Night before Light 一宮由香 目の前に広がる光景に、私は思わず目を疑った。 珍しい。 私が出勤する前に大佐がデスクに就いていて、 始業時間前だというのにもう書類を読んでサインしている。 本人が聞いたら、私のことを何だと思っている、と言われそうなセリフだけれど、 そこはそれ、普段の御自分の態度を振り返ってもその言葉が言えますか? と切り返せばいいだけのこと。 大佐は真面目にしていればとても頭はいい人だから、 やぶへびになるのを察して、それ以上は突っ込んで来ないはず。 午前9時。 とにもかくにも、勤務時間の開始を知らせるベルが鳴って、 私も大佐の机にある処理済みの書類の束を手にとってチェックし始めた。 既にそれはそこそこの厚みになっていた。 午前11時。 いつもならこの辺で大佐の集中力が途切れるから、と思い。 コーヒーを入れに席を立とうとすると、当の大佐から声が掛かった。 「ホークアイ中尉、今日はまだ大丈夫だ。 それより、処理済みの書類箱が一杯になってきたから、そっちを頼む」 「(…!?)はい」 やはり、今日の大佐はおかしい。 私が何も言わない内に既処理の箱が一杯になったことなんてほとんどない。 一応、査定の時と、あとは年末に数回あっただけのはず。 本当に、どうしたんだろうか。 正午。 いつもの数倍のペースで仕事が進んだので、今日はいつになく穏やかに昼食を取れる。 いつもは食事の時間も惜しまなければならないほど仕事が残っているから。 『午前中までに終わらせておいて下さいと言ったはずですが?』と、 一体何度言わされたことだろう。 などと頭の片隅で考えながら、その原因に付き添い、食堂へ向かう。 食堂では、既にあらかた仕事を終えたハボック少尉達が談笑しながら昼食を摂っていた。 入口をくぐった私達を目敏く見つけ、手を振る。 「珍しいですね、大佐と中尉が食堂に来るなんて」 普段は来る暇もないほど忙しいから、オレ達にメシ持って来させるのに。 軽口を叩いた少尉が大佐に小突かれているのを横目に、私はトレーを二枚手に取る。 気付いた大佐が小走りに駆けてきた。 「さて、何が良いかな…」 「午後もあのペースで仕事をされるのですか?」 「勿論だ。今日は何としても定時に仕事を終わらせたいからな」 やけに張り切っている様子の大佐に、 くれぐれも無茶をし過ぎることのない様にクギをさして。 「そうですね、脳で消費されるエネルギーはブドウ糖だけですから、 パンは避けた方が宜しいかと」 「なるほど。じゃ、これにするか」 言って大佐が手に取ったのはカレー。 しかし単品で、そのままレジに向かおうとする。 あまりに幼い判断に、軽くめまいを感じる。 午前の仕事中とは違い、安心するほどいつもの大佐だ。 「…大佐、そんな子供みたいなメニューはどうかと。 せめてサラダくらい付けた方が」 栄養偏りますよ、ため息と共に指摘すれば何だか情けない顔で。 特に野菜が嫌いというわけじゃないんだが、 この食堂には私の好きなドレッシングを置いてないから 素味のまま食べることになるんだよな、とボヤき。 しかしそれ以外にはこともなく、食事を済ませて。 執務室に戻る時、少尉に 「中尉、今日の大佐は絶対定時に仕事終わらせますよ」 と言われて。 一体今日は何でそんなに大佐が張り切っているのか、 その理由を知らないかと聞いてみたら。 「…中尉、それじゃあいくら何でも大佐が可哀想ッスよ」 と、遠い目で言われてしまった。 午後2時。 急に上がってきた本日付けの経理書類を、いともあっさり大佐は決済して。 普通なら一言「面倒だ」と言って、 その日の定時ギリギリまで手を着けないのに、この変わり様。 やっぱりおかしい。 私は何か、大事なことを見落としているのかしら? 今日の午前中の仕事で、 年内にどうしても終わらせなければならない書類は7割方片付いたし。 いつもなら月末までに終わらせなければならない仕事は、 末日の定時までに終わらなくて結局私が手伝っているのに、 今日はそれもなくて。 まぁ、例年12月下旬になると猛スピードで仕事を片づけだすのだけど、 用はその例に漏れずって事…よ、ね…? そこまで考えて。 私はやっと、自分の思考の至らなさに気付いた。 昨年も、一昨年も。 どうして大佐があんなに熱心に仕事をしていたのか。 ハボック少尉の言った、「大佐が可哀想」という言葉の意味。 その答えは今、私の眼下にきらめいていた。 午後7時。 大佐のやる気が実って、無事定時に仕事が終わった。 私としても助かることこの上ないが、 それより嬉しそうな大佐の様子に思わず笑みがこぼれてしまった。 嬉々として私に話し掛ける。 「ホークアイ中尉、これから一緒に夕食でもどうだ?」 私は、仕事中は、と着けているバレッタを外して。 「えぇ、喜んで。クリスマスくらいは、特別ですから」 いつもは断る食事の誘いに乗り、一言付け加える。 「今日は車で出勤しましたから、お酒は外でなく大佐の家で飲みたいですね」 「構わないが、帰さないよ?」 「そのつもりです」 飲酒運転はしませんよ、と言い。 それなら思いっきり強い酒を飲んでも大丈夫だな、 と確認を取る大佐と笑い合って。 先程執務室の窓から見えたイルミネーションの中を、 雪は降っていなかったけれども、寒さのせいにして寄り添い、店へ向かった。 すごく甘いですね、最後。 最初はホークアイさん思いっきりボケで、 大佐が報われなくなりそうだったんで、急遽この路線に。 結果として巧くいったんじゃないかと思っていますが。 実は、ソースを開くと天然系ツッコミのホークアイさんが見れます。 ただ、大佐限定にすごく辛口ですけどね(笑)。 これも愛です。 では皆様、ここまでお読み頂きありがとうございました。 '03.12.23 一宮由香 拝 |