その手を振り払う勇気

「い…一体、それはどういう意味、なんですか…?」
「そのまんまの意味だよ。

僕は、君とはもう一緒にいられない。

だから、さよなら」
「クゥさん…!!!」

雨の中
捨てられた子犬の様な瞳で縋るトキ

もうそれ以上視線を絡ます事ができなくて、僕は目を反らした。
トキが、さよならと言いながらも、今まで二人で過ごしてきた小さな家の前から足を動かす事の出来ない僕を見、
急いで側に駆け寄り、逃がすまいと雨に濡れた僕の身体をぎゅっと抱きしめてきた。
…僕は、どうしてもトキから離れなくてはいけない。

紋章が、トキを襲った。
僕の大切な人を奪うことで僕から抵抗する力を奪い、そうして僕を自らの色に染め上げようと…
紋章に、支配される。
僕が、紋章に屈して…それで、この紋章が僕を足掛かりに世界に干渉しようとし始める。

駄目
そんなことをさせては いけない

トキが僕に、何かを求めていた事を知っていた。
そして僕もトキに、何かを求めていた。
お互い、頼り切っていたのは、わかっていた…
これ以上に、愛する人はこの世界のどこを探したっていないって事も。
そして、今例えこの手を離してしまっても、絶対に互いを忘れる事等できないこの心を。

トキの顔に、自分の顔を近づける。
頬に流れた水は、雨か、それとも別のなにかか。
雨に濡れて判別に付かないそれを更に誤魔化す様に、唇をトキのそれにゆっくりと触れさせると、一瞬驚きに身体を強張らせたトキの隙を付いてさっと腕からすり抜ける。
「………トキ」
「嫌です。そんな理由で…貴方を手放すだなんて、そんなことはできない」
すり抜け様に素早くも掴まれてしまった自分の手を見て、僕はどうしようもない気持ちにかられる。
胸が、締め付けられる。
「貴方のその紋章が僕を襲った時、僕の紋章はそれを抑えた…貴方だって見たでしょう?僕の『盾』は、貴方の『死』の力を包み込む事ができる」
ゆっくり、ゆっくり僕を諭す声が、じわじわと僕の決意を解す様に心に忍び込んでくる。
僕が少しずつ、身体を震わせ始めるのを見て、いつもの様に強引にはせず、らしくなく、静かに、微笑んで。
「…いつまでも僕が、貴方を守ります。だから…お願いです、ここから…僕の側から、離れていかないで下さい」
『裏切られる』事や『離れられる』事が何よりも嫌いなトキ。
…まだ、ジョウイ君が君たちから離れて行った時の事を、心の傷に持っているんだね。
僕が紋章を、いつまでも怖がっている事と同じ様に。
「トキ…」
ごめん。
ごめんね。

ゆっくり、ゆっくりと
名残惜しむかの様にトキから手を、離していく。
でもトキはやっぱりそれを許してくれなくて、手の離れた一瞬に、僕の手をもう一度追いかけて握りしめようとしたものだから。


「クゥさんっっっ!!!」
「さよなら…っ」

振り払って駆け出した僕は、もう二度と後ろを振り向きはしなかった。

おかしなもんだね。
そもそも、君が僕の手を振り払ったあの日から、君と僕の関係は始まったというのに。
僕は君が好きなことを、その時すでに自覚していたから、僕は哀しくて君から逃げ出した。
君は僕が好きなことを、その時まだ目を反らしていて気付かなかったから、君は意地になって追いかけて来た。
そうして結局、君の強さを僕は信じた。
…でもやっぱり、僕は僕を信じる事がいつまでもできなかった…
いつか…そう、いつか。
僕が僕を信じる事が出来る日が来るならば…
君と、もう一度…共に笑い合って暮らせる日々が戻ってくるのだろうか。
その考えはー…途方も無く、遠くに感じられた…

 『

人と、一緒にいたくない。
だから僕は一人旅を続ける…

人と一緒にいれば、寂しくはない。
安心するし、不安にならない。
でも一緒にいることはできない。
…この右手の紋章がいつかは殺してしまうとわかっているから。
人が死ぬのを見るのは、一人で居ることよりも苦しい。
だから僕は人と一緒に旅をしない。
不用意に人に近づかない…。
寂しい。
苦しい。
…でも、人を殺すときの悲しみに比べたら、こんなこと…
僕はもう、誰も殺したくはないんだ…


 』


*…………………POSTSCRIPT…………………*

クゥの裏切り…離反…家出…離別…逃亡……
もうどんな言葉で表せば良いのかわかりません。

これは『君のうなじにくちづけを』より後々の方の時間軸の話です。
2〜3の間かもしれないし、もしかしたら3以降の話かもしれない。
確実に言えるのは、『君のうなじに〜』の後、何年間はトキ、ジョウイ、ナナミは三人であちらこちらを旅しました。
そしてきっかけは…また別の小説で書くとして、トキとクゥはいつしか一緒に暮らし始めるんです。
これは暮らし始めて、いくらか歳月が経った頃のお話です。

幸せだった時期に、突如起きた紋章の暴走。
しばらくが平和で、穏やかな日々に漸く慣れてきた頃でした。
クゥは怖くなって逃げ出します。
手に入れた幸せを、自ら投げ打ってでも、クゥはトキの側から離れようとするんです。
そうして始まった、クゥの旅…
果たして幸せは、本当にクゥに戻ってくるのでしょうか。


最後の『』内は、クゥが旅をする理由です。
本当は…このお話とは全くの関係が無い文でした。
でも、このお話しを書いた時、ふとちょっと前に書いたこの文章を思い出しました。
どうにもこのお話とは無関係と思えなくて、結局一緒にしてしまいました。

本当は…クゥの話は、真白は『君のうなじに〜』でもう終わったものだと思っていました。
ルティルやニィリが生まれましたし、クゥの話は、もう書けないんだな、って…なんとなく悲しく思っていました。
でも、旧サイトが更新を停止してから幾月か経って…急にこの話が思い浮かんだのです。
だからこれからも、真白はクゥの話を書いていこうと思っています。
きっとこの話は…真白にとっても、クゥにとっても、始点なのだと思います。
クゥのストーリーの、第二章…なのでしょうね。
きっといつか…答えを見つけて欲しいと思います。
そして勿論、トキの話も。

どうかこれからも、この二人の話に付き合ってやって下さいな。


『せつない30の言葉達』…「14 その手を振り払う勇気」より。


 2007.04.02 真白茶飴

*……………………………………………………*

↓この小説を裁く。
すっごく面白かったよ!
ku

うん、面白かったよ。
ku

ん〜普通かな?
toki

微妙(汗)
toki

さいあく
luc

よろしかったらチェックボックスにチェックを入れ、「裁き!」を下してやりましょう(笑)
感想は書いても書かなくてもOKです。