「や、大佐」
軽く手を振りながら、彼は言った。
10 駅
事の発端は、一本の電話だった。
「よぅ大佐。オレ今リゼンブールにいるんだけど、明日、暇?」
「あぁ、一応明日は非番だが」
「じゃあさ、また旅に出る前に会いたいんだけど。
今日の最終の列車に乗れば、明日一日一緒に過ごせるよな?」
「あぁ。会えるのを楽しみにしているよ。じゃあ、後で」
電話を切って、鋼のの方から会いたいと言ってくれた喜びに浸っていると、
ふと、ホークアイ中尉が呟いた。
「失礼ながら今の会話を聞いていたのですが、
それで結局、どっちがどっちに会いに行くんでしょうか?」
・・・・・・・。
「それもそうだな…鋼のは何も言わなかったし」
「リゼンブールからイーストシティに来る最終電車でしたら、もう何本かありますが。
こっちから出る電車で地方行きのものは…次の一本が最後ですね」
もしもエドワード君が、大佐がリゼンブールに来るという前提で話を進めていたのなら、
この電車に乗り損ねると大変なことになりますよ。
冷静に指摘するホークアイ中尉に、私はせき込まんばかりの勢いで尋いた。
「リゼンブール行きの最終列車は、何時にイーストシティを出発するのかね!?」
「えぇと…7時25分ですね。
大佐が定時で仕事を終わらせるならばその時点で7時、
そこから着替えて、駅に真っ直ぐ向かったとして…
7時20分というところでしょうから、間に合わないことはありませんよ」
あくまでも、定時に仕事が終われば、の話ですが。
イタイ所を強調して、私に止まっているペンを動かすよう促す。
書類処理は再開したが、私は頭の中で時間を計算していた。
「…ギリギリだな。
しかしその前に、鋼のがこっちに来る、という可能性も残っているな。
もしもそうなら、行き違いになってしまうが…」
呟いた声は、しっかり中尉の耳に届いていたらしい。
既処理の書類をチェックしながら、私に視線と言葉を遣る。
「多分、その可能性は薄いと思うんですよね。双方の可能性を提示した私が言うのも何ですが」
「…?何故だ?」
尋くと、何故か目を伏せて。
「…分かるんですよ。エドワード君の気持ちが」
その声が、心持ち淋しそうに響いたのは、私の気のせいだろうか。
しかしそれを確認しようにも、次の一言はやけに明るく言われたので。
「きっとエドワード君、大佐が来てくれるって信じてますよ。
だから彼は、リゼンブールの駅で待っていると思います」
だから、さぁ急いで下さい。
満面の笑みで、机の上の書類の山を指して。
笑顔には、
『特別に定時で帰って良いですから、それまでに可能な限り終わらせて下さい』
と書いてあった。
逆らえば腰に回したホルスターに手が伸びることを知っている私は、
黙々と書類を読んではサインするのに専念した。
「や、大佐」
軽く手を振りながら、彼は言った。
その表情は、文句の付けようが無い程の満面の笑みだった。
「会いに来てくれるって信じてたぜ〜」
普段の彼なら、決して人前ではしない動作を、躊躇わず。
そんなに会いたかったのか、と抱きついてきた彼をあやすように撫でて。
当然!と腕に力を込める彼に、痛い、と苦笑して。
慌てて機械鎧の腕を緩める彼に、嬉しいけどね、とキスを落とし。
そこまでやんな、と赤くなった彼に囁く。
「じゃあ、続きは明日、な。
さすがに人様の家で、ってわけにもいかないし?」
茶化しながらも、やはり私は心配だった。
普通なら人前では甘えてこない彼が、こんなに私に縋るなんて。
余程、次の旅は大変な道程なのだろうか…。
翌朝、起きても私に抱きついたまま離れようとしないエドワードに、
「いつも君のことを想っているから。
君に何かあったら、何としてでも会いに来るよ」
と約束することでやっと放してもらえた、というのは余談である。
不安な旅を前にして、甘えたがるエド。
それが解るから、好きなように甘えさせる大佐。
これもある種の信頼関係、かな。
ちょっとアイ→ロイエドちっく。
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