スクリュードライバー


夜半に一人、査定に向けて専門書と格闘しながら。
ふと、暖を取ろうと思い、壁際の暖炉に向かって指を鳴らした。

我が能力ながら、こういう時に指二本で済むのは非常に便利だと思う。

頭の片隅でそんなことを考えつつ、
体の中からも温まろうと思って酒類の入った棚を見る。

なんとなくウオッカと目が合ったような気がした。
(瓶に目は無いんだから、そんな事あるわけないんだが、何故か。)
唐突に、冷蔵庫の中に、鋼ののために買っておいたオレンジジュースがあったのを思い出す。


…カクテルも、悪くないか。

私は別に、酒は何が何でもストレートで、という方ではない。
美味しく飲めればそれでいい。

結局、ウオッカをオレンジジュースで割って、スクリュードライバーを作ることにした。



「こんなもんでいいかな」

見よう見まねではあるが、バーテンダーがしていたやり方を思い出す。
グラスに氷を入れ、二つの材料は適量で。

とりあえず作るだけ作り、ウオッカとジュースの瓶をしまう。
机に戻り、グラスを手にとって一旦休憩。
オレンジジュースの色がグラスの中で輝いている。


グラスの中身が半分ほどなくなったところで、再びペンを片手に本に取り組む。
しかし、よほど没頭していたらしい。
背後に近づく気配に気づけなかったのは致命的だった。



「大佐?何してんの〜?」

さすがに軍関係の施設に泊まるのも飽きた、と言うエドとアルを、今日は私の家に泊めていたのだが。

「まだ起きていたのか?子供はもう寝ているとばかり思っていたが…ってこら、鋼の!」

鋼のがいきなり、背後から現れて、
机の上にあったグラスを取り上げ、一気にあおったのだ。

これにはさすがに私も青くなる。

「エドワード!大丈夫か!?」
「え?何が?」
「何がって…今君が飲んだのはカクテルだぞ!酒は飲んだこと無いだろう?気分は悪くないか?脈は?」
「え…あ〜、あれ、酒、だったん、だ。
 どーりで、大佐がオレンジジュースなんて、珍しい、と思っ、たん、だよね」

既にろれつが怪しくなっている。
そうか、鋼のは酒に弱かったのか。
もっとも、ベースになっているウオッカが強い酒だという事もあるだろうが。

最悪の事態になってしまった現状で、ふと、自分の集中力を呪った。
軍人たるもの、家の中とは言っても、背後の気配に気づかないとは何たるミス。



とりあえず、一旦寝室に連れて行き、寝かしつけなくては。
まだ具合が悪そうな様子はないが、この分だと今夜は付きっ切りで様子を見なければなるまい。


ため息をつく私の横で、アルコールを摂取して体温が上がったのか、やたらと赤い顔をしている鋼の。
その姿は大いに扇情的で…




…まぁ、具合の悪そうな人間を襲うわけにもいかない。
とりあえず理性をフル稼働して感情をコントロールさせる。



「ん…大、佐…」

弱々しく私を呼ぶ声がした。
見ると、鋼のが私の寝間着の裾をしっかりと掴んでいる。
その手をとって。

「どうしたんだね、鋼の」

声を落として尋ねてみれば、ほっとしたように笑って。

「大佐、今夜、は…ここにいるん、でしょ?」
「まぁ、飲ませてしまったのも私のミスだからな。放り出しはしないさ」
「そ…」

頼りない笑みを浮かべ、それでも私の手は離そうとせず。
じーっと私の目を見つめてくる。


自分の中で、何かが限界に近づいてきているが、この際それは黙殺せねば。
15歳なりの表情を見せている鋼のを、怯えさせるわけにもいかないだろうから。


何かを諦めて、鋼のが訴えるとおり、彼の隣にもぐりこむ。
色々と思うところがあってセミダブルのベッドを買ったのだが、彼が細身のせいか、私と彼では狭いと感じない。

彼の方を向き、ゆっくりと金の髪に指を通す。
要は頭を撫でているわけだが。

いわゆる、子ども扱いを、彼は普段非常に嫌がる。
それが子供なんだが、などと言えば、口も利いてくれないほど不機嫌になる。
そういう行動が可愛い、とまで言えばさらにドツボなので、さすがに言ったことはないが。

今日は、大人しく撫でられるがままになっている鋼の。
反抗する気力もないのか、珍しく撫でられても良いという気分なのか。
撫でるたびに「ふにゃ」と、何だか猫のような声を上げる。

「鋼の…」

可愛さのあまり、つい、呼びかけてしまうと、とろんとした目が私を捉えた。

「何…?ロイ」
「…いや。ゆっくりお休み」

驚きは声に出ていなかっただろうか。
あまり自信がない。
しかし、顔に出さなかっただけでも上出来ではないだろうか。


…そうか。鋼のは普段、私を心の中でロイと呼んでいるのかもしれないな。


ばくばくと音を立てる心臓を鎮めようと、しばし思考に耽る。
予想外の事態が、一晩で二つも起こるなんて。

「二度あることは三度ある」というが、これ以上何か起きたら心臓に悪すぎる。
14も年下の、しかもまだ未成年の少年に邪な思いを抱いた罰だろうか。
だとしたら私は、これから一生、罰を受け続けねばならないことになるのだが…

…まぁ、一日に二つの罰くらいで鋼のと付き合えるなら安いものだ。

即座に立ち直ってみた。
このくらいで鋼のを諦める私ではない。






何だか、自分の心に焔がついた気がした。
今はまだオレンジ色の、しかしやがて、赤く、そして青くなり、徐々に熱く燃えさかっていく焔が。





焔の温度は、緑→オレンジ→赤→青の順で高くなるんだったかなー、と。
小学生のころの聞きかじり知識なんで、あまり信用しないでください。
もし「ちゃうやろ」と思ったら、ツッコんでくださいませ。
背景の色イメージは、スクリュードライバーの色です。
要はオレンジジュースの色ですが。


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