ああ、わからんわからん。











 俺にはカノジョがいる。
 カノジョ? She? いいや違う。
 つまり、だ。カノジョ、イコール、恋人。
 俺には恋人がいる。てわけだ。



 これから言うことを聞いて、俺を狂っていると思うなよ。
 ノロケんな、は聞いてやる。奢りだ。サービスだ。存分に聞いてくれ。
 自分で言うのもなんだが、俺のカノジョはかなり可愛い。いや、美人、だな。年上相手に可愛いてのは失礼だ。

 墨にぼとりと落としたような黒髪。それに相反するすべすべとした白い肌(おっと、白人さんじゃないからな)。キリリと鋭い、高価なナイフの印象を与えるツリ目。他人を寄せつけない妙な雰囲気。
 そして、俺の煩悩を刺激する絶妙なプロポーション。
 断ち切るものはすぱっと断ち切る、実にわかりやすい性格。いいのか悪いのかはわからない。
 例えるのなら、ショムニの江角マキコ? ちょっと違うような。

 羨ましいだろう。
 頼む、羨ましがってくれ。
 理由は……聞くな…………



 で、ここからは内密な話なんだが。

 リンスをかかしたことがないのだろう、シルクのような触り心地の髪。ひんやりと冷たく、けれど抱き締めているとほんのりと温かいことがわかる肌。俺の顔を見たいからと、わざわざかける度の軽いフレームなしの小さなメガネ。このときだけは俺に甘えてくる、外見も内見もネコのような仕草。
 そして、俺の神経を刺激する絶妙なプロポーション。

 ・・・・・・・・・・はっ。
 ちょっと世界から飛んでいたようだ。失礼失礼。

 相思相愛だと思っている……信じている。付き合いだしてもうすぐ一年。どちらかの家でぼんやりと過ごす時間。目的もなくぶらぶらと街中を歩く休日。会えなくて、寂しさを紛らわすためにメールを交換する平日。喧嘩をして居心地が悪かった時間。
 それなりに楽しい日々を送っている。これからも、こんな日々を送りたい。

 けれども。

 ああ、けれども。

 俺だってたまには、愚痴を漏らしたくなるときだってある。


 そんな日だってあるさ。付き合ってくれよ。





 蝉がジリジリ鳴いている夏の日に、近所とはいえ徒歩5分のところにあるコンビニにこれ買ってきてとメモを渡された。
 これをなんと称す?
 パシリだ。
 パシリだよ。
 一人前のパシリだよ。

 こんなことが日常茶飯事とある。買い物だけじゃない。いろいろと。まぁ、いろいろと。
 断ろうと思えば、断ることだってできる。
 でも、断ろうとしない。
 よく言えばいい人で、悪く言えば人がいい。
 わかりやすい人間をしているもんだ。



 で、現在。
 俺はめでたくコンビニにいるわけだ。
 冷房が壊れたように稼動しているコンビニというのは、都会のコンクリートジャングルに潜むオアシスのようだ。
 と、雑誌に書かれている。

 さて、涼を得たところで物品調達をいたしますか。

 缶ビール2本。昼間から飲む気かよ。
 サラミ。酒の肴か、辛党め。
 今月号のZipper。男の俺に買わすなって。
 ソニンのマキシシングル『カレーライスの女』。コンビニで買うな。てか、このジャケット……数日前に自宅で見たなぁ。
 熟カレー中辛。今日の夕食? CD効果もあるのだろうか。
 薄くても安心――。これに関してはノーコメント。
 アクエリアス2本。缶ビールの意味は?
 メンターム薬用スティック。こういうのってなんかいいな。いや、個人的にな。

 異常者だろうな、こんなのものをコンビニで買う俺は。その証拠に、やる気ないコンビニ店員も俺に鋭い眼光を向けてやがる。
 でもしかたない。
 これもひとえにカノジョのためさ。





 ああ、わからんわからん。

 ジリジリと焼けるコンクリの上を歩きながら、確認するように俺はつぶやいた。
 彼女は、俺のことをどう見ている?
 風呂上がり、バスタオルをまとうことなく居間や台所をうろうろふらふら。
 男?
 ひょっとして無生物?
 嬉しいけど、素直には喜べない。
 ちょいと複雑。

 ああ、わからんわからん。

 暑いし。
 疲れるし。
 汗かくし。
 暑いし。
 遠くて近い、近くて遠いカノジョの家。
 カノジョが待ってる、カノジョの家。
 俺、ちゃんと客人してるのか?

 ああ、わからんわからん。

 カノジョは……俺のことが好きなんだろうか?
 たまに思う疑問。
 これからも思う……だろう、疑問。



「ああ、おかえり」
 無気力にただいま、と言うと、さらに無気力に言い返してくる。

 いくら暑いからといっても……

 いくらクーラーの調子が悪いからといっても……

 いくら故郷が北海道といっても……

 ベッドの上にだらりと寝転ぶのはどうだろうか。……鎖骨と脚、見えてるし。
 一応、男っすよ。

「おつり、どうする?」
「欲しかったらあげる。ビールとアクエリアス」
「はいはい」

 生ぬるいビールとアクエリアスを一本ずつ渡す。張りつく水滴がまるで嫌味だ。

「冷えてないね」
「そりゃそうだ」

 プシュっとビールの口が叫ぶ。愛らしい唇が飲み口に押しつけられ、中身が喉奥に流れてゆく。
 コクリと動く喉を見ていると、なんだか妙な気分になる。
 一応、男っすから。
 ……しつこいね。

「あーっ、おいし」
「で、そのアクエリアスはどうするの」
「これはキミのよ」

 そう言って、キミは俺に缶を投げる。手加減していないので、どずりと俺の腹に直撃する。

「飲まないの?」
「あ、いや………」
「いるの? いらないの?」
「どうして……俺だけアクエリアス?」

 早くもビールを飲み干して、二本目のビールの手が伸びる。

「だってキミ好きでしょ、アクエリアス」





 ははん、なるほど。





 彼女は俺の好みを熟知しているわけだ。





「うんにゃ、俺はビールが好きだ」
「……嘘つき」




































 まぁ、ちょこっとネタバラシでも。
 この話の二人は、たぶん相思相愛っすね。若干カレシが一方通行気味ですが、この辺はご愛嬌ってことで。

 こんな作品でも、受け取ってもらえたらこれ幸い。



僭越ながら管理人のコメント―
心温まる良いお話をありがとうございました!
読んでいて歌のようなリズムを感じました。テンポがいい!
いやー、こんなに良いお話をもらってしまうと、私が書いているものが恥ずかしい。

そんなすばらしい小説がたくさん置いてある、葵 葉月さんのHPはこちら。

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