背後で輝く朝日は少年の視界に影を与え、自らの生み出した悠久なる闇の中を少年はただ歩き続ける。
求める先など何もない。
人の形をした空の器・・・そう、まるで人形のように・・・・・・





すべての果てに(後編)



何処をどう歩いたのだろう。
少年のたどり着いた先、それは・・・・・・・・・我が家だった。
家を目指していたわけでもない。
もしかすると、少女と楽しく過ごした日々の記憶に引かれたのかもしれない。
だが、今の少年にはどうでもいい事だった。
少年は、今は懐かしくも思える我が家を一度だけ見上げると、そのドアを開く。

「・・・ただいま」

『おかえりなさい、おにぃちゃん』

「・・・・・・!?」

声。
二度と聞くことができないはずの少女の声。
だが、そこに少女の姿はない。

・・・幻聴?

少年の求めたはずのもの。
望むことにより生み出された、微かに耳に届く声。
結果として、それは少年に現実を再認識させるだけに終わる。
そしてその幻の余韻すらも、少年の深い悲しみの中に消えていった。


少年は家の中を巡り始めた。
ある部屋に入れば、そこに存在する全ての電化製品を動かす。
そしてまた次の部屋。
その繰り返し。
寂しさを紛らわすため。
愛する少女との記憶を辿るため。
少年はただ黙々とそれらを動かしていった。

最後の部屋。
少年は自分の部屋に入る。
だが、そこだけは何の電化製品にも触れない。
ラジオも、テレビも、電気すらも点けずに、少年は絨毯の上に座り込んだ。
そして俯き座ったまま、少年は物思いに耽った。


冷蔵庫。
ある夏の日。
俺はその涼しさに惹かれて、開かれた冷蔵庫の前に立ってた。
あいつはそれを心配そうに見つめてたっけ。

「やめようよ、おにぃちゃん。 風邪ひいちゃうよ・・・」

「俺の身体はそんなにヤワじゃないさ」

その後、本当に風邪を引いた俺を、あいつは一日中看病してくれてた。

「おにぃちゃん、今度からはあんなことやめてね」

「季節の変わり目は、風邪をひきやすいんだよ」

俺、あの時は強がってたけど、本当は凄く嬉しかった。
あの後、一回だけあれやったんだ。
でも、看病してる時のお前の顔を思い出すと、すぐにやめてたよ。
ありがとうって、言えればよかったな。


洗濯機。
俺が大雑把な性格なだけに、すぐに服とか汚してたよな。
もちろん罪悪感はあった。
だからこそ、一回だけ俺が代わってやるって言ったんだ。

「俺に任せておけば、万事OKなのだ!」

「うん、わかった。 おにぃちゃんに任せるよ」

「よし、やってやるぜぃ!!」

俺が意気込んで洗濯機を操作してる間、お前は遠くからずっと見てただろ。
お前の視線が突き刺さるようで、背中が痛かったよ。
俺を心配してくれるのは嬉しいが、少しは俺を信じてくれてもいいじゃないか。
・・・でも、結局干したり片付けたりするのが面倒臭くて、それ以来二度とやらなかった。
あの時は尊敬したよ。
一度は、本気で誉めてやりたかったなぁ。


俺の部屋。
あいつが俺の部屋を片付ける度に怒られてたっけ。
絶対に片付けをしない俺の代わりに、いつもあいつがやってくれてたなぁ。

「おにぃちゃん。 おにぃちゃんの部屋、片付けておいたから」

「おう、サンキュー」

「でも、少しは散らかさない努力をするとか、自分で片付けるとかしてほしいな」

「・・・・・・そうだな、考えておくよ」

そう言って、一度も片付けたことなかったな。
いつもお前に任せっきりか。
我ながら、恥ずかしいおにぃちゃんだ。
・・・・・・ごめんな。
・・・本当に・・・・・・・・・


少年は思い出の中にいた。
低く唸り続けるものたちと共に、少女との記憶を探ってゆく。
そして、自分の部屋での記憶を思い出したとき、少年は泣いた。
散らかった自分の部屋。
それが少年を現実へと引き戻す。
ふと顔を上げた少年の目に、ベッドが映った。
白いベッドに抱かれ、眠り続ける少女。
何度呼びかけても、その眠りを覚ますことはなかった。
その時の記憶が少年の中に鮮明に蘇る。

今まで、あいつはどれだけの苦しみを耐えてきたのだろう。
結局、俺はその場にいてやれなかった。
絶対に行ってやるって言ったのに。
傍にいてやれば、あいつの苦しみを少しは和らげることができたかもしれない。
あいつは、ずっと俺を呼びながら苦しみ続けたに違いない。
あいつが苦しんでいる時に俺は、俺は・・・・・・

痛みにも似た悲しみが少年を苦しめる。
最後まで何もしてやれなかったこと。
最後まで甘えてくれなかったこと。
最後に、約束を守れなかったこと。
できたはずのことができなかった。
それに対する後悔が少年の背にのしかかる。
少年は前屈みに倒れ込み、少女に謝り続けた。

           ・
           ・
           ・

どれだけの時間が経ったのだろう。
窓からは夕焼けが差し込んでいた。
その赤く染まった部屋の中、少年は仰向けに転がる。
既に少年の目に、涙はなかった。
充血しているであろう眼球は、夕焼けに隠されて色を失っている。
少年は、ある一点を見つめたまま、動かなかった。
その先には壁に掛けられた一枚の写真があった。
無邪気な笑顔の少年と少女、それを優しい目で見つめる父と母。
少年はここに至って、初めて口を開いた。

「父さん、母さん。 もしどこかで生きてるなら、帰ってきてくれないか?
そして、あいつの・・・かえでの傍にいてやってくれよ。
 俺にはもう、動かないあいつの姿を見ることはできない。
 だから、俺はあいつに会いに行くよ。
 4人で過ごした時間を持って。
多分、あいつは今も独りぼっちで泣いてるから。
それに、もう俺には何も残ってないから。
頼む、俺の人生最後のわがままだ。
 早くしないと、手遅れになっちまうよ。
・・・・・・頼んだぜ・・・・・・・・・さよなら」

少年は目を閉じた。
暗闇の中、家族4人で暮らしていた頃の幻を見るために。
そして少年は願った。
どうか、この幻を消さないでくれ。
どうか、かえでに会わせてくれ・・・・・・と。


空が黒く染まる。
星のない空は何も映さず、そこに空があるのかもわからない。
少年の願いは届いたのだろうか。
それを知る術は、もう何もない・・・・・・


数日後、その家の中で一人の女性が泣き崩れ、また一人の男性がそれを支える姿があった。


                                 <完>



・・・と、二部構成で書いてみましたこの作品。
読み返す度に、だんだんとブルーになっていく自分がいて・・・。
いや、別に私はこんなブルーな人間ではありませんよ!
ちょっとした思い付き・・・と言うと何か変な感じですが・・・。
ご意見、ご感想等を頂けると嬉しい限りです。

さて、もう残暑も終わってしまいましたね。
そろそろ冬支度の季節です。
・・・・・・では。


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