砂時計
さらさらさら…
知らぬ間に落ちる砂時計
ルカとの時間は 砂時計だった
「………ルカ」
「治って良かった、お前の拒食症」
「……」
黙ってルカに擦り寄る。
其の常なら無表情な顔が、僅かに綻ぶ。
ルカも其れを見、普段キツい目元をふっと少し緩ます。
「この栖(すみか)には、俺の息の掛かった侍従しか寄越さない。…侍従の持って来た食事を、必ず食べるんだぞ、ルティル」
髪を梳かれて気持ち良さげに目を細めてコクリと頷く。
「…後は…食い過ぎるなよ。拒食症の奴は…過食症に転化する恐れがある。…綺麗なお前の姿が太る所なんて、正直俺は見たくない」
はっとして、ルティルは其の綺麗に弧を描いた眉を顰ませ
「なら、食べない」
それだけ口にして急に無表情になり、俯く。
「ち〜が〜う………!!何度言えばわかるんだ、お前は!折角俺が治した拒食症を、またぶり返させるのか!?それは絶対に許さんからなっ!!」
ルカが本気で怒るとルティルは無言でルカを見つめる。
ルカがまだ次に話そうとしている事があるということを、ルティルはわかっていた。
「はぁ…とにかく、侍従が持って来たものだけ食べていれば良いんだ。お前の食生活が安定するまでは、間食も控えろ。…俺の言う事、聞けるな?」
「…わかった」
無表情ながらも、真摯な瞳でルカを見る。
まだ会ってから一年と経たないが、それでもずっとルティルを見ているルカにはその瞳の意味がわかった。
ルティルは口で自分の感情を語りたがらない。
しゃべることすら、罪であるかの様に。
「仕様も無い奴だな…」
溜め息を付きながらも、ルカはどこか嬉しそうにルティルに口付ける。
それは、すでに決まっていた事だった。
星詠みなど、レックナートに弟子入りしていたルックとは違い…ルティルには出来る芸当ではない。
ルティルは知らなかった。
この時間が、限られた僅かな幸福だった事を。
ルカに出会って 感情を覚えた
幸せを 覚えた
愛される事を 知った
愛する事を 知った
人を愛するという事がこんなにも幸せだという事を
これまでの人生 いかにして知る事ができただろうか
母上は死んだ
テッドも死んだ
グレミオも死んだ
父上も死んだ
マッシュも死んだ
…すべて 僕のせい
僕には、何もない
あるのは只、罪と科せられた義務、罰、のみ。
運命は天運であり
従うべきもの
逆らわざるもの
ルカは明らかに天運に逆らう者だった。
誰一人として、ルカのやり方を喜びはしない。
だがルカは、決して己を曲げようとはしない。
その、強さに、僕は惹かれた。
…今までに無い、心の躍動。
みたことのないひと
みたことのないちから
みたことのないつよさ
ど う し て ?
…教えて。
貴方が知りたい。
ルカ。
貴方を教えて。
…そして、貴方の側に、そのちからで僕を捕らえていて…
ルカは、何でも持っていると思った。
ルカの側にいれば、僕は僕でない、別の何かになれるかと思った…
さらさら
さらさら
時の砂は落ちていく。
知らぬ間に、知らぬ間に、落ちていく…
僕はやはり、僕でしかなかった。
夢の時間は終わりを告げた。
ルカは死んだ。
ルカの側にいた僕は死んだ。
…僕は、元の僕に…いや、それ以上に醜悪な存在へと、自ら堕ちゆくのを…感じずには、いられなかった。
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旧サイトでも、ちらほらと、姿を見せていた坊っちゃん…ルティル。
彼は…こんな人です。
精神病で、本人がそうと気付かないうちに、知らず知らず、どんどこ悪くなって行きます。
このお話で書いてある、拒食症も…知らず知らずのうちにかかっていた、そんな感じでした。
この子は…何時まで経っても、自分が悪いって考えを、頑固にも持ち続けるんです…
『せつない30の言葉達』…「9 砂時計」より。
2007.04.02 真白茶飴
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