第12回 エデン侵攻・後編

―エデン西棟
悪司の足元にはウィミイ兵の屍が累々と転がる。
一般兵から装甲兵士、果ては小型戦車まで。
悪司組のメンバーもかなり消耗していた。
「不味いですね……このままでは司令部に到達するのも危ない」
「だが、撤退という選択肢も無いぞ」
「……」
「俺はまだまだいける。さっさと突き進むぞ」
意気込む悪司だが、彼の傷も小さくは無い。
「しかし、若、せめて休憩を挟まないと次の戦闘も乗り切れないでしょう。ここは30分でもこの場に止まることを奨めます」
島本の言うことはもっともだが、エデンに侵入してもうかなりの時間が経過している。にもかかわらず、通信施設の制圧も出来ていない。
「ちょっと待て。キョウへの連絡はまだされてないのか」
「嵐はもう弱まっています。キョウの本隊を煩わせるまでもないと思われているか、あるいはもう連絡がいった後で今本隊がこちらへ向かっているかこのどちらかでしょう」
「もう一つありますよ」
「言ってみろ……って、お前!?」
「お久しぶりです」
気配はまったく無く、無敵はそこにいた。その横には無敵にもたれるように殺が立っている。
「さっちゃん!」
「私はこいつに助けられた。改めて礼を言おう、山本無敵よ」
「礼なんていいですよ。それよりさっきのことを話しておいてください。僕は姉上達を探してきます」
そういい残すと無敵は霧となって散った。
殺はどう説明すべきか少し思案し、率直に言うが吉と答えを出した。
「悪司よ、ヤマトと組むぞ」
ちょっと省略しすぎた。悪司はぽかんと口を開けて立ち尽くすのだった。

―通信施設
その部屋の扉には室内の椅子やら何やらでバリケードがなされていた。理由は当然、外のウィミィ兵の侵入を防ぐため。ここも奪還せんとするウィミィ兵の攻撃を受けていた。
だが扉は外から装甲兵士の攻撃に晒され今にも破壊されそうだった。
中ではこの部屋に残った山沢と土岐、プリシラがそれぞれ身構える。侵入者を一瞬で撃退できるように。
ミシリと扉が大きく軋んだ。
「破られる……」
山沢はもう一度呼吸を整えて攻撃の準備に入る。プリシラもショットガンを扉に向ける。
土岐はいつでも剣を抜けるように居合いの構え。
次に聞こえたのは扉が破られる音ではなく機械の破砕音と悲鳴だった。
「……あれ?」
『気配が無くなった?』
「あ、あのし、下……」
土岐のどこか怯えるような声と共に指し示す扉の下を見る残りの二人。
赤い水溜りが扉の隙間を抜けて広がってくる。
思わずぎょっとした。
「姉上、中にいます?」
「む、無敵さん!?」
「その声は土岐さんですね。姉上はいませんか?」
「リセットさんは寧々さん達と由女様を探しに行きました」
「そうですか。じゃあ、しばらくはそこに居てください。このフロアの敵兵は一応根絶やしましたが見逃してるのがいるかもしれないんで」
無敵の気配が遠ざかり土岐は血溜りに視線を落とす。
「根絶やし……」
それ以上、声は出なかった。
「数十人の兵士がものの数秒……ね」
『恐ろしいわ。それだけの命を奪ったのに私達に話しかける声は普段となんら変わりないなんて……』
これが世界の、考え方の違いという物なのか。

無敵が二階へ進むとあっさりリセット達が見つかった。
「あら、無敵。鍵は開いたの?」
「はい、姉上。これで東棟への侵入は容易です。途中色々ありましたが」
「そう。じゃあ、さっさと攻め入りましょう」
「それなのですが少し待ってください。その前に悪司組と合流しませんか?」
「なんで?」
「我々の目的は悪司組がオオサカを統一することを阻止すればいい。例え一瞬でも他の組織がそれを成せばいいはずです。なら、条件を整え、共闘しエデンを制圧した方が効率的です。お互いの足を引っ張り合っても時間が過ぎるだけです」
問題なのはその条件だ。無敵はさらにつづける。
「条件の筆頭に、エデン制圧後1ヶ月はヤマトの支配下とするとします。その後は、我々が元の世界へ帰る路が開ければ関知しません。再び抗争が起きようと、話し合いで丸く収まろうと今までの繰り返しは起きないはずです」
世界の大きさから考えれば、リセットが帰還する条件である、悪司によるオオサカ統一というのは些細な物だ。違う歴史が刻まれれば輪が解けるとプランナーも言っていた。
「う〜ん、それもそうよね。じゃあ、なに? 最初から敵対しなければもっと早く帰れたかも?」
「かも知れないという仮定の域を出ませんが、あるいは」
「ワーグは?」
「賛成。もう、飽きてきたわ。早く帰りたい」
「ん。じゃあ、リセットもそれに乗るわ。案内しなさい」
「ちょっと待て。由女はどうなる?」
「さっきも言ったけどあっちの建物にいる可能性のほうが高いんでしょ? なら一人でも探しに行く人数が増えた方がいいじゃん。悪司組には下っ端が多いみたいだし」
ヤマト側の下級構成員は全てハニーであり、それらはビノノン王と鬼門始と共にエデン前で戦闘を行っているか、あるいは支配地域の警備に当っていて、側にはいない。
「……分かった。だが、急ごう」
「分かってるって」

―西棟1F
「……まあ、言い分は聞いている。あんまり気は進まないが、さっちゃんを助けられた手前その提案を無碍にはできんな」
「じゃあ、同盟オッケーってことでいいの?」
向かいあうのは悪司とリセット。外の敵を排除しきったビノノン王と始やハニーも加わり臨時同盟の数は一気に増えた。
「ああ、それでかまわねぇ。で、どうする気だ?」
「主要メンバーだけで司令官の制圧、残りは那古教の教祖の探索と敵雑魚兵士の撃退を」
「分かった。島本、探索はお前に任せる」
「はい。若、お気をつけて」
島本の指示で下級構成員が動く。それらはエデン中に散っていく。
「残りは東棟攻めか」
「ええ、行きましょう」
東棟で司令部を目指すのは悪司組から、悪司と殺、ヤマトのほうはハニー以外全員。
彼らは一斉に東棟内部へ進んだ。

―東棟 1F
「おりゃ!!」
悪司の拳をもろに受けた兵士が飛んでいく。敵兵がわらわら出てくるがほとんどはワーグが無力化する。たまに抵抗できる奴がいても残りの戦力に無効化される。
ヤマト、悪司連合は瞬く間に1Fを制圧しきった。
『怪我はない、悪司?』
プリシラは悪司にハンカチを差し出す。
『あ、ああ。大丈夫だが……』
この女をどこかで見たことがある。
さっきから気になっていた。だが、今一思い出せない。
「次へ行きますよ!」
無敵は先頭に立って2Fへ侵入、すぐに戻ってきた。
「どうしたんだ?」
「電灯が消されています。今下手に上がれば暗視ゴーグルをつけた敵兵に鴨撃ちにされます」
「む、こっちに暗視ゴーグルなんてないぞ?」
「いえいえ、僕はただ、皆さんに待つように言いに来ただけです。元々暗いほうが楽な体質ですので」
無敵はことなげに言って2Fへ。悪司はそれを呆然と見送った。
聞こえてくる機銃の掃射音。続いて悲鳴。
わずか10秒ほどで音はなくなった。
悪司の血の気が引く。さきほど無敵の恐ろしさを間近で見た殺は無理やり自分を納得させている様子。そんな二人を見てリセットはくすくす笑っていた。
「姉上、ただいま戻りました」
無敵が2Fに消えてからきっかり30秒。かすり傷一つない無敵は戻ってきた。
だが、姉に頭を撫でられて照れているその様子からはその強さの片鱗も伺えない。
と、照れている無敵の耳をワーグが引っ張り引きずって2Fへ。
無敵の悲鳴が尾を引いた。
「……なんなんだこいつら?」
「しらん」
悪司の率直な感想と殺の簡潔な答えだった。

―東棟 2F
『こ、ここでなんとしてでも食い止めろ!!』
『そ、そんな!』
『私はイハビーラ様の元へ行く!』
そんなやり取りと共に行く手を阻む装甲兵士の集団。
「くっ……まだこんなにいやがんのか!」
「数が多いですね……ワーグ、何とか出来ますか?」
「ん〜大丈夫よ」
無敵の問いに笑顔で答えるワーグだが、その額にはうっすらと汗が浮かんでいる。先ほどから敵兵に会うたびに力を振るってきて実はかなり疲れている。
魔人であれどその力は有限なのだが、無敵の手前弱音を吐きたくなかった。
そうして1歩進み出ようとするワーグ。だが、殺がそれをさえぎった。
「……何?」
「まだボス戦を控えているというのに無理をするべきではない」
「むっ……ワーグは疲れてなんか―」
「岳画殿の言う通りだ。ワーグ殿は少し休んでおられよ」
「ビノノン王まで!」
いつの間にか合流してきたビノノン王はワーグの抗議を無視して前へ出る。
「わしは不器用な王ゆえ戦の時はその先頭に立つような生き方しかできぬ。突破口を開く。そのうちにそなたらは先に進まれよ」
「ちょっと、あんたはこっちのリーダーなんだからボス戦に参加しないでどうするのよ!」
「今はもう、わしの時代ではないだろう。今を生きる者こそ先へ進むべきだ」
「そういってもよ、あの数を一人じゃどうにもなんねぇだろう。俺も残るぜ。どうせ俺は脇役だ。脇役は脇役らしい活躍の場を選ばせてもらうぜ」
「始は避けてるだけじゃない」
ちょっぴり不機嫌なワーグは鬼門にそうつぶやく。
「う、それは言わないお約束って奴で……」
「……突っ切るぞ」
「そうですね。さっさと突破してけりを付けに行きましょうか」
「ゴーゴー!」
「わふわふ」
「着いたらおこしてね、ラッシー」
「行くぞ!」
ビノノン王が放った剣撃は群がる装甲兵の何体かを切り裂き包囲網に隙間を作る。
「うおおおっ!!」
悪司を先頭に主力メンバーは一点突破をはかり残留メンバーはその援護に徹する。
大混戦となる中この試みは成功する。
かくして、彼らは本丸へ踏み込んだ。

―東棟 3F
それまでのフロアとは打って変わって、薬品と血生臭い匂いが混ざり合った得体の知れない異臭が漂う研究所のようなフロア。いたるところに透明な巨大試験管がありいくつもの人型の物体が浮き沈みしている。
羽の生えたもの、猫と人が混ざり合ったようなもの、明らかに人ではないなにか。
「……ここで貴方たちを複製していたのですか」
無敵の視線の先にはこれまで何度か戦ってきたイハビーラの改造人間が3人。
「おい、アレはなんだ?」
「危険なものですよ。狂気の科学者に創りかえられた哀れな命。ただ、その戦闘力は侮れません。姉上、悪司さん。ここは僕に任せてください。すぐに追いつきます」
「わかった。ただし、あんまり待たないからね」
「はい」
「無敵、はいこれ」
何を思ったかリセットは土岐を捕まえて無敵の前へ。
「栄養剤。ちゃんと後で返しなさい」
「え、え、あれ? 栄養剤って……あ……わ、わかりました」
「そこで承諾しちゃうんですか?」
本人が嫌がるだろうと思っていた無敵。当てが外れて戸惑うがリセットにしろワーグにしろに何を言っても無駄なのであきらめることにした。
「……わかりました。敵を陽動します。そのうちに先へ」

無敵と土岐遥を除くメンバーが次の部屋への扉をくぐると二人はその扉の前に立ちふさがる。
「土岐さん、今ならまだ間に合いますよ」
「い、いえ。やります。私は戦うことでしか由女様の役に立てないから……こういう時に役に立たないとダメなんです。も、もちろんその……栄養補給のためにも……その……」
「……きます。土岐さんは守りを主眼においてください。僕が攻めます」
「はい!」
二人はそれぞれの刀を構えた。

―東棟 イハビーラの指令室(?)
「……ああ、なんかおかしな物があるわね」
「むにゅ……もう着いたの? ……って何これ」
かろうじて言葉を紡げたのはリセットと仮眠から覚めたワーグ。
他の面々はただただソレを見上げるしか出来なかった。
『はっはっはっ、ようやくご到着か。待ちくたびれた。せっかく用意したのだからな使わねば意味が無い。来てくれて助かったよ』
建物の最上階にあるとは思えないほど巨大な空間がそこに広がっていた。
その空間に響くイハビーラの声。その声は目の前の巨大な人型から聞こえた。
しかも見えているのは上半身だけ。腰から下は影の中に消えている。胸の辺りにある蒼い巨大な宝石の中に声の主はいた。
「グナガン……次元を漂流する魔神……」
「ワーグ、知ってるの?」
「噂だけ。ありとあらゆる世界を渡るどこの世界の神でもない存在……」
『これを手に入れるためにどれだけ苦労したか。エデンの戦力中80%を投入してたこ井戸を制圧し回収した死体を私の技術でここまで再生したのだ! Bシリーズなど目ではない!』
「悪司よ、どうする?」
「どうするも何も、こいつが暴れだしたらオオサカは滅ぶぞ」
「ならばやることは一つだな」
「ああ」
「どっちにしろアレを止めないとエデンも制圧できないでしょうから選択肢なんて無いんじゃない?」
「そうね。ちょっと戦力が不安だけど……後ろの戦力が戻ってくるまでは耐えましょう」
「うっしゃ、やるぜ! 決戦だ!!」
「お〜! って、何で悪司が仕切るのよ!?」
リセットの呟きは鬨の声に紛れて消えた。



あとがき

……こんなラスボスでいいのだろうか?


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