「ホークアイ准尉、喜べ。イシュヴァール戦に出ることになったぞ。
 これで手柄を立てれば、中佐昇進は間違いないだろう。
 また一歩、野望に近づけるわけだ」

と、言われたその時。
貴方の目に浮かんだ、美しくて獰猛な悲しみと喜びの色を見てしまったから。

命を掛けてこの人を守らなくては、と。
切にそう思った。




24 忠誠を誓う



出征命令から3日後、私は少佐と共に前線基地行きの列車に乗っていた。

「もうすぐイシュヴァールですね」
「あぁ…君は私に付いて前線に参加するんだったな?」

国家錬金術師軍として戦闘に入る少佐。
そこに付いていくには、彼等の足を引っ張らないと判断されなければいけない。
邪魔になる様では補佐とは言えないのだ。
ただ、足手まといにならないということはつまり、彼らと同等に戦えなければいけない、ということ。
銃は人より扱いに長けていると言われたが、私にあるのはそれだけだ。
国家錬金術師という、軍の精鋭と肩を並べるほどの戦果を私が挙げるなんて、奇跡に近いことだろう。
それでも、それが出来なければ少佐の傍には居られないが…

しかしそれは、少佐の居ない所で告げられた事。
だから返事は飽くまでもソツなく。

「はい。これも補佐官としての務めですから」

けれどそんなの、思いっきり口実。
本心では、軍規に触れないことが判れば、何が何でも付いていくつもりでいた。
そのくらい、大切な人だから…。

祈るように考え事をしていると、少佐が真剣な顔で私を手招きしている。
珍しい、何事だろうか。

「准尉」
「はい」
「君にどうしても言いたい事があるんだがね」
「何でしょうか?」
「君は以前、私に忠誠を誓う証として君の全てを私に捧げると言ったな?」
「はい。貴方が、まだ士官学校にいた私に
 『私の右腕として一緒に上に喰らいつく気は有るか?』と聞かれた時ですね」






その時、私は。
民を守るはずの軍が、内乱を起こした一般人に銃口を向けるのを見て、理想と現実の境を知った。
何故自分は銃を手に取るのか、その意義を見出せなくて。

その声は、私にとって光りの導きだった。
大総統の座を狙っている、と事も無げに言ったその強い瞳に、自分を賭けたくなった。


『えぇ、是非ご一緒させて下さい。
 卒業したらすぐにでも少佐の力となれるように、全力で自分を鍛えておきます』
『良い返事だ。非常に頼もしいな。
 よし、私の生涯の補佐兼護衛を務めてもらおう』


それは私にとって、運命の時だった。


『宜しくお願いします』

自分を選んでくれた人に、一生付いて補佐する事。
それは、共に左遷されるのも覚悟の上で命を預ける事だ。
預けると言うより、捧げると言う方が近いか。
その覚悟が、この日初めて会ったというのに、出来た。


『…マスタング少佐、貴方を守るためならこの命、惜しくはありません。
 貴方の力になる為ならこの身を、どの様にでも尽くせます。
 どうぞお好きな様に使って下さい。
 私が私で在る理由を、私が軍人として銃を手に取る訳を、
 今、与えて下さったのは少佐ですから』


心の中で、そう誓って。
決意を、言葉にした。


『貴方に忠誠を誓う証として、私の全てを貴方に捧げます。
 命も、心も、運さえもです。私のものは全て、貴方のものです』
『…ほう?今日会ったばかりの男に、そこまで出来るのかね?』

からかう様に。きっと私の答えを知ってて言うのだろう。

『勿論です。一生を貴方に賭けるわけですから』
『なるほど。出し惜しみをしている場合じゃない、か?』
『はい』
『はは。君は頭が良い。ますます以って私の好みだ』

ぽんぽん、と。
決して子供とは言えない年の、私の頭を撫でる。
不思議と、それは心地良かった。

『ところで、一ついいかな?』
『何でしょうか?』










「あの話の続き、覚えているかい?」

当時の話の流れを思い出した私に、どこか楽しそうに聞いてくる。
私がそれを覚えている事など御見通しと言うわけなのだろう。

「勿論覚えていますよ。
 貴方は『私に捧げた命ならば、私の望みで何でも出来るという事だな?』と仰いましたよね」
「その通り」

その時は、何と凄い事を言われたものかと、呆気に取られた。
しかし、その続きを言ってくれなかったので、何を意図した発言なのかまでは掴めなかった。
それを、今持ち出すという事は。


「あの時の続き、ですか?」


少佐は、笑って。


「そうだ。そして、私が今から君に望む事はこうだ。
 『私の為に、奇跡を起こしてほしい』」
「奇跡…ですか?」
「あぁ」


何を言われているのだろうか、私は。
奇跡を起こしてほしい、とは。
そもそも奇跡とは、普通人の力ではどうにもならない事が起こった時、そう呼ぶのでは?
一体、どういう意味なのだろうか?


「少佐、あの…」
「出来ないとは言わせないよ?君の誓いにかけて、ね」


それは、とても無茶で傲慢な言葉。けれど。


「…!了解しました」


拒否も否定も許さぬその言葉は、それが可能だという事を知っているからこそ。
私なら、傍に居るに十分な戦果を挙げられるはずだ、と励ましてくれている。
この人は、そういう人なのだ。


「それでこそ君だ!」
「それはどうも」


わざと芝居がかった口調で話す少佐。
それに合わせれば、非常に機嫌良さそうに目を細めて。


「貴方の為に、どんな奇跡も起こしてみせます。…少佐は、何を御望みですか?」
「そうだな…」


一呼吸おいて、浮かべた笑みはあだっぽく。


「何としてでも生きて帰ってきて、功績を評価されて中佐に昇進して、
 それから中央の年寄り共を蹴落として、大総統まで昇りつめる。
 そして最後に、君とささやかな家庭を持ちたいね」
「了解しました。最善を尽くします」


この人の真意が、痛いほど伝わってくる。
自分に付いてくるのは危険だから、私自身の危険を退け、その上で自分を守れ、と。
国家錬金術師の自分に付いてくるのは、しかも足手まといにならないというのは容易な事ではないから。
その容易ならざる事を成し遂げるのは、私にとっては奇跡にも近い。
それを、奇跡を、可能にしろと少佐は言う。

でもそれは、この人なりの優しさで。
直接言葉にすることはないけど、心で分かる。


「全て叶えてくれるよな?」
「そのつもりです。ですからまず、二人で生きて帰らなくては」


貴方の願いを全て叶える為には、私が死ぬことは許されない。当然貴方を死なせるわけにも。



「マスタング少佐」
「何だね?」


目を見て呼び掛ければ、同じくらい真っ直ぐ私の目を見て声を返してくる。
この何でもない遣り取りを失ってはいけない。
失わない為に、私に出来る事を、私に起こせる奇跡を全て可能にしてみせる。

そのために私は、銃を手に取ろう。
私の全てである貴方を、守り通す。
それは同時に、いや、前提として、自分を守ることでもあるから。


「貴方には、忠誠を誓う証として私の心さえも捧げました。
 ですから、どうか私が以前心の中で決めた事を変える為に許可を下さい。
 …最初は、いざとなったら貴方を庇って死ぬ気でいましたが、それをやめ、
 私達二人しかその場に残っていなくても背中合わせで戦い、生き抜く決意に変えたいのです」
「あぁ、なるほど。それは確かに私の許可が要るな…良いだろう」





私の心はこの人のもの。
だから心変わりをするにもこの人の許可が要る。

それは例えば、彼を裏切ろうとするにも彼の許しを貰わねばならないという事。
勿論それを彼が認めるわけはない。
つまり、私は生涯彼の味方であり続ける許可しか与えられないのだ。

私は、それを承知の上で心を捧げた。
私に、この人を裏切る必要なんてないのだから。
その真意が、一生涯を彼の為に生きる決意が有るからこそ
そんな事が出来たのだという事実を、この人は理解してくれている。
それが嬉しかった。




だから私は、未来永劫に渡って誓う。

私の取る銃は、貴方を守る忠誠の銃。
それが、私の存在意義。







あの二人はイシュヴァールでも一緒に戦ってきたそうです(作者談)。
だったら、こんな話もありなんじゃないかと。


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