読んでいた本の上に、スッと、影ができた。


4 図書館


「やはり、まだここにいたか」

影の主が口を開く。
オレは思わず聞いてしまった。

「大佐。何でここに?仕事はいいのかよ」

またホークアイ中尉が探しに来るんじゃ?
そうつなげたオレに、笑いかけて。

「今日は定時で仕事を終わらせてきたのでね。
 私だっていつもいつも仕事をサボっているわけじゃないよ」
「どーだか」

中尉に聞く限りでは、オレが大佐の家に来てる時か、
中尉との約束(またの名を脅迫)がある時しか定時に仕事終わらせた例がないって話だけど。

心の中でだけ呟いて、本を閉じる。



「さーてと。じゃ、帰るとしようか」
「そうだな。もう暗いし、早めに帰りついたほうが無難だろう」

今日は夜から雨が降るらしいしね。
付け加えられた言葉に、オレは眉をひそめて。

「あーあ、雨か。…ヤだな」
「何故?」
「機械鎧との接続部分がさ、湿度が高いと痛むんだよ」
「あぁ、なるほど」

それは大変だ、言ってオレの頭を撫でる大佐。
その表情が、奥の部屋からやっと辿り着いた図書館の入り口を見て、一変した。

「参ったな。もう降り出している」
「え」

あわててオレも外を見ると、バケツをひっくり返したような雨。
これは、なかなかツライ。
心底嫌そうな顔をするオレを見て、
大佐は受付で入館者名簿の整頓をしていた女性に声を掛けた。

「君、悪いが、ここに車を呼んでもらえるかね?」
「はい、すぐに」

パタパタと足音を立て、女性が遠ざかっていく。
それを見ながら、オレの方に歩み寄ってきた。


「鋼の」
「何だよ、何考えてやがる」

やけに笑顔。
そこらの女が見たら歓声を上げそうなもんだが、オレにはかえってウソっぽく見える。

「ひどいな。君がツライだろうと思ったから、してあげるのに」

言うや否や、羽織っていた黒いロングコートの中にオレを包み込む。
ふわりと、舞う裾がなんだか、絵のようで。
背中に感じる体温が、無性にオレを恥ずかしくさせる。

「は、離せよ!」
「どうして?この方が暖かいし、痛みも和らぐだろう?」
「まぁ、そーだけど…」

人に見られたら、最後の砦にも近い抗議をすると。
ますます腕に力を込めて、いつもより少し低めの声で。

「閉館時間を過ぎた図書館に来る人なんていないさ。それに、受付の子もいないしね」
「戻ってくるだろ!仕事遣り掛けみたいだし!」
「平気だよ。この柱の影なら、直接はこっちの姿が見えないからね」

ほら、ここからも受付の机が見えないだろう?
指差す方向には、確かに壁が見えるのみ。
最後の手も破られたオレは、観念して大佐の腕の中で体の向きを変えた。
ちょうど、大佐と向き合う形に。

「…鋼の?」
「いいから。車が着くまで、こうしててっ」

驚くようにオレを見つめた眼が、すぐに優しいものに変わって。
それを見たオレは、ほっとして大佐を抱きしめた。
ま、身長の関係上、抱きついた、に近いけど。


「君の方から甘えてくるなんて、珍しいね」
「いいだろ、別に。たまにはそういう気分になるの」



ここが、人の出入りの少ない図書館でよかった。

気遣ってくれたことが嬉しくて、思わず甘えたくなったなんて。
人の居る所では、絶対に隠してしまう、意地っ張りなオレだから。



甘えっ子エド。
たまには可愛いんじゃないかと。

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