「これは…」

廊下で拾ったそれは。



11 手帳



「あ、れ…?」

宿に帰るなりポケットやら鞄やらを慌ただしくひっくり返し始めた兄さん。
ひどく焦っている様子の兄さんに、落ち着かせるつもりで僕は声を掛ける。
ほら、捜し物って以外と身近に落ちてる事が多いしね。


「また何か失くしたの?」

尋けば非常に気まずそうな声で。

「あ、あぁ。その、…研究手帳を」
「・・・・・。」

何でそんな大事な物を失くすのだろうか?
確かに小さな物ではあるのだけど、
ちょっとやそっとで失くして良いような物じゃない。
もっとも、兄さんの場合は同じ内容が頭にもしっかり入っているから
複製出来ないわけではないんだけど。

「…取り敢えず、僕は外に探しに行こうか。
 今日は司令部にも行ったし、そこで落とした可能性もあるしね」
「あぁ、頼む。もし司令部で落としたんなら…」


言うなり、うああああぁ、と叫んで挙動不審な動きを始めた兄さん。
エビ反りになったまま転がるって、結構器用なんじゃないだろうか?


「そんなに、司令部の人に見られたらマズい事が書いてあるの?」
「マズいどころじゃねぇ!しばらく顔合わせられねぇ!」


うをうぉぅ、と謎の呻き声を上げる兄さんに、
もう一度部屋の中をくまなく探すよう言って部屋を出る。
部屋を出る瞬間に見えた動きは、体を縮め、膝を抱えて丸くなったまま転がる姿だった。
わぁ、新しいバージョンだ、あれ。







「あら、アルフォンス君。どうしたの?」


来たは良いものの、兄さんと一緒でないのに
どうやって中に入ったものかと思案に暮れているところでホークアイ中尉に見つかった。
事情を説明すれば、私も手帳は見ていないけど、
司令部内には私の名義で入れてあげるから、と言われ。
お礼を言って廊下で分かれたところで、大佐と鉢合わせた。


「おや、どうしたんだね?今日はもう資料を借り出していったと思っていたが」
「えぇ、それはそうなんですけど。実は…」


説明再び。
すると大佐が懐に手を入れ。


「鋼のの手帳とは、これだね?」

取り出したのは紛れもなく今の捜し物。
安堵していると、先程ハボック少尉が見つけたから、と持ってきたという。


「どうやら廊下で見つけたらしいんだが」
「あぁ…兄さん鞄閉めないまま歩いてたから」


兄の持つ困ったクセを挙げれば、はは、と笑って。
ところで、と声を落とされた。


「鋼のに伝えておいてくれ。参考までに中身を見せてもらったのだが、
 なかなか興味深い事が書いてあって楽しかった、とね」
「え!大佐、兄さんの暗号読めたんですか?」
「勿論全てではないよ。ただ、一部暗号化が不十分な所があったからね」


人に知られて困る事はしっかり秘密にしておかなくてはいけない、とも伝えておいてくれ。
穏やかな笑顔を浮かべ、そう言い残してその場を去った大佐の背中を見て。


「何がそんなに楽しいんだろ…?でも、僕が見たら兄さん怒るだろうなぁ」

兄が進めている研究は決して楽しいものの筈はないので。
きっと違うことも混ぜて書いてあったんだろう、と言う見当を付け。
大佐に見破れた不十分な暗号、と言うなら
自分にも分かるかも知れないと誘惑に駆られたが、止めておいた。









「あったよ、兄さん。ハボック少尉が見つけて、大佐に渡したんだって。
 で、大佐から伝言なんだけど。
 『なかなか興味深い事が書いてあって楽しかった』
 『人に知られて困る事はしっかり秘密にしておかなくてはいけない』だって」


言外に、『何が書いてあるの?』と問い詰めてみるが。


「あ、ありがとなっ。
 それと、別に変な事書いてあるわけじゃないんだからな!」


と、全力で『変な事』が書いてあるのを教えてもらうだけにとどまった。








その夜、兄さんが大佐に電話を掛けていた。


「人の研究手帳勝手に見るなよ!」
「落とした君が悪いのだよ、鋼の?
 それに、私が見たことによって君としても手間が省けただろう?」
「そーいう問題じゃねぇ!
 良いか?明日家まで会いに行くからな!大人しく待ってろ!」


怒鳴って受話器をがちゃんと置く。
兄さんが始めに大佐はまだ残業してるかと思い、司令部に掛けている間に
(実際はもう家にいて、夜勤だったフュリー曹長に電話番号を教えてもらったらしい)
こっそり見せてもらった手帳の中身を思い出して。
大佐の、あの楽しそうな顔と重ね合わせた結果。



僕は明後日以降、とにかく早めに大佐に挨拶にいかなくちゃな、と思った。









「不束者の兄ですが、どうぞ愛想尽かさずに付き合ってやって下さい、で良いかな…」





苦労人アルフォンス。 どうしようもない兄を持つと大変です。 頑張れアルフォンス。 近いうち大佐が半分肩代わりしてくれるさ(この話では)。 45題に戻る