それは別段…いつものことでした。
ごく日常的な、いつもの私の仕事でした。
そしてその日常が、私はとても大好きでした。

パチュリー様、紅茶が入りました

「パチュリー様、紅茶が入りました」

いつもと同じ時間に、いつもと同じ仕草で咲夜は紅茶をパチュリーのテーブルに載せた。
本を読んでいたパチュリーは、声を掛けた時には気付いていない様子だったが…ティーカップとソーサーを本の脇にコトリと置かれて、漸く本から顔を離した。
「あら、ありがとう。…そういえば…ずっと思っていたんだけども…咲夜」
「はい、何でしょうか」
「…なんだか悪いわね、レミィの友人ってだけなのに、いつもこんなに手厚いもてなしをしてもらっちゃって。…まぁ、私は昔からずっとここにいたけれども」
とても今更のことだった。
とても今更のことだったが…咲夜は丁寧に返事を返した。
「いえ、お嬢様にそう申し付けられておりますから」
「ふふ、ありがと。咲夜のそういうきちんとした所、私は好きだわ」
「…ありがとうございます」
「どういたしまして?」
パチュリーは少しだけ微笑んだ。
その笑みに、微かに目を細めた咲夜。
パチュリーが笑うことは少ない。
普段無口で無愛想な彼女だ。
パチュリーの微笑み…それは、常に何かと騒がしい紅魔館でも、結構珍しい光景。
「そういえば…私も、少し思っていたことがございまして」
「?なに」
「パチュリー様は…良くまぁあのお方と長年友人をしておられるものだな、と…」
それを聞いて、パチュリーはまた笑った。
…今日はなんて縁起が良い日なんだろう。
咲夜は思う。
「わかるのよ。レミィの気持ちが」
「それはまた…一体どの様な気持ちなのでしょうか」
「……それは私もね、我侭だからなのよ」
「はぁ…」
「見えないって?」
「ええ…正直に、申せば」
「ふぅん…まぁ、私って、話し掛けられない限り、喋らない性質だものね。あまり喋りすぎると喉によくないから」
「! そうだったんですか」
「そうよ。…意外?」
「も、申し訳御座いません、お辛いのに、私と話など…」
「良いのよ、気にしないで。…今日は、体調がとても良いの。だからもう少し…お喋りさせて頂戴?」
「あ…パチュリー様が、それでよろしいのならば…」
「うん。よろしいから、そんな所に突っ立ってないで、私の向かいの席にお座りなさいな」
咲夜は少し戸惑ったが、
まぁ、仕事は後で刻を止めてすれば良いし…それに………
等と心の中で数刻ボヤいてから、
「…それでは、失礼して」
と言われた通りにした。
「それで…お話の続きは」
「ああ、うん…それでね、レミィの自由奔放な所が…私には羨ましいというか」
「自由奔放…、ですか」
確かに言われてみればそうだが、あのレミリアに対して、そんな褒め言葉を思いつく者がいる等、考えもしなかった。
「吸血鬼だから…ということもあるのでしょうけれども。魔法使いの私には、到底叶わない力を有しているわ。そして…我侭を言って、それをやり遂げるだけの体力も、ある」
そう言って、パチュリーは少し遠い目をした。
体力が無い。
それは、パチュリーの最大の弱点。
ただ、そうであることが当たり前すぎて、彼女自身からそこのことに対して、どう思っているかということを聞くのは初めてだった。
………というかそもそも、本当に、今日は縁起のいい日である。
パチュリーがこんなに沢山物事を語るだなんて。
「パチュリー様。これも…前々から思っていたことなのですが…」
「うん?」
パチュリーの瞳が、こちらに戻ってきた。
咲夜を見ている。
咲夜はそう感じた。
「パチュリー様の喘息。それは…レミリアお嬢様に治してもらうことは、可能ではないのですか…?」
それもまた、不思議に思っていたこと。
なぜ、あれだけの力を有した友を持ちながら、このままで居続けているのか。
引き篭もっているだけなんて、つまらないのではないか。
咲夜には、疑問だった。
「ああ…」
パチュリーは苦笑した。
「できないのよ、それが」
「それはまた、どうして」
「レミィの魔法は…闇の力だから」
「………なるほど、だから治せないのですか」
「そう…治癒には、到底向いてない力よね」
闇の力とは…人の悪意から生まれたもの。
そんなものが、人を癒せるわけが無い。
時間を操ると云う、一種魔法の様な能力を備えていても…魔法使いでない咲夜には、魔法に関する知識をあまり持ち合わせていなかった。
魔法に関して大した興味のない咲夜であったが…ことこのことに関しては、少しばかり興味があった。
「…では、パチュリー様ご自身のお力では…?」
「勿論、アウトよ。私、白魔法は範疇外だわ。…そして、私自身の属性は…精霊魔法だから」
「???…精霊魔法って…響きからして、なんとなく…治せそうな気はするんですが…駄目なのでしょうか?」
「ああ…治せるものも、幾らかはあるんだけれども」
「ならば…なぜ?」
「………私の病気が、生まれた時からのもの…つまり、持病だからなのよ」
「はぁ…」
「ああ、つまりね。精霊魔法とは…基本的には、この世界を司る…『地水風火』の力を利用してるのだけれども、つまりその力の根底に、『有る物を在るがままに保つ』という働きがあるの」
「…はい」
「だから…『自然』でないといけないの」
「『自然』…?パチュリー様のその状態は、あまり『自然』とは言わないのでは…?」
「ううん、私にとって、喘息の状態であることが、『自然』な状態なの」
「!」
「………持病だから、なのよ」
そう言って苦笑したパチュリーの表情は、まるで物事をこうだと割り切った様な、諦めきったかの様な…そんなものだった。
普段、無表情であるからこそ…パチュリーにとって、喘息がどういったものであるか等…知りうる術も無かった。
そして、無表情であるからこそ、別段、何も気にして無いかのように見えていたのだ。
…意図してか、意図せざるかはわからないが。
「私があんな変わった魔法を使う理由は…ああして、バランスを保っているからなのよ。…でないと、精霊たちに怒られてしまうわ」
ああもう、何てことだろう。
今日と云う日は。
なんて。
なんて。
表面上、いつものメイド長としての無表情を保ってはいたが、咲夜はとても動揺していた。
「ちなみに、ここに良く来る白黒や人形遣いは…多分、黒魔法ね。二人とも。黒魔法なんて、闇の魔法と類属だし…はぁ、まったくもう、この幻想郷に白魔法使いはいないのかしらね…?」
「…パチュリーさま」
「ん、なに?」
溜息を落としていたパチュリーがこちらを向いた。

咲夜はその時、刻を止めた。

「パチュリー様…ああ、なんて…」
周囲の全てが刻を止められている。
咲夜は机に身を乗り出した。
そうして、自分の唇を、彼女のそれに押し当てた。
刻が、止まっているから。
パチュリーからは何の反応も返らない。
しかしそれでも咲夜はパチュリーの頬に手を当て、じっとパチュリーの瞳を見つめる。
「私が…白魔法使いだったら良かったのに………いえ、別に白魔法使いでなくてもかまわない…パチュリー様や、お嬢様と同じく…長い刻を共に生きられたのなら」
咲夜の頬に、一筋の光の雫が零れ落ちた。
「きっと…こんな、こんな……延々と続くような、お辛い気持ちを…少しでも和らげて差し上げられたかもしれないのに」
「お嬢様の悲しい我侭も、パチュリー様のお辛い運命も…全部、全部私が…癒して差し上げて……」
ぐしっ。
音を立てて鼻をすすると、咲夜はメイド服のスカートのポケットから鏡とハンカチーフを取り出し、自分の顔を元通りに整えた。
…少し、化粧も剥げてしまった。
それも直す。
「………今の私にできることは、只お話を聞いて差し上げるだけね。そして…パチュリー様の身の回りを、出来るだけ綺麗にすること」
埃の一つたりとも残してはいけない。
ひいてはパチュリーの喘息予防に繋がる為だ。
「…さて」
咲夜はあれこれと作業をしてから、また元のパチュリーの向かいの席に戻る。

刻が動き出す。

「パチュリー様。紅茶が冷めてしまいましたので…只今刻を止めて新しく入れて参りました」
「まぁ、ありがとう。…その能力、とても便利ね。あなたに良く見合った能力だわ」
「…ええ、全くです」
そうして咲夜は、今日始めての仕事用でない微笑を浮かべた。




*…………………POSTSCRIPT…………………*

パチュリーと咲夜のCPだなんて、珍しいものだと思いますが。
咲夜さんは普通…おぜうさまとのCPが多くて、パチュリーは、魔理沙とのCPとかが多い。
なぜ、この二人なのか。
それはですね…

…とここで、その理由をつらつらと書き述べようかと思っていましたが。
思ってみれば、それは小説本文で語るべきことであり…後書きで書き足すものではない。
…そう思ったので、それはまた、別のお話で語ろうかと思います。

とりあえずこの咲夜さんは…紅魔館がとても大好きみたいです。
パチュリーのことも…そして、レミリアのことも、とても大切に思ってるみたい…。
「お嬢様の悲しい我侭」と云うのは…ああっ、これもまた、本文で語り損ねた物語の残骸っ!
うう…紅魔館話、もっと深く掘り下げて…また今度、何らかの形でお話しませうか…。

書いたのは…実は結構前のことだったりするのですが。
この話を書いたことにより、咲夜さんとパチュリーさんを好きになりました。
書き出したキッカケはもう忘れましたが…なぜだかちょっと、印象に残ってるお話。

 2008.05.11 真白茶飴

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