「…これでどうだね」
「ええと…はい、結構です。これで今日の業務は終了ですね」


11 生む


「やれやれ。もう10時か」

定時に終われば7時までだったんだがなぁ。
ボヤくマスタングの言葉を捉え、ため息と共に言葉を吐き出すホークアイ。
刺すように冷たい風が疾り、空気の澄んだ夜空には既に星々が瞬いている。

「大佐が執務室から逃げ出さなければ、あと1時間は早く終わっていたかと」
「人生には休息も必要だ」

悪びれることなく言い切るマスタングに、
貴方の場合は休みすぎでしょう、とは言わず。

「確かにここ最近、何かと忙しくなってきましたからね」
「…無言の圧力というワケか?その視線は」
「分かっているのでしたら私にも仕事を定時で終わらせて下さいませんか?」

マスタングの仕事が終わらなければホークアイも帰れない。
わざわざ最大限勤務のシフトをマスタングのそれに合わせているのも、
自分が見張っていなければきっと仕事をサボるだろうから、という心配があるからこそ。
次の日に出勤した時、机の上に山積みになっている書類を見るのは心臓に悪いのだ。
忙しくなってきたのだから無駄な手間は省かせないでほしい、という切実な願いは、
果たしてマスタングに届いたのかどうか。


「…善処する」
「どうぞよろしくお願いします」

深々と頭を下げてマスタングにプレッシャーを与える。
いつもの事ながら、手の掛かる上官なのだ。


「それにしても」

白い息を吐き出しながら、ホークアイが呟く。

「雪でも降り出しそうな寒さですね」
「まったくだな。仕事に追われている間に、こんなに季節が進んでいたとは」

前回、時間をとって市街視察に出た時はまだ、ほんの秋口だったと思ったんだがなぁ。
妙に年寄りくさい感想を述べながら、小さく肩を振るわすマスタング。
それを見て、ホークアイは自分が付けてたマフラーを外しマスタングに巻く。
平気そうな顔のホークアイに対し、慌てたのはマスタングだ。

「中尉、それでは君が寒いだろう?私のことはいいから」
「ですが、大佐に風邪を引かれては困りますので」

まだ当分、大佐のされるお仕事は片付きそうにありませんし。
イタイ一言を付け加えてマスタングを黙らせると、にっこり笑って言った。

「ご心配でしたら、明日の朝一番で私に電話を下さいますか?
 すぐに取って、元気だと証明してみせますよ?」
「いや、そんなことをする必要はないよ」

緩く頭を振って。
ホークアイを引き寄せるマスタング。

「今日はこんなに遅くまで仕事になると思ってなかったから、車での出勤ではなくてね。
 君は車で来ていたようだし、もし良かったら私の家に泊まっていかないかい?」
「貴方を送るついで、というわけですか…良いかもしれませんね。
 私としても、明日一緒に出勤すればいいわけですから、貴方の遅刻を心配せずに済みますし」
「じゃあ決まりだ!」

嬉しそうに、ホークアイの額に唇を落とすマスタング。
ホークアイとて、自分に好意を持っているこの男の下心を知らないわけではないのだが。

「軽く、何か飲みたいところですね。こんなに寒いと、体の中から暖まった方が良さそう…」
「そうだな、家にブランデーがあったはずだから…」
「…大佐」

突然言葉を遮り、じーっとマスタングの目を見つめるホークアイ。
これはいつも彼女が誰かを問い詰める時のやり方で、もれなく嘘偽りの無い答えが返ってくる。
尋問されているようだった、とは関係者の語るところ。
端正な顔に見つめられたマスタングもまた、何も言われない内から動揺していた。

「な、何だね?中尉」
「…ひょっとしてマフラーの話が無くても、
 私に家まで送らせて、家でお酒を飲ませて泊まらせる気だったのでは?」

飲酒後の運転を私が絶対にしないのは御存知でしょうし?
朝から車に乗ってこないのも含めて、今日はいつもより長く逃げ出す計画だったのでは?

普段なら30分ほどで見つかるはずのマスタングが、
今日に限って1時間も見つからなかったことを不審に思っていたホークアイ。
謎が解けた、という感じで、一層怒りのオーラが舞っている。

仕掛けを解明されてしまったマスタングは、
何故バレたんだろうと不思議に思いながら、それでこそ中尉だ、と変なところで納得していた。


「まぁ、見抜かれてしまった以上隠しても仕方ないね。
 まさに今、君が考えたとおりの作戦を昨夜私が立てたわけだが。…それでも、送ってくれるかい?」

柔らかな笑みが口元を彩り、目が細められる。
きっとこの笑顔が魅了した女性は数知れずだろうと、軽く妬いてしまう。
そして、自分は決してそのひとりにはならない、と。
彼の下に付いた初日に、固めた決意を思い起こして。

「言っておきますが、私が大佐に捧げているのは忠誠です。
 心から貴方に尽くしたいと思ってはいますが、他の女性と同じ扱いにしないで下さいね」
「分かっているさ。私に銃口を向ける女性など君以外にいまい」

クギを刺し、簡単にはなびいてやらない、と証明代わりにホルスターに手を掛け。
自分の動きを予測してさり気ない動きでその手を抑えたマスタングにホッとする。

――よかった。この人は、私を理解している――


安堵と共に生まれた信頼が、ホークアイに言わせる。


「明日、一緒に出勤しましょうね」






それは、背中合わせの駆け引きが生んだ理解。




結局大佐が中尉に手を出したのかどうかは不明ですが。
やはり中尉に見抜かれているところが情けないですね。
無能です。


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