『付き合って』

 私は言った。

『え、あ、いい……ですよ』

 キミはそう言ってくれた。

『3年』

 私はまた言った。

『一緒にいれる時間はこれだけ』
『あ、はい』
『これが過ぎたら、私はキミを嫌いになる』
『は、あ……』

 ――キミの前から消えるわ。

『たぶん、次はない。私は、キミを大嫌いになる』
『は、あ……』

 ――次に会えるのはずっとずっと先。ひょっとしたら、もう会えないかもしれない。

『それでもいい?』
『いい……ですよ』

 キミはぎこちなく笑った。



『わかったわ。ありがと』

 私は笑わなかった。











 夢が、遠ざかってゆく。






























 ああ、うるさい。

 音が私の幸せを邪魔する。



 これが聞こえるってことは、そう、きっと朝。低血圧の私にとっては、苦痛の他に何もない時間。
 眠い。
 寝ようか。
 寝ていようか。
 ……寝ちゃいけない。
 わずかに目を開けると、秋の色を含んだ光が差し込んでくる。

 眩しい。

 もう朝。ついさっき眠ったような気がする。それもそのはず、昨夜も夜遅くまで……違う、朝早くまでいろいろと……


 恥ずかし。いくらなんでもあんなこと……

 …………


 ……考えないようにしよう。朝から妙な気分になる。それでなくても、体に余韻が残っているんだから。

 蒲団に包まって枕に顔を埋めていると、その音は消えた。
 粘った。
 勝った。
 本日も勝利。よし、寝よう。

 夢……
 夢を見ていた気がする。

 なんだっけ?

「ほら、朝だよ」

 金属の塊を私の頭に軽くぶつけてくるヤツがいる。
 アイツだ。
 ……ちょっと痛かった。目覚ましで頭を小突くのはキミの癖。いけない癖ね、あれほど注意してるのに。
 そんなとこが、ちょっと好き、だったり。

 ぼんやりとする意識に鞭打ちながら体を起こす。寝る前まではたしかに隣にいたキミは、すでに着替えて皿を空にしていた。

 あ、私の分も置いてある。エライエライ。……いたたた、髪の毛がちょっと絡んでる。


 ああもう、乾かさないとこうなるのよね。
 でも、濡れていると気持ちがいいっていうから……

 たまのわがままくらいは、ね。


「……早いね」
「今日、朝一から講義があるから」
「ああ……大変だ」
「いいですねー、お休みの人は」

 私のことですか。いくら気に入らない講義とはいえ、人には当たらないこと。哲学だっけ? おもしろいのにな。

「さぼっちゃえば?」
「冗談言わない」

 ……冗談じゃないんだけど。

「教えてあげるから」
「出席とるから、あの教授」
「そっか……」



 また、一緒にいられない。





 私は3回生。
 キミは2回生。
 つまり、私のほうが先に卒業する。


 そして、残り約2年。1年とちょっとが過ぎていた。


 これ、すごく気にしてるんだよね。最近の悩み。
 どうがんばったって、追いつかれない。




 私は留年する気はない。私は、私の目標を叶えるために大学へ入った。そして、目標のために卒業して、独りになる。

 キミも、そのことをわかってくれているはず。だから、私はキミを選んだ。

 こんな私を、キミは受け入れてくれた。




「さぼろうよ」
「だめ」


 いっしょに、いたいのに。


「どうして?」
「出席とられるから。さっきも言ったでしょ?」


 気づいてよ。


「さぼろう」
「話、聞いてる?」


 一緒に、いたいのに。


「聞いてる?」
「……聞いてる。行っていいよ」
「何だか反抗的だね」
「別に。そうそう、行く前に鏡見たほうがいいよ」
「ん、そう?」

 と、鏡を覗き込む。


 そこで、止まる。


「これは………」
「それでガッコ、行くの?」

 ギギギと顔をこちらに向け、キミは首を手で覆いながら言う。

「いつの間に………?」
「キミが眠りについてから。気づかないわけでしょ?」
「………!」
「私の印。キミは私のモノ、てね」
「どっ……!」

 慌てて耳を塞ぐ。

「どうするのっ、正直、落としそうなのに!」
「マフラーつけてったら?」
「まだ早いよっ。ああぁ…………」

 キミはがくりと肩を落とす。そんなに危ないんだ。
 そりゃそうか。前に話を聞いたとき、散々だったもんね。

「なんとかなるって」
「ならないときはならないよ……どうするの、留年したら……」
「そのときは……」








 結婚しましょ。








「私もダブってあげるから」

 言えなかった。言ったところで、どうにもならない。
 別れることは、どうやっても迫ってくるから。

「本気?」
「本気よ。奨学金制度を使うわ」
「そっか。じゃあ、俺は何があってもダブれないね」

 ……私のこと、ちゃんとわかってくれてるんだ。



 ああ、そっか。
 籍なんて入れなくても、私たちは繋がってるんだ。



「よし、今日は本日の講義を教えてもらいましょうか」
「イヤだ」

 立ち直りの速さを一蹴する。

「なら、何をしたいの?」
「抱きしめたい。こっち来て」

 ほんとはそっちに行きたい。でも、あえて来てほしい。

「どうぞ」
「どうも」

 ああ、気持ちいい。

 この温もりがずっとずっとずっとずっと・・・

「朝から?」
「バカ。えっち」
「じゃあ何するの?」
「しばらくはこのまま。で、今日は、ぼんやりとしていましょ」




















<hr>
 いたたたたた、何を書いてるんだ、いたたたたた。板多々多々。Itatatatata!
 ちなみに次で最後。(←書く気か!? でもここでネタばらしするのもなんだし……)







僭越ながら管理人のコメント―
驚きです。
ただひたすらに、驚きです!
前回の幸せ一直線モードから、こんな展開を見せるなんて。
深いです。浅はかな私には、予想出来ませんでした。
本当に、良いお話をありがとうございました!

そんなすばらしい小説がたくさん置いてある、葵 葉月さんのHPはこちら。

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宝物