「あのさ、大佐」
「何だ、鋼の」
それはこの出会いがもたらした、会話。
3 1年目
「ふと思ったんだけどさぁ」
「…何をだ?」
話が長くなる予感がして、私は目を通していた書類から視線を上げた。
鋼のがこういう物言いをするときは、決まってなにやら話し込むのだ。
それだけ、シリアスな話ということだから、おざなりには出来ない。
「オレ、今、国家錬金術師になって1年目だけどさ」
「あぁ、そうだな」
「何て言うかこう、やけに態度デカいよな」
話するにも、中佐や大佐とタメ語だもんな。
付け加える彼の表情を見れば、それは普通に年相応の少年の顔。
何を思ってこんな話題になったのか、それからは窺い知れなかった。
…が。
それは次の一言で覆された。
「で、さ。例えばオレが大佐に敬語だけ使って話をするとしたら、どんな気分?」
オレ、「大佐になら敬語を強要されても構わないか」って思える位にはアンタを尊敬してるしね。
にっこりと、笑って付け足し。
じーっと。
見上げてくる視線は、悪戯が巧くいくのを心待ちにしている市井の少年のそれだ。
私とてかつてはそんな頃があった筈なのだが、何故かとても居心地が悪い。
子供の純粋な目というものは、時に大人を震撼させるというが、まさに。
やるせないほどの動悸が込み上げて来るのを抑えて、言葉はため息と共に。
「…非常に不快だな。
これまで君が私に敬語を使う時は、ほとんど慇懃無礼が目的だっただろう?
それを思い起こされてしまうのでね」
おぉ、なるほど、と。
腕まで組んで感心する鋼のに、苛立ちを覚え。
大人気なくも、問い詰めてしまった。
「鋼の!一体何が言いたいんだ!」
組んでいた腕を勢いに任せて解かせ、力の限り手首を掴んで引き上げる。
一瞬、目に抗議をしようかという色が浮かんだものの、
黙って手を引っ張られるまま、私のほうに引き寄せられる鋼の。
それがまた、私の焔を、激情を、大きくした。
「…大佐さぁ、『慇懃無礼』は、ただの口実、だろ?」
解ってやっているのだろうか、それが私を苛立たせると。
ゆっくりと、言葉を区切り区切り、鋼のが話す。
「聞いたこと、ない?いわゆる心理テストみたいなヤツでさ。
見たり、聞いたりして、許せなくなる他人の言動ってのは、
心のどこかで自分がそれをしたいと思っていて、
でも自分は出来ないのに人がしているから不快になるんだってさ」
「そのくらい、聞いたことはある」
答えれば、にや、と口元を歪ませ。
「だったら、オレが言いたい事、もう解るだろ?」
楽しそうな鋼のの表情に、不思議と今度は苛立ちが消え。
(おそらくそれは、「答えの見えない不安」が私を苛立たせていたせいなのだろう。
答えにめどがつけば、それは驚くほど簡単に霧散するものだから)
私は観念して言葉を紡いだ。
「…私も、今の君のように、軍の狗となった最初から、1年目から…」
記憶が、駆け巡る。
そのどこを探しても、心から尊敬できる者など。
「敬語を使うに値するほど尊敬できる人間と、出会いたかった…」
彼が、羨ましかったのだ。
だから、八つ当たりなんかして。
本当に、大人気ない。
それでも鋼のは、こんな私を尊敬してくれるらしい。
だから。
「今は…せめて、君を幻滅させないように…もう少し大人らしくなるよ」
私の味わった、畏怖と忌避の混在する視線や、心細さや、影のように付きまとう不安など。
どれだけ君に降り注ごうとも、私が跳ね除けてやろう。
君に頼られる、その限り。
君に、味わわせはしない。
新たな道に分け入ったとき、不安で。
でも、わりと初めの内に、自分が尊敬できる人を見つけられたら、
それはとても幸せなことだと思います。
「あの人のように強くなりたい」と思うことで、
その決意の分だけ確実に強くなれるから。
エドにとって大佐って、そんな感じだったいいなぁ、と。
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