「アルテミス、あと5分でクチバシの射程内に入ります」 船内にカインの声が響く。 その声は非常に落ち着いており、うろたえる様子は全くない。 外観は10歳にも満たない少年だが、操舵・通信士としては大の大人に劣る事もなく、むしろ誰よりも優れていると言える。 『おい、カイン。 クチバシの状態は良好だ、いけるな?』 ブリッジにグラムスの声が響く。 カインは、隣でコンソールを操作するラミに目をやる。 対してラミは笑顔を返す。 オールグリーン。 「いつでもOKですよ」 『わかった』 通信が切られ、約1分。 「アルテミス、クチバシの射程内に入りました」 即座にクチバシが打ち出され、アルテミスに喰らいつく。 その様子を眺めていたカインは、軽く息をつくと、ラミの側に歩み寄った 「あとはキャプテンたちに任せて、僕達は僕達の仕事をしようか」 「えぇ、そうね」 珍しく、二人の顔はこの上なく真剣なものだ。 ラミは端末を立ち上げてブリッジのコンソールに繋ぎ、カインに手渡す。 カインは端末、ラミはブリッジのコンソールと、それぞれ操作を始めた。 二人の必要最低限の会話とキーボードを叩く音に支配されたブリッジは、二人だけの空間と化していた。 「被害報告!!」 「左舷第3ブロックに命中! 人的被害なし! 気密レベルにも変化はありません!!」 ブリッジに、艦長の怒声と索敵手の声が響き渡る。 クチバシに前回と同じ傷口に喰いつかれ、衝撃が艦内に走る。 衝撃の中、艦長は予想済みとばかりに専用の艦内通信を開く。 「総員、白兵戦準備!!」 来るべき時が来た、そんな空気が艦内に漂っている。 それは、同じブリッジにいた艦長の孫娘、ロマーナも感じていた。 だが、そんな張り詰めた空気の中、彼女の瞳には決意の色が輝いていたことに、艦長は気付かなかった。 「よし、ブリッジクルーは退避急げ!! 待っておれよ・・・」 点灯するワーニングランプを睨みながら、艦長は一人呟いた。 「ったく、何考えてやがる・・・」 眉間にしわを寄せたグラムスは、全速力でブリッジに向かっていた。 アルテミスのクルー達は、以前圧倒的に制圧されたにも関わらず、腰は引けておらず、以前よりも機敏に動いている。 だがそんな彼らも、ある者は投げられ、ある者は殴られ、またある者はスタンブリットを撃ち込まれ、どうあっても気絶させられる道へと向かうのだ。 そのたびに、グラムスのしわは深さを増していった。 ただの意地にしては統制がとれすぎている。 策でもあるのか・・・そんな不安を残したまま、彼はブリッジに繋がる自動ドアを蹴り飛ばした。 「出てこい、ジイさん! ・・・って、あれ?」 あっけに取られた。 ブリッジは完全に無人となっていたのだ。 「ラミさん。 これは・・・」 カインは、ラミと二人で同じモニターを覗き込んでいた。 そこには、アルテミスと、本来襲うはずだった輸送艦の航路、そして惑星機構のロゴが映し出されている。 「やっぱり、仕組まれてた・・・ということ?」 さすがのラミにも、冷や汗が見られる。 「シークイーンのバンクから、データを盗んでおいて正解だったね」 「えぇ、キャプテンも、殴られ損にはならないで済みそう」 「どうする? キャプテンを呼び戻す?」 「待ちましょう。 お茶でもいかが?」 そう言って、ラミが席を立つ。 既に二人はいつもの落ち着きを取り戻していた。 その時、ピピッという電子音が、緊迫の剥がれたブリッジに、新たな緊迫を張り巡らせる。 すぐにカインはコンソールに目をやる。 それはクチバシからの通信だった。 『お、繋がったか! すぐにクチバシを回収してくれ!!』 回線を開くや否や、ロッカの声がブリッジに響いた。 「どうしたんですか、ロッカさん。 そんなに慌てて」 『どうしたも何も、今アルテミスの艦長の孫娘ってヤツがここにいるんだが・・・あぁもう、話は回収してからにしてくれ!』 「わかりました、すぐに回収しますよ。 ラミさ~ん、お茶を1人分追加しておいてくださ~い」 「は~い」 通信機の両側で、正反対の空気が流れていた。 「チッ、何処に・・・っと!!」 棒状の“何か”による攻撃がグラムスの耳元を掠める。 真っ白な霧・・・いや、粉末状の何かが舞う艦長室。 その中で、グラムスの視界は完全に奪われていた。 「こんなことになるんだったら、もうちっと注意して入るべきだったな」 無人のブリッジを見た後、近辺の部屋の捜索を始め、ふと見つけたのが、見た目からも艦長室とわかる整然とした部屋。 踏み込んだはいいが、逆に閉じ込められて、そのまま苦戦を強いられている。 「サーモスコープでも使ってんのか、クソッ!」 「姑息だろうが何だろうが、負けるわけにはいかんのだ!!」 「うるせぇ、一発殴り飛ばしてやるから待ってやがれ!!」 出所のわからない艦長の声が、グラムスの精神を逆なでする。 だがさすがはグラムス、耳と勘のみで、敵の攻撃を避け、払い、受け流す。 「・・・さすがだな、この状況下でもまだ無傷とは・・・はぁ・・・」 「ハン、そんなに殺気をむき出しにしてりゃ、耳栓してても避けられるゼ!」 疲れの色を見せる艦長。 強がって見せるグラムスだが、彼もまたかなり神経をすり減らしていた。 (チッ、そろそろケリつけねぇと、ヤベェな・・・) 既に、頬を汗が伝う感覚にすら、敏感に反応し始めている。 これ以上は不利だ。 グラムスは一度ゆっくりと深呼吸をすると、目を瞑り、動きを止めた。 瞬間、空気が動く。 グラムスの背後から“何者”かが接近する。 「もらったあぁっっ!!」 90度転身、即座に“何者か”に向かって大きくステップを踏む。 そのまま、肩から突進。 だが・・・ 「なっ!!?」 軽い。 その物体は、衝撃に吹き飛ぶことなく、グラムスの肩に覆いかぶさる。 思いっきり弾き飛ばしたと思っていたグラムスは、手ごたえのなさに一瞬気を取られた。 直後。 「甘いわあぁっ!」 反対側から声。 「しまっ・・・」 完全に体勢を崩していたグラムスには、それを避ける術はない。 可能な限り前かがみになり、両腕で頭を庇う。 そして、衝撃・・・・・・金属音。 「!?」 「ヘッ、今度こそぉっっ!!」 弾き返された“何か”を左手で掴み、そのまま勢いに任せて投げ飛ばした。 予想外の出来事に、それは無防備なまま壁に直撃する。 一瞬の機転、右手の義手で受け止めたのだ。 「がああぁぁぁっっ!!」 室内に、艦長の老いた悶絶が響く。 肩に引っかかったままの物体を払いのけ、グラムスはその音源に向かって歩み寄った。 「上着でダミーを作るとは、なかなかやってくれる。 だがな、かくれんぼもここまでだ。 まずはこの部屋から引きずり出してやる、覚悟しな!!」 言い終わるとほぼ同時、艦長の背後にあった壁が開く。 そこはどうやらブリッジに繋がる自動ドアだったらしく、ぶつかった衝撃で開いたようだ。 「ははっ、手間が省けたみたいだ・・・って、オイ!」 開いたドアから転がるように外に出る艦長。 余裕綽々で笑い飛ばしていたグラムスは、余裕そのままに追いかけようとする、が。 「これで終わりだ! 弾け飛べぇっ!!」 黒く、長い物体が艦長室に投げ込まれた。 それの先端にバチッと紫電が走るのを、グラムスは見逃さなかった。 「チッ、これが狙いかっ」 「耳を塞げ!!」 脱出しようとしたグラムスを抱え込む黒い影。 艦長室は閃光に包まれた。 一方、サラマンダのブリッジでは、お茶会が開かれていた。 その空気の中、ロマーナは一人だけその空気に馴染めない。 当然といえば当然である。 眼前では戦闘が行われているのに、のん気にお茶を飲んでいられるような神経は持ち合わせていない。 ただラミとカインの勧めるまま、手近なシートに座らせられ、ティーカップを渡された。 お茶が美味だの何だの、3人の雑談はほとんどロマーナの耳には入っていなかった。 その雰囲気を悟ってか、ラミが話を切り出す。 「それで、本日はどういったご用件ですか?」 「えっ、あ、その・・・・・・こんなことをあなた方にお願いするのは筋違いかもしれませんが、どうか、艦長を・・・おじい様を止めてください!」 突然切り出された話題に、少し戸惑いながらも本音をそのままぶつけた。 「あぁ、それは多分、放っておけば解決すると思いますよ」 カインが笑顔で答える。 「では、用事も済んだことですし、お茶会の続きと参りましょうか」 ラミの提案に、カインが頷いた、その時。 爆発とともに、アルテミスが大きく揺れた。 「な、なんだぁ!? ・・・っと、こうしてる場合じゃないな。 アンタにも付いて来てもらうぞ! おい、クチバシの用意だ!」 「了解。 そうそう、ついでに急いでキャプテンを呼び戻してきて」 「わかった!」 そう言ってロマーナを抱き上げると、ロッカはクチバシへと走っていった。 「まったく、キャプテンは何をやってるのか・・・」 ため息一つ、カインとラミは、苦笑しながらティーカップを口元に運んだ。 「はぁ、はぁ、これでどうだ・・・」 爆音が耳鳴りとして、艦長の耳に張り付いている。 煙の噴き出す艦長室を眺めていた艦長は、ここで初めて肩の力を抜いた。 突如、ブリッジのドアの一つが開かれ、そこから誰かが走りこんできた。 「おじい様!!」 ロマーナだ。 彼女は、そのまま艦長に抱きついた。 その光景に一番驚いていたのはロッカだった。 「おいテメェ、キャプテンは何処だ!」 フンと鼻を鳴らすと、軽くにやつきながら、煙立つ艦長室を指差した。 最悪の悪寒がロッカを襲う。 「コイツ、ぶっ殺してやるぁ!!」 ロッカは艦長の胸倉を掴み、強引に立ち上がらせ、今にも殴りかかろうとした、その時。 「待てよ! 勝手に殺すんじゃねぇ!!」 その叫び声に、全員がその方向を向いた。 煙の中、二つの影が浮かび上がる。 「ヘッ、まさかお前に助けられることになるとは思わなかったなぁ、クアール」 「フン、それだけでかい口がきけるなら十分だ、死に損ないが」 呆然。 ただ立ち尽くすロッカに、不意に手を離され、へたり込む艦長。 そんなロッカの肩を、グラムスは思い切り叩いた。 「あれ、何でお前がここにいるんだ?」 「あぁ、そうだ。 カインが呼んでるぜ、早く戻ってきてくれって。 じゃ、俺は先にクチバシに戻ってるな」 強制的に現実に引き戻されたロッカは、カインからの言伝を伝えるとクチバシに戻っていった。 「さ~て、俺らもそろそろ戻るか」 「この老人はどうする?」 「さすがに、この状態じゃ殴れねぇだろ」 もはや立とうともしない艦長に、抱きかかえられるように泣くロマーナ。 「なぁ、何で生きている?」 艦長は口を開いた。 そう、通常あの爆発で助かるわけがない。 最後にクアールの民が飛び込んだのを覚えているが、いくらクアールの民だからといっても同じことだ。 だが、グラムスは「コイツの無駄に低い声と・・・この右手のおかげだなっ、ははっ」と、一部だけ義手で声を拡張しながら笑い飛ばすと、クアールと共にブリッジを去っていった。 「フン、重低音を増幅、音波で爆風から身を守る、か・・・、敵わんなぁ・・・」 そういい残すと、艦長は目を閉じて、寝息を立て始めたのだった。 「するってぇと何か? 全部シークイーンの奴らが仕組んでたってことか!?」 グラムスの叫び声がブリッジに響き渡る。 「えぇ、根元では何を考えているのかはわかりませんが、敢えて惑星機構の輸送船を狙わせているところを見ると、本気で惑星機構とやりあうつもりなのでは? 少なくともこれで、サラマンダの名が危険因子として惑星機構に登録されることになりますね~」 「チッ、気に入らねぇな・・・・・・よし、進路をシークイーンに向けろ! あのヤロウ、もうあと2、3発は殴ってやらねぇと気が済まねぇ!!」 「なら、その中の2発は俺にやらせてもらうぞ」 横から、嬉しそうにクアールが話しに加わる。 「おう、今度ばっかりは絶対に許さねぇ! カイン、急ぐぞ!!」 「了解!」 景気づけにスラスターを大きく吹かすと、次の瞬間、サラマンダは虹色の空間の中へと消えていった。 |