14 最後のキス


「あのさ、ロイ」
「何だね?エド」


いつも唐突に、唐突なことを言い出す恋人に。
話し掛けられたら、真剣に考え込んでも良いような体勢で話を聞くのがすっかり習慣となっている。
今も、何やら難しい表情のエド。


「最後のキスって、どんなシチュエーションが良い?」
「…また、とんでもない質問をするね、君は」


言って、恋人の華奢な体を抱え上げ、引き寄せる。
抵抗もなくすっぽりと腕の中に収まった少年の、その顔を覗き込めば。


今にも泣き出しそうな顔をしていて。
そんな顔をするくらいなら、聞かなければいいのに、と思うのだが。
どうしても、私の答えが気になるのだろう。
しっかりと私の服の裾を掴んで放さない。


「そうだね…」


真剣なエドに答えるべく、潤んだその瞳を見つめて。


「出来ることなら、だけど。
 君が誰よりも近くにいてくれて、手を握ってくれていて、出来れば笑顔が良い。
 そんな条件が揃うなら、家だろうが、病院のベッドの上だろうが、戦場だろうが。
 私は、最後のキスを受けて、大人しく死ねるだろうね。
 君を後に遺して逝くんだから、思い残すことなく、とは言えないけど」
「…それはつまり、ロイが死ぬその時まで、傍にいるのはオレで良いんだね?」
「勿論だよ」


最後のキスを交わした後でもお互いが元気でいるなら、
それはもう恋人でない、ということになりかねない。
そんなシチュエーションを一切考えなかった私に、エドは満足したようだった。


「ありがと。オレも、出来れば最後のキスはロイの笑顔を見ながらが良いな」
「なかなか難しいことを言うね。
 時間的に、どちらかが死ねば相手は遺されるわけだからそれは不可能じゃないかな」
「そっか…あ、でもさ。
 オレが戦場にいるって事は、オレも大佐も
 国家錬金術師として戦いに出るときだろ?
 ロイは一般軍人だからそれより前に戦場に出てるだろうけどさ、
 軍だけじゃ済まないほどの戦いになってるなら、二人とも戦死って可能性はあるよな」
「…どちらも遺されることなく、か。あり得ない話じゃないな」


軍属であるが故の、たとえ話。
国家錬金術師として出征の要請が掛かるなら、それはタダでは済まない戦闘になる。
私も彼も、この世にその痕跡を残せないかも知れない。
私達を遙かに凌駕する錬金術師が、その戦闘相手にいない保証などないのだから。



「その場合だと、出撃前の幕舎の中でキスするということになるな」
「いいんじゃない?家族の写真に祈る人もいるし、
 恋人の姿を思い浮かべて生還を誓う人もいるんだろ?
 その場に恋人がいるんだから、互いの功績と出世と無事を祈ってキスするのもありじゃない?」


言ってから気付いたのだろう、苦笑して付け足す。


「無事を祈ってするキスが、最後のキスになるんだけどさ」
「出世も、戦功による普通の昇進ではなく、殉死による二段階特進になるわけだ」
「じゃあロイの場合、中将になってから殉死したら、墓に大総統って刻まれるのか」
「どうだろうな…?」



ひとしきり階級談義になり、笑いを納めた後、元の話題を振る。


「でもさっき言った話なら、
 お互い最後のキスの時には笑顔で、手を繋いでいられるだろう。
 私としては、そのためにも国家錬金術師としての
 召集が掛かるまで死ぬわけにはいかないな」
「そんな理由で良いのか、焔の錬金術師さんよ」




もう、彼の表情に影はなくて。
誠意を持って彼を泣かせずに済んだことに、私はホッとした。









出来ることなら、君の故郷の穏やかな日射しの下で二人、
眠るように命を終えられたら、という言葉は結局、最後まで言えなかったけれど。
それは、仕方のないことだろう。
私は軍人なのだから、それは言ってはいけないのだ。



だからこそ最後のキスは、戦場で、命を散らす直前がいい。



暗いのか、どうなのか分からない話ですね。 最後のキス、と思って毎回戦場に出て。 その日無事に戦闘を終えたら、また次の朝、最後のキスのつもりで。 どれが本当の最後になるか分からないから、 いつも後悔しないように、笑顔でキスするんでしょうね。 45題に戻る