04 傷の舐め合い


人は誰しも、過去の出来事に起因する傷を抱えているのではないだろうか。

少なくとも、私ことロイ・マスタングはそうだった。

幼少の時のショックは心に大きな傷を残すと言うが、
それは大人になってから受けたものでも同じではないかと思う。
ただ、一般に大きくなってからの受けるショックが軽減されるのは、
大人の持つ予測能力によって、ショックを受けるはずの出来事が起こるであろうと察知し、
それに備えて心に壁を作っているからだ。

つまり、大人になっていようとも、
心に作った壁を軽く壊してしまうようなショックには耐えきれず、
傷を残してしまうということだ。


図らずも、いや、かなり不本意ではあるがそれを身を以て体験してしまった私は、
自分が自分である理由に疑問さえ覚えた。

勿論、それは抱き続け、意識し続ければ自己の崩壊を引き起こす。
私はやはり、目的があるからこそ今の自分でいるし、あの時もまた、あの時の自分でいたのだ。

だから私は、未解決の問題であることには目を瞑り、
自分が見据えるべき方向へと目を向けた。



ひとりの、私に傷のことを思い出させる人間に出逢うまでは・・・






「よぉ大佐。ご機嫌いかが?」
「…ほう。君の目には、機嫌の良い私が映っているとでも?」
「自分のせいだろー。またサボりまくってるって、中尉から聞いたぜ」


軽口を叩き合えるのは、対等だと認め合っている証。
彼と私との関係は、その様な感じで過不足なく表現されるだろう。

山脈のように(山のように、では済まない量だ)積み上がった書類の向こうに、馴染みの顔を見つける。
穏やかな昼下がりに、ホークアイ中尉に通されて私の執務室までやって来た少年。
私と同じく国家錬金術師だというのが信じられないくらいお子さまな外見だが、
実のところ、錬成の腕前は私を凌ぐ。
ただ、軍人として何度も戦場に赴いた私の方が戦い慣れしているから、今はまだ勝てるが。


「ところで、何の用だね。
 まさか冷やかしに来たわけじゃないんだろう?」


書類をチェックする手を止め、椅子に座るよう促す。

この椅子は、以前からこの部屋にある椅子より一回り小さめで、
彼がこの司令部によく顔を出すようになってから買ったものだ。
大人用に設計されてある旧い方の椅子は、
彼が座るとすっぽり隠れてしまい、何だか彼の小ささを強調するようで。
私としても、そんな状態の彼を対等と認めるのがいささか視覚的に厳しく、
彼にしてもそれに気付いて不満に思っているようだったので、
私のポケットマネーから彼専用に購入したのだ。


「…や、実はさ。中尉から相談受けたんだよ」



『あのね、エドワード君。
 実はここの所、大佐、元気がないのよ。
 仕事の方はいつも通り、ううん、いつも以上にこなしてるから良いんだけど、
 どこか覇気がないって言うか・・・ね。
 でも、私じゃ相談に乗れないこともあると思うの。
 けど、あるいはエドワード君なら、と思ってね』



それは、つまり。


「何か沈んでるって言うからさ。
 いち国家錬金術師として、相談相手になれるならと思ってね」

あ、でも。デートコースだとか、そういうのは勘弁な。


わざと軽いノリで話す。
これも、私の負担を軽くするための気遣いだろうし、
それに私が気付いていることも分かった上での言葉。

本当に、ありがたいと思う。


「そうだな…じゃあ、お願いするよ。
 最近ちょっと、以前に悩んでいたことを、また思い出してしまってね」


仲間にしか話せないし、また解らないであろう悩み。
私にしたって彼にしたって、自分の意志で軍属になるのを選んだはずなのに。

――それでも時々、立ち止まってしまいそうになる。
   否、立ち止まっているのだろう、少なくとも心は。
   ただ、背負ったものがあり、背中を押してくれる人間がいるから、歩みが止まらないだけで――


「イシュヴァールの話?」


躊躇うことなく聞いてくる。
まぁ、その方が私としても話しやすいのだが。


「そうだ。
 あの時君はまだ一介の少年だっただろうが、
 私は軍人として、また、国家錬金術師であるが故に召集された。
 その後に、国家資格を返上した同僚達を見送りもした。
 それはしなかったが…やはり私も、内心、自分の在り方に疑問を覚えたよ」


鋼のが、眉をひそめる。


「でもそれって、自分を否定することだろ?
 野望があって軍に入った。
 昇進のためにも有利になるから、国家資格だって取った。
 それで、自分に疑問を覚えるなら、上を目指す資格は無いよな」


痛いが、的確に私の思っていた事を突いてくる。
この若さでそれが出来るのも、ひとえに彼の背負った覚悟故か。

それに痛ましさを覚えるのは私の身勝手と言うものだろうが、
やはりこの少年が自らの躯に刻み込んだ傷の深さには安易に触れてはいけない気さえする。
無論、そんな事をすれば彼を傷付けるだけだし、そんな気もない。
傷も含めて、彼に触れてこそ、対等に話が出来る。

それは、彼にとっても、私との付き合いの中では認識されているらしかった。
私にとってイシュヴァールでの「ある出来事」が傷となっている。
それに彼は遠慮無く触れてくる。
ただそれは、何の気無しに触れるのではなく、
私を抱きしめ、傷を癒すために、触れるのだ。

それはさながら、自らでは届かぬ傷の手当をするために、獣がお互いの傷を舐め合うような。
…もっともそれは、互いの力が必要だからこその行為であって、
決して甘やかす意味でのものではないが。



「そう、だな。…今の私は、野心家としては失格だ。
 踏み越えた屍をいちいち気に掛けていては、捕らわれてしまうな」
「そーだよっ。
 だいたいさ、大佐が言ってくれたこと、覚えてる?
 アンタはオレに『可能性を提示する』って言ったんだよ?
 それは、苦い経験も踏み越えて、それでも前に進む気があるかって事なんだろ?」
「…いかにも」

言えば、でもさ、と跳ね返ってくる声。

「そもそも、…オレにあの言葉をくれたとき、
 既に内乱が終わってから3年経ってたよな。
 その時、3年経ってたのに…って気はしないでもないけど、
 とにかくアンタは、まだ自分の問題も解決してないのに、オレを救ってくれた。
 今は、それから更に4年だ。
 それまでの間、ここ7年の間、
 ずっと、後ろめたい思いで軍服に袖を通してきたんだろ?

 だから、今度は、オレだってまだ自分の問題は解決してないけど、
 アンタを解放するために言わせてもらうよ。

 トラウマになってんのは、自分が人を殺したことを後悔してるからだ。
 でもな、それじゃ殺した人達に失礼なんだよ。
 祈って、感謝しな。
 生きている自分に祈り、
 殺した人達が、死んでくれたからこそ自分が今生きていることを認めろ。
 今を生きられることに、死んでくれた人達に、
 そのおかげで、自分が野望に近づけることに、
 …感謝しろよ」




あぁ、この少年は。
私が軍人でありながら人を殺した事を後悔している事にではなく、
私が人間兵器として人を殺したことを後悔している事を酌み取ってくれた。

心の中で、ホークアイ中尉に感謝の辞を述べる。
君の判断は正しかった。

人それぞれに抱える傷はあるだろうが、
この少年だからこそ、私を理解出来たこと。
彼だからこそ、傷の舐め合いが出来ること。

二人に、感謝せずにはいられなかった。











その日から、また私は「はつらつと、仕事を溜め込み執務室から逃げ出す大佐」に戻った。
それでも、中尉から「前の方が良かったかしら」という発言が
聞かれないほどには、私は好かれ、心配されているらしい。

鋼のには「しばらく来なくて良いだろ?」と言われ、
やや淋しい気がしないでもないが、
それはそれで、私がもう心配ない状態だと判断してのことだろうから。

いつも通り、「私の所轄内で変な事件に巻き込まれないでくれ」とだけ言って送り出す。


とにかく彼のおかげで、
戦闘終了を告げる狼煙を連想させて苦手だった列車の煙も、そう厭わなくなった。


イシュヴァールの地で、自ら起こした焔で多くの命を奪った私の目に、
それは、終戦の狼煙は、何とも残酷に映ったものだったが。


過去を忘れないことと、過去に捕らわれることは違う。
彼の教えてくれた事を胸に、列車の煙を見送った。









ロイエド?
微妙です・・・。
多分、対等な関係で、国家錬金術師としての仲間。
それ以上の関係では、まだ、ないです。
多分、これから。


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