「約束だよ、鋼の」
「必ず戻ってくると、約束してくれ」
「…約束、だろう?」



16 約束


目の前で気難しい顔をして書類処理に終われている男を、じーっと見つめ。
我ながらよく飽きないものだと拍手さえ送りたくなる。

一方の、見つめられている方はと言えば、
特に気を悪くする様子もなく(と言うより、目の前の事態に必死なのだろう)、
次から次へと文字を追って視線が走る。

それというのも、以前から約束していたオレとのデートの日に緊急の仕事が入ってしまったからで。





「鋼の。次の土曜日、空いているかい?」
「…一日くらいなら、遊んでやらん事もない」
「それは良かった!たまにはデートでもしよう?」
「OK」
「約束だよ」

そこで男二人、「指切りげんまん、嘘吐いたら…」などと言い。
斯くして当日の朝、オレが予定より早めに起きてしまった分、大佐を家に迎えに行くと、
何とも都合悪く電話が鳴り、司令部に呼び出されてしまったわけだ。







「すまない、鋼の。もう少しで終わるからっ」
「あぁ、気にしないで。こうして大佐が仕事してるとこ、結構な見物だから」
「…珍しい風景、と言いたいのかね?」
「当たり」

ふと意識を引き戻され、軽口を交わし。
その間にも一切処理速度の落ちることのない大佐は、やはり優秀なのだと思う。
ヒゲのおっさん(※大総統)がどれ位強いか知らないけど、
この分なら本気でその座を狙えるんじゃないだろうか?
…や、それはいくら何でも大袈裟か。






「ホークアイ中尉、これで全部かな?」
「…えぇ、結構です。やはり今日は気合いの入り方が違いますね」

一つもミスのない書類を抱え、可笑しそうに執務室を出ていく中尉。
いつもこうだったら、なんて思ってるに違いない。


「鋼の、遅くなってすまないね。さ、やっとデートだ」
「随分無理したんじゃない?電話掛かったのが10時で、まだ12時だもん」

当初の待ち合わせ予定だった時間から、まだ1時間しか経ってない。
オレとのデート、そんなに楽しみにしてくれてたのか。
恥ずかしいような、くすぐったいような、そんな気持ちで街へと繰り出した。






「でもさ、何であんなに焦ってたワケ?
 仕事ならしょうがないし、オレだってそれで拗ねるほどガキじゃないのに」


腕を組むのは身長差の都合上諦めてもらい、オレが大佐の腕に手を添える形で歩きながら。
先程からの疑問をぶつけてみると、照れたように笑う大佐。


「私がイヤだったんだよ。君との約束は一つも、破りたくないんだ。
 ましてや今回のデートは、私の方から取り付けた約束だったし…」
「そう言や大佐って、事あるごとに『約束』って言うよな」


思い当たる節を突っついてみれば、顔を赤らめて。


「不安、だからね。いつでも一緒に居られるわけではないし、
 いつまでも一緒に居られるような、そんな穏やかな生き方はしていないから」
「人間兵器だもんなぁ、オレ達」
「あぁ。君の隣を歩く、こんな『当たり前』がいつまで保証されるのか、
 そんな控えめな事項さえ、考えるだに恐れ多い気がしてくる程に…不安定な」


大佐が言葉を切る。
何と続けていいのか分からないのは、オレも同じで。
『時間』、『生活』、『未来』、『人生』、『生き方』…

どう言えばいいんだろう。
どう表現すれば、いいんだろう?
それがあまりにも分からなくて、思わずオレは泣き出したくなった。

こんなにも不安定な、オレと大佐の関係…



その気配を感じ取ったのだろう、大佐がオレの肩に手を置いて。

「だから…約束、だろう?」
「うん」



うん、としかオレは言えなかった。
それ以外の事を言ったら、涙が堰を切りそうで。

ロイの声が奏でる『約束』という音が、すごくオレをホッとさせたから、




















涙が引いたらすぐに、『約束だ』って言おうと思った。




約束って、結局は不安だから。 その不安を、少しでも和らげたくて。 でも、確定的でないから不安になるんですよね。 そうすると約束って、 確定出来ないことを確定であるように見せかけたがってる、 って事なんでしょうかね… 45題に戻る