「ねぇ、大佐」


見上げて、何かをねだる時の言い方で。
彼は、話し掛けてきた。



9 火傷



「何だね、エドワード」


最近、めでたく恋人として付き合うようになり、呼び方も変わった。
彼の望むように、「エドワード」と家の中では呼ぶ。
もっとも、積極的に呼びたがっているのは私の方で、
彼が望んでいるのは外でその呼び方をしないことだったりするのだが。
そんな事でさえも、他の者と私との間に、彼に関して優越事実があるのが嬉しいのだ。

まるで初恋のようなその初々しさに、ふと思い起こしてみれば、
これまで誰かを真剣に好きになったことなど無かったかも知れないな、と気付く。
ひょっとしたら覚えていないだけかも知れないが、
それが本当なら、これは本当に初恋と云うことになるのか。

それはそれで、男29才、ここに来て衝撃の事実発覚、といった情けなさがある。
しかし、これまで特に自分の方から告白したこともなく、声を掛ければ遊び相手には困らず。
本気の恋愛は初めてに違いなかった。
しかし、何と言っても相手はまだ15才。
火遊びの出来る歳でもないし、まだ火傷する心配はなさそうだ。


…と、何やら考えていて。
ふと気が付くと、エドワードの顔が目の前にある。
どうやら話し掛けられ、返事をしたのに肝心の中身を聞いていなかったらしい。


「大佐〜」
「…悪い、ちょっと君のことを考えていてね」

じ〜っと見上げてくる、その声はそれほど怒っているでもなく。
苦笑して返事を返せば、それはそれは嬉しそうに。

「あ、そう?何だ、ちゃんと話聞いてたんじゃん♪」
「…ま、まぁな」


果たして、どんな内容の話だったのだろうか?
「聞いていた」と判断されてしまった後では、「実は聞いてなかった」とは言いづらい。
困り果てた私を、もともと座っていたソファからエドワードが見つめる。


「大佐、」「エドワード」

図らずも、声が重なってしまった。
私は笑って先を促す。

「…あのさ、オレ、ホントに…ロイが、好きだなーって。
 さっきああ言われたとき、凄く実感した…ついでに、やっぱ敵わないかな、って」

普段は「ロイ」と呼ばないからだろう、顔を真っ赤にして。
エドワードの言葉に、あぁ、先刻の『君のことを〜』発言か、と思い当たる。
デートで、ついうっかり相手の話を聞きそびれた時に使う常套文句なのだが、
エドワードにもとても喜ばれているらしい、か。

そこでふと、彼が何を言ったのか、聞き逃した話の内容が予測された。


そう、私が答えを返した時、「聞いていた」と彼は言ったのだから…


それを確かめる手段が、今この状態なら、一つある。


「エド」

おいでおいで、と。
手招きして私の膝の上を指で示し。
おずおずと座ってきた彼を、背中から思いっきり抱きしめて。

彼が抵抗できなくなるように、ちょっと低めの声で、耳の後ろから。


「『敵わない』と認めているのなら、私の願いを一つ聞いてもらおうかな」
「…何?」
「さっきの話、もう一度言ってくれないか?」
「〜〜〜〜〜!」

頼み、ではない。
彼が私に敵わないと認めている以上、これは絶対的なもの。
自ら抗う術を置いた彼は、観念して呟いた。



「オレのこと、もっと考えてくれよな。で、他の女に声掛けんな。
 オレは、ロイのことしか見てないんだから、フェアじゃないだろ」




それを聞いて。
しばし黙っていた私に、エドワードは不安になったらしい。
腕の中で、一杯に体を捻って私の顔を見ようとする。
しかし、私がしっかりと抱きしめているせいでそれも叶わない。
けれども、私にとってはむしろ好都合で。
何しろ、こんな緩みきった顔を見せなくて済んだのだから。

彼に、不安がることはない、と頭を撫でることで伝え。
抑えても抑えても込み上げてくる喜びに、口元をほころばせながら。
私は自らの見解の甘さを顧みた。




火遊びの出来る歳ではないから火傷の心配はしなくて良い、など。
とんだ誤解だった。

これまで遊んできた女達のように声を掛けるだけでは落とせなかったこの少年、
私を本気にさせた、その事実だけでも考察の材料は十分だった。


私はもう既に、エドワードに火傷させられていたのだ。
もっとも、賢者の石と身長以外に執着心を示すことがなかったエドワードも、
独占欲を示す言葉をくれる程、私に執着を示してくれているようだが。




彼は私に敵わないと言ったが、私も似たようなもの。
まぁ、互いに火傷しているところで、引き分け、というところか。
最後に、そう結論づけた。



何か分かりにくい話でスミマセ…。
あの2人は、お互いにもう後戻り出来ない所まで惚れ合っている、っていう話です。
そりゃもう、火傷が激しすぎて、消えなくなった痕みたいに。


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