなかった。


「さぁ、俺はお前じゃねぇからわかんねぇよ」


そうやって、俺は思ったままに答える。

いつもそうだった。

こいつはよく意味のわからないことを訊いてくる。

自由とか生きるとか、よくそんな単語が混ざってたりするんだが・・・

前回は「俺って、何になれるのかな?」とか言ってやがった。

そんな奴と親友をやってるのが、俺。

まぁそんな奴とは言ったが、別に嫌な気はしなかった。

こいつ、普段はかなりまともだし、意外と根はいい奴なんだ。

正直、俺は博之のことが好きだった。

もちろん同性愛とかではなく、親友としてだ。

でも、あの日の博之は、いつもの博之とは違った。

 

いつもの学校、いつもの教室。

いつもと同じように、俺は帰宅の準備をしていた。

その時だ、また博之は俺に質問を投げかける。


「なぁ、何でお前は生きてるんだ?」


はっきり言って、俺は驚いた。

いつもは自分についてばっかり呟き出すこいつが、その日ばかりは確実に俺に対して訊いてきたんだ。


 「・・・何で?」


いつもと違う博之に対して、俺もいつもとは違う返事を返してみた。

でも、博之はまた同じことを訊いてきた。

何度繰り返しても同じ。


 「死にたくねぇから」


俺は仕方なく、思ったことをそのまま返してやった。

いつもはここで終わるのだが、やはりその日は違っていた。


 「じゃあ、もし死んだとしたら生き返りたいと思うか?」


若干戸惑いながらも、俺は言葉を返す。


 「まぁな、だって生き返れたらラッキーだと思わねぇか?」


俺はそう思っていた。

だからそう答えた。


 「ふぅん、そんなもんか・・・・・・じゃあな、お疲れさん」

 「おう、お疲れさん」


そうやって、俺たちは家に帰った。

だが、いつもと違ったのはそれだけじゃなかった。

 

次の日、博之は学校に来なかった。

その次の日も、そのまた次の日も・・・。

先日、先生が連絡を取ってみたが、留守番電話になっていたらしい。

俺は心配になって、博之の家に行ってみた。

あいつの性格上、どこかに言ったりする時はいつも俺に話していたあいつだが、特にそんな様子もなかった。

博之は両親と一緒に住んでいる、もし本当に何かあったなら博之の両親が教えてくれるかもしれない。

そんなことを考えつつ、俺はインターホンを鳴らす。

だが、何度鳴らしても返事は返ってこない。

何かあったのだろうか、それとも、ただ本当に旅行にでも行っただけなのか。

答えの出ない考えを巡らせる中、不安という名の魔物が俺の背を押す。

気付いたときには、俺はもうドアノブを握っていた。

そのままゆっくりとドアノブを捻る。

開くな・・・ただそれだけを祈りつつ・・・


 「・・・・・・開いた」


だが、その祈りも虚しくドアは開く。

その瞬間から、俺は自分を抑えることができなかった。

玄関、靴を脱ぎ奥へと進む。

台所、応接室、洗面所、トイレ・・・

1階にある部屋という部屋全てを覗く。

もちろん、ゆっくりと少しだけ開き、中を覗くだけ。

結局1階には誰もいなかった。

この時既に俺の中から不安は消え、全く別の恐怖をスリルとして楽しむような、そんなある種の快感を覚えていた。

身を屈めながら、音を立てないように歩く。

その俺の一挙手一投足が、全て俺をひどく高揚させる。

俺にはわからないが、多分この時の俺は、歪んだ笑いを浮かべていたのではないだろうか。

少なくともこの状況を楽しんでいたのは間違いない。

そして、己の鼓動を全身で感じながら、2階へと足を踏み入れる。


2階・・・

そこは未開の空間が存在する場所。

それぞれのプライベートルームの存在する階だ。

まず見えたのが博之の部屋。

だが、俺はあえてそこを無視し、その奥にある書斎へと向かう。

2階には、博之の部屋、その両親の部屋、そして書斎の計3部屋がある。

そこで俺は、自然と最も人のいる確率の少ない場所へと足を運んでいる。

正直、これが自分の意思でやっていることだとは思えなかった。

しかし、この緊張感、高揚感、どれをとっても自分が感じているものに他ならない。

そして俺は書斎の扉を開く。

案の定、そこには誰もいなかった。

若干の安心と共に、反対側にある博之の両親の部屋の扉を開く。

軽くドアを引いたところで、俺は何かしらの重圧によって、背後に倒れこむ。

俺は初め、何が起こったのかわからなかった。

いや、俺の脳の深層部がそれを認識しようとしなかっただけなのかもしれない。

俺にかかった重圧、それは俺に向かって倒れこんできた人間だったのだ。

同時に、吐き気がするほどに生々しい血の臭いが俺の嗅覚に鈍く突き刺さる。

それは、今俺の上に覆い被さり、そのまま動かない人間・・・・・・博之の父のものだった。


「う、うわぁあ!!」



 ガタンッ



軽い俺の悲鳴と共に、まだ開かれぬ部屋から響く物音。

そこは俺が最後まで開けまいとして無視した扉・博之の部屋。

俺は上に圧し掛かる博之の父を強引に引き剥がし、そのまま博之の部屋に向かって歩き出した。

極度の興奮からか、何度も転びそうになりながらも博之の部屋の前までたどり着く。

その時にはもう、恐怖という感情が俺の行動を支配していた。

先ほどまでの胸の高鳴りが嘘のように・・・

そして、震える手でドアノブに手を掛け、一気に開いた。

そこには、俺の想像をはるかに超えた世界が広がっていた。

その世界の住人は3人。

一人は女性。

焦点の合わない瞳で「私は悪くない」とか「生まれてこなければよかったのに」とか繰り返し呟き続ける。

一人は男性。

世界の端、壁にもたれかかりながら、息も絶え絶えに俺の方をただ見つめる。

そしてもう一人は俺。

世界の入り口に立ち、その異常なる空間を眺めるだけ。

ふと俺は我に帰った。

・・・と同時に、部屋の奥で倒れる博之の元に駆け寄る。


「おい、どうした! 何があった、博之!!」


だが、博之は薄く笑みを浮かべるだけで、何も答えない。

俺は即座にその矛先を博之の母に向ける。

俺には少なからず確信があった。

手にナイフを持ち、震えながら座り込む女性。

犯人はこいつだ。


 「おい、おばさん! あんたか、あんたがやったのか!?」


だが、博之の母はさっきと同じ言葉を繰り返すだけ、多分俺がここにいることすら認識できていないだろう。


 「・・・・・・答えが・・・・・・出たよ・・・」


突如、博之の声が聞こえた。

俺は迷わず駆け寄った。


 「答えって何だよ! なにがあったんだよ、ここで!!」


必死に問いただすが、博之は勝手に話を進める。


 「・・・この前・・・・・・お前に訊いた・・・その答え・・・・・・」


博之はそのまま吐く息と共に言葉を流し出す。


 「生きる・・・・・・理由・・・見つけたよ・・・・・・はは・・・でももう・・・・・・遅かった・・・・・・かな・・・」


俺はその時初めて、病院という存在に気付く。

即座に携帯電話を取り出し、119を押そうとする、が、博之が俺の腕を掴む。

博之はそのまま続けた。


「・・・俺・・・・・・刺された時にさ・・・咄嗟に・・・・・・お前の顔が・・・・・・浮かんできたんだ・・・」

「おい、何言ってんだよ・・・・・・またわけわかんねぇこと言ってんじゃねぇよ!!」

「じゃあな・・・・・・お疲れさん・・・」


それを最後に、博之は動きを止めた。


「博之・・・おい、目ぇ覚ませよ。 ・・・何だってんだよ。 俺、お前じゃねぇからわかんねぇよ・・・・・・くそっ・・・ちくしょう・・・」


俺は立ち上がり、ただ呆然と博之を見つめていた。

何もせず、何もできずに・・・・・・

 

 

 

 

少年はただ立ち尽くす、眠る親友の笑みを眺めながら。

 

少年はただ立ち尽くす、失うことの悲しさに涙を流しつつ。

 

少年はただ立ち尽くす、親友の生きる理由を追いかけながら・・・・・・