10 追い詰める


「観念してください、大佐」
「嫌だね!」
「嫌、ではありません!今日こそきちんと…」

言いかけたホークアイの目に、光が数条疾る。

「…しまった!」

と言っても既に、後の祭り。
さっきまで無機質な壁だった所には、大きな扉が出来ていた。
そしてまた、その扉を囲むように、光が疾る。

そこにあった扉は跡形もなく消え、元通りの壁が現れた。


しかし、ホークアイはもはやそれを見てはいなかった。
隣の部屋に逃げ込んだはずの、
そこからさらにどこかへ逃亡しようとしているはずの上官を追って、部屋を飛び出した。






「見つからないわね…」

25、6の若さで大佐になってだけあって、マスタングは至極キレ者だ。
自分を追いかけているホークアイの行動パターンもお見通しなのだろう、
いつも逃げ込んでいるはずの場所を探しても、一向に見つからない。

「裏を掻かれている気がする…」

もっとも、そのマスタングの補佐兼護衛を務めているだけあって、
ホークアイの思考回路も中々のものなのだが。

『多分、普段の自分の行動パターンを逆手にとって動いてるんでしょうね。
 いつもは屋上か、資料室か、庭みたいな人気の無い所にいるんだから、
 今回は人の多そうなところを当ろうかしらね』

ふと思い立ち、食堂へと足を向ける。
すると、はたして。





「…大佐」
「やぁ、中尉」

いともあっさりと、マスタングの姿を見つけた。

「結構早かったね。今回は裏を掻いたから、もっと時間が掛かるかと思ったんだけど」
「いつもの場所を探してもいらっしゃいませんでしたから、発想の切り替えをしてみたんです」
「さすがだな。それでこそ私の補佐官だ」

当然でしょう、このくらい出来なくては貴方の傍には居られません。
とは、口には出さずため息だけで表現して。
ホークアイはマスタングの隣に腰を下ろした。

「しかし、珍しいですね、大佐が食堂で昼食をとられるなんて」
「なに、たまには良いだろうと思ってな。
 最近は忙しかったから、こうしてゆっくり食事も出来なかったし」
「…そうですね」

私がもっとしっかりスケジュール調整をしていれば。
そう反省したホークアイに、マスタングが笑いかける。

「君は悪くないよ、ホークアイ中尉。悪いのは、いつも逃げ出す私なのだからね」
「ですが…」
「いや、君に非は無いよ。いつも探しに来させる私のせいだからね。
 …そうだな、私も一旦、君のように真面目に仕事をしてみようかな」

それで君の負担が減るのなら、ね。
にっこり笑って、ホークアイの頭を撫でる。

なんだ、この人は分かってくれているんだ、
そう感じてほっとしたホークアイは、一応撫でられたことに抗議はせず。

「では、私が大佐を追い詰める時間が減った分は、一緒にゆっくり昼食でもいかがでしょうか?」


願ってもない申し出に、マスタングの顔が輝く。
それを見ながら、ふと、ホークアイはある事実を思い出した。

「ところで大佐」
「何だね?」
「お喜びのところ大変申し訳ないのですが、
 今日は追跡もあった上こうしてゆっくり食事もとってらっしゃいますので、
 確実に、定時までには仕事は終わらないかと存じます」
「…ふふ、それもまた良し、さ」
「……?」

なにか下心があるに違いない。
警戒するホークアイの横で、マスタングはうきうきしていた。


ホークアイに追い詰められるか、仕事に追い詰められるか。
どちらにせよ、その間はホークアイの時間を一人占め出来る。
さぁ、何時まで仕事を引っ張れば、ホークアイと二人きりになれるかな?

マスタングの良からぬ考えが今、ホークアイの横で着々と進行して行った。










後日。
本人にしては記録更新ものである1ヶ月連続定時終了を成し遂げたマスタングは、
無事昼だけでなく仕事帰りのデートに中尉を誘うことに成功した。


「やっと誘いに応じてくれたね」
「まぁ、努力が長続きしたご褒美ですね。
 おかげさまで私もずいぶん仕事が楽になりましたから、余裕が出来たんですよ」


仕事場では見れない、ホークアイの極上の笑顔を眺め、マスタングは心の中で快哉を叫んだ。

『これで、残業でギリギリまで粘らなくても、中尉との二人きりの時間が手に入る!』




その後も、ホークアイとのデートのために仕事に勤しむマスタングの姿が見受けられた。
しかしある日、夜勤明けのF曹長(本人の希望により仮名)は聞いてしまった。

「これで、やっとマトモな仕事が出来るようになりましたよね」
「本当に、ここまで手懐けるのは大変だったわ。
 追い詰めてるんだか、追い詰められてるんだか分からなかったもの」

その声は確かに、自分と同じ上官についているH少尉とホークアイのものだったとか。



企み型ホークアイ中尉。
作戦を考えたのはハボック少尉です。
きっとこの手が、一番大佐には利くだろう、と。
大正解、ということで。

もっとも、うちの大佐は非常に耳が良いので、
中尉が小さく「…ロイ、戻ってきて」と言えば戻ってきます(笑)。
でも中尉は、仕事場ではファーストネームを呼びたがりません。


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