チリン……チリン……




風鈴の音。

普段なら気にも留めない小さな音に、私はまどろみの中から目を覚ました。

目を開くと、辺りはまだ暗くひんやりとした空気が満ちている。

季節は夏。

人の住む地では普段よりも暑かろうが、草木の覆い茂るこの山では強い日差しを遮る物も多く、例年と比べても多少暑いかというくらいだ。

「むにゃむにゃ……」

横から声がする。

横になったままそっと目を向けると、無防備な姿で眠る若い男がいた。

「ぐふ、ぐふふふ………」

どんな夢を見ているのだろうか。

出会ってから数年経ち、たまたま仕事で近くに来たらしくついでに我が家によってくれたのだ。

私の子供も久しぶりに会えたことに大層喜んでいた。

付き合いは長くないこの青年だが、優しい人間であることには間違いない。

そう、人間。

彼は私とは違って人間なのだ。

過去、幾度も棲家を奪った人間たち。

しかし追い出そうとした者から守ってくれた彼もまた人間。

「……人間も、捨てたものではないんですね……」

スゥスゥと気持ちよさそうに眠る彼の髪を手で梳く。

眠りが深いのか、それとも気を許してくれているのか、嫌がる様子はない。

彼の寝顔を見ようとゆっくりと体を起こす。

すると私を覆っていた掛け布団がめくれ、身に纏う物一つない私と彼の素肌が現れた。

鍛えられた若い肉体。

露になった彼の体を見て昨夜の情事を思い出してしまった私は、自分の頬が熱くなるのを感じていた。

そう、私は昨夜、彼に抱かれたのだ。

仕掛けは発情した私のフェロモン。

この家はそれなりに広く、客間と寝室は離れている。

夕食後に子供を寝かしつかせて客間に向かった私は、床についていた彼に抱きついて、抑え込んでいたフェロモンを一気に開放した。

部屋に充満したフェロモンは男の性欲を直接刺激して一匹のケダモノを作り出す。

そして獣の目の前には私という餌があった。

抵抗などする気は毛頭なかった私は、捕食者の前にその身を差し出した。

肉欲に取り付かれた彼は荒々しく私の女体を求め、そして私もまた彼を求めた。

人間から逃げ回り、子供と二人だけで過ごすようになって既に長い年月が過ぎた私は小娘の如く硬くなっていたが、その荒々しさと、そして何故か優しい温かさに飲み込まれ、私もまた我を忘れてしまっていた。

「ふふふ、これであの子の弟か妹ができちゃうわね……」

視線を下ろして腹部を撫でると温かい気持ちが溢れ出す。

あの子は喜んでくれるかな?などと思っていると、

「う〜ん…」

彼の反対側から若い女性の声が聞こえた。

そちらの方に視線を移すと、長くて黒髪の女性が幸せそうな顔で眠っていた。

真っ直ぐ伸びた長く深みのある黒の髪が広がり、月明かりに輝くその様子は神々しさすら感じられる。

そう、彼らは二人でこの家に来たのである。

彼女───そう、おキヌさんだったか。

以前出会ったときは幽霊だったのだが今日来た時は生きていた、と珍しいものを見た気分だ。

彼女もまたここで彼に抱かれたのだ。

私と彼と、三人で。

真面目そうな彼女を引き込んでの情事はひどく情熱的なものとなった。

彼女もまた彼に心を許し、彼を好いているのだろう。

事実、今も彼に抱きつくかのように寄り添って眠っているのだから。

「まだ起きるには早いわね…」

そう言って私はもう一度体を横にする。

最初に眠っていた時よりも少し近くに体を寄せて目を閉じた。

「おやすみなさい、横島さん……」

自然に浮かんできた笑顔のまま、私の意識は闇に落ちていった。


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