汚く濁った意識の中、身をよじりながら重い瞼を押し上げる。

 シャツが寝汗で張りついて、どうしようもなく気分が悪い。

 カーテンの隙間から、鋭い光が部屋に射し込んでいる。

 寝ころんだまま、薄暗い天井に視線をやる。

 そこには消えた蛍光灯があるだけだ。

 しかし私はそれを見ているわけではない。

 私は何も見ていない。

 ふと思う。

 何も見ないことは、何も見えないことと何が違うのだろうか、と。

 うつぶせになって、電気屋の粗品の置き時計に目をやる。

 11時20分。

 重たい体を、もう一度仰向けにする。

 また、寝過ごした……

 目を閉じて、顔に手をやる。

 自分自身が嫌になるが、仕方がない。ゆっくりと身を起こす。



 『こんな生活を続けていて、果たして私は前進できるのだろうか?』



 遅い朝食をとり、顔を洗い、服を着替えて身だしなみを整えたら、外に出てドアを閉める。

 今日は、街に行こう。



 『しかし、私が私を否定するわけにはいかない。もしそうしたなら、他の誰の助けも無意味になってしまうのだから』



 昼の街は明るく、人々で賑わっている。

 なぜこれほどまでにと思うほどに、人であふれかえっている。

 すごくたくさんの人がいると言うことは、すごくたくさんの脳があること。

 つまりは、すごくたくさんの思考が、この空間に溢れていると言うことだ。

 人がたくさんいる場に一人でいるときか、他に誰一人いない場に自分一人でいるときか、一体どちらが孤独だろうか。

 若いカップルとすれ違うとき、私は薄く笑った。

 今日の私は、どうもネガティブでいけない。



 『ならば、前進とは何か? 行動のみに、前進の可能性があるというのか? 思考は、停滞を意味するのか?』



 いつも歩く、シックな雰囲気のアーケードを行く。

 意識して、ゆっくりと歩く。

 前から来る人よりも、後ろから追い越していく人に気を配る。



 『行動とは何か? 思考とは何か?』



 しばらく歩くと、通りの右にジーンズショップが目に入った。

 私は今穿いているジーパンがだいぶくたびれてきていたことを思い出して、店に入る。

 入ってすぐに明るい照明に迎えられる。しかし私はすぐに地下への階段を下りていく。



 『生きるとは、のぼることか、それとも、もぐることなのか。』



 地下一階は、薄暗い照明でコンクリートの壁がむき出しのフロア。

 そこに、ジーパンや服が綺麗に陳列されている。

 私は、そばの棚に収まる折りたたまれたジーパンに、おもむろに右手を伸ばす。

 新しい生地の、心地よい手触り。

 隣のジーパンを手にとってみる。

 汚れも破けもない、まっさらのジーパン。

 と、私に、どんなものをお探しですか、と店員さんが声をかけてきた。

 私はゆったりとした穿き心地のものがいいと言って、店員さんにいくつか選んでもらう。

 店員さんが一番最初に見せてくれたものを手にとって、試着していいか承諾を得て、試着室へ向かう。



 『ならば死ぬことは、昇りつめることか、土に還ることか。』



 試着室の壁も裸のコンクリートだが、そんな壁にかかる小綺麗な鏡と雰囲気が合っていた。

 穿いていたくたびれたジーパンを脱ぎ、今受け取ったばかりの新しいジーパンに足を通す。

 穿いて、少し鏡で具合を見ていたところで、店員さんの声がする。

 カーテンを開けると、試着室と店内とが繋がる。

 具合を聞く店員さんに、気に入ったので裾上げをして欲しい旨を伝える。

 相当余っていた裾が、店員さんの手によってちょうど良い長さに折られる。

 店員さんに具合を聞かれて、そうですねと答えてカーテンを閉める。

 新品のジーパンを、まち針を気にしながら脱ぎ、また穿いてきたジーパンに足を通す。

 肌触りが全然違って、いつものジーパンが少し新鮮に感じる。

 カーテンを開けて、品物を店員さんに渡す。

 会計を済ませて、出来上がりを待つ。



 『確かなことは、道がどこへ続いていようが、どこまで続いていようが、必ず終わりがあるということ。』



 ジーパンの入った袋を肩にかけ、帰路を歩む。

 よし。と一つ、決意する。

 明日から、このジーパンを穿こう。

 穿いて、汚して、穴を開けよう。

 新しい私を、新しいジーパンとはじめよう。



 『終わりまで、はじめて、やめての繰り返しだろう。しかしそれは、それこそが―』



 『きっと、前進することだ。生きることだ。今の私は、そう思う。』












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