平和だ。

 ピンフ、ではなく、へいわだ。



 後ろでは、がちゃがちゃ、ざぶざぶと洗い物の音。とにかく省エネではない使い方。
 でも、気にしない。
 カノジョが、一生懸命洗っている。家事は、得意ではないはずだ。いつでも俺に押しつけて、ジャンケンで負けても押しつけて、とにかく押しつけて。んで、文句言わずに引き受ける俺。
 これがいつものパターンだったのに。

 今日に限って、向こうが、やる、と申し出た。


 うれしい。


 でも、あやしい。


 ま、理由はわからないこともない。
 こうした気まぐれな行動をするとき、決まって無理難題を言ってくる。



 たとえば、レポートを代行してくれ、とか。
 そっちのほうが回生、上だし。

 たとえば、講義を録音、ノートを写してくれ、とか。
 そんな無茶な。

 たとえば、力を込めてマッサージしてくれ、とか。
 これは喜んで。いやむしろさせてください。



 交換条件ってヤツだろう。こちらは何も言っていないのに。



 へいわだ。

 くだらない番組を見て。
 夕食後とあって妙に満足で。
 大好きな人がそこにいて。

 相手を想い。
 相手に想われ。



 まったく。



 幸せってもんだ、これは。





 あと1年か。
 2年、早かった。

 喧嘩もした。
 破局の危機もあった。
 泣きもした。

 それ以上に愛した。
 泣かせはしなかった。
 命を張って守る、そんな自信がある。

 俺は、カノジョが好きだ。

 愛している。なんてことを考えるあたり、彼バカしているのかもしれない。













「おー、わった」

 どこか陽気な口調で隣に座る。
 カノジョの、ふわりとした香りが鼻をくすぐる。出会ったときからずっとそうだ。この香り、カノジョは好きなようだ。もちろん、俺も好きだ。
 カノジョの香り、ってヤツだろうか。

「ねぇ」
「なに?」
「これ、おもしろい?」
「おもしろくない」
「私、おもしろい」

 そう言って、笑う。俺には少し理解しかねる。
 ……本当におもしろいようだ。わずかに肩が揺れている。

「これ、最高っ」
「わからないよ……」
「子供にはわからないのよ」

 くたりと俺に寄りかかってくる。艶のある髪が目前に迫り、理性が危うい。
 撫でてみる。うん、気持ちいい。

「触らないで」
「減るもんじゃないんだから」
「高いよ」
「そんなまさか」
「嘘。あとで存分に触らせてあげるから」

 嬉しい言葉。



 そんなそっけのない態度。いつも俺は振り回されてばっか。
 でも、あの時だけは俺が主導権を握る。

 受身なカノジョがやたらと可愛い。行為に顔を赤らめ、度が過ぎれば涙目になって……苛めたくて、意地悪したくて……て、ほんと、ガキだ。俺は。










 あと1年。
 幸せな日々が、あと1年続く、はずだ。

 春夏秋冬。
 それぞれ、楽しい日々があるのだろう。

 花見がしたい。
 海も行きたい。
 紅葉はさぞかしきれいだろう。
 二人でコタツに入って。





 でも。








 あと1年。

 こうやって時間に追われる日は、今日で終わり。









「ちょっといい?」
「ん?」
「合鍵、ある?」
「合鍵……キミの家の?」
「うん」
「あるけど……それがどうしたの?」
「返してくれない?」

 テレビが消えた。いや、消した。
 この場には、そぐわない。

 カノジョは、俺の言葉の意味を理解したのだろう。驚いたように、目が開いている。

「それ、どういう意味?」
「いいから返して。俺も返すから」

 俺はカノジョの家の合鍵を握らせた。だが、手には力が入っていない。カタリと、床に落ちた。低血圧なカノジョの手は、異様に冷たい。
 今まで見たことがないような、動揺をしていた。いつもの余裕に満ちた表情は、いまにも崩れそうなほど不安定だ。

 さて。



 言わないと、な。

「俺の家の鍵は?」
「…………」
「鍵は?」

 カノジョがテーブルの上を指す。予想外に近いところにあった鍵を、俺はそっけなくポケットに戻す。

「あと1年……」

 予想通りのタイミングで、思ったとおりのセリフをカノジョは言う。

「あと1年、あるじゃない……っ……」
「俺は、1年もいらない」
「……っ!」

 とうとうカノジョは俯く。その手は俺の服を握っている。
 まるで、俺のことを逃がさないように。

「卑怯者っ……!」
「……何が?」
「たしかに、1年後……私は…………」
「そうだね」


「勝手なのは、お互い様だね」






 沈黙。

 沈黙。

 沈黙。

 時折、カノジョの呟き。












 最初。

 俺は莫迦にされていると思った。カノジョも暇つぶし程度としか考えていなかったに違いない。

 それが。



 いまやこれだ。

 カノジョは、俺なしではいけない、らしい。

 きっと、俺も……







「もう、合鍵なんていらないんだ」

 俺は胸ポケットから取り出して。

 カノジョに握らせる。

 これだけは、ぜったいに落とさせない。

「手を広げないで聞いてほしい」
























「結婚しよう」
























 まだ俺は経済的に弱者だけど、どうにか就職するから。
 何年だって待つ。俺の気持ちは変わらない。

 こんなセリフは、俺の口から続くことはなかった。



 胸板を殴られていた。



「卑怯者っ……!」
「そ、そんな莫迦な……」
「卑怯者!」

 キツイ一言。

「私のことをからかって楽しいわけ?」
「め、めっそうもない……」
「嘘!」

 めっちゃ怒ってる……

「ごめんなさい……」

 で、一撃。

「ほんと、もう……」



 と。

 何やら温かな感触。



 ああ、なるほど。

 抱きつかれたようだ。



「ありがと」



 一言。







 体はやたらと痛いけど。





 俺は、これだけで、満足だ。





































「ねぇ」
「うん?」

 あのあと。

 俺たちはとりあえず落ち着くと、カノジョがぽつりぽつりと話し始めた。

 その薬指を、きらきらと光らせながら。
 俺は、カノジョの髪を撫でている。カノジョの隣で。本当は膝枕あたりしてほしかったけど……いいか。髪を撫でられるし。

「実は、隠し事が……」
「何か、あるの……?」
「えとね……怒らないで聞いてくれる?」

 何だ……? 異常に不安なんだけど……

「卒業、できないみたい」







「なんと?」
「順調にいけば卒業できるんだけど、どうしても受けたい講義があって……」
「なんとっ」

 ん? たしか1年ほど浪人したって言ってなかったけ?
 で、1年ダブり?

 ダブり?

「てことは……」
「そっ」















「来年も、よろしくね」






















 幸せだけど。




 前途多難、だな。



























 あとがき(めんどうだったら飛ばしましょう。長いので)

 思えば、今までの話はこれに収束するためのものだったのかなぁ、と。なぜならこの話が一番に思いついたのですから。
 攻防戦。振り回させるんだけどオンナのことが憎めないオトコ、身勝手なんだけどオトコが大好きなオンナ、ていう甘い話を書きたかったんですよ。
 辛勝戦はあってもなくてもよかったなぁ。(笑) ただ、恋愛に障害はつきものだろー、て思ったら出来上がってただけで。(苦笑) でもよいアクセントになりました。ただ、女性の一人称は難しいです。特にクールビューティーさんは。
 んでこれ逆転劇。やったな、オトコノコ。てな感じです。あわわわ……このプロポーズ、マジ考えでした。使う機会ナイノニナー。ウガー!(  ̄□ ̄/)/========●( ☆З-)グバァっ!
 タイトルですが、『(色)の(戦い)』です。色はフィーリング、戦いの部分はオトコノコの心情に沿ったものを、とチョイスしました。ちなみに五月色は「さつきいろ」って読んでやってください。意味? だからフィーリングですって。
 そいで、本当に、最後に。攻防戦、辛勝戦、逆転劇、これら三つの作品はまだまだ粗い部分も多くあります。小説、というにはいささか情けないものかもしれません。
 けれど、私は大好きです。









僭越ながら管理人のコメント―

背景の色にとても困ったのですが、結局ピンクにしました。
気に入ってくださるかどうか、とても心配です。

ユーモアセンスがある中に、感動もある。
いや、感動にユーモアを絡めているのか。
そんな微妙なバランスがすごく面白い作品でした。
一度どん底を見せてそれから突き抜けるような感動のシーンも、葵 葉月マジックを感じずにはいられませんでした。
こんなに素晴らしい作品を三作にも渡って、どうもありがとうございました!

そんなすばらしい小説がたくさん置いてある、葵 葉月さんのHPはこちら。

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