紅茶の国から



「はあ? それで爺ィは大丈夫なのかよ?」
「当分は絶対安静ですって」

 新都のターミナルビルの一角にひっそりと立つ紅茶専門の喫茶店。
 ある日、痩身長髪の外国人ウエイターと黒髪おかっぱの日本人ウエイトレスはこの店に急遽湧いてきた災厄に頭を抱えていた。
 と言っても、抱えていたのはもっぱらウエイターの方だったのだが。
 何しろこのウエイター、扶養される身分でありながらも、窮屈なのはやってられない、とばかりに養い家を飛び出して、勝手気ままな生活を楽しんでいる。
 が、彼が本来あった時間軸とは別次元のこの世界で生きていくためには何が必要か、くらいは分かっているようで。こうして日々の勤労に勤しんでいる。それもまた楽し、とばかりに働いていたウエイター………ランサーにとって、職場のオーナーの不在という状況は大変にありがたくない。

「じゃ、当分休業か?」
「ううん。ちゃんと代わりの人が来るみたいよ」



 それは昨日の話。
 オーナーは外国から取り寄せた茶葉の確認に冬木の港へと向かった。送られてきた茶葉のできはよく、少しだけでも持ち帰ろうと缶を一つだけ持ち上げようとしたその瞬間、悲劇は起こった。

 ぐき。

 ……言わずとも分かろう。俗に言う「ぎっくり腰」である。
 突如として身動き一つままならなくなったオーナーだったが、



「なんでも、通りすがりのお兄さんが助けてくれたんだって」
「ふーん、まだまだこの世の中も捨てたもんじゃねえな」

 しかもその通りすがりの男は、オーナーを病院まで送り届けた上、無念じゃ無念じゃと繰り返すオーナーの相手を根気よく努めた上、一緒に運んできた紅茶を淹れて宥めたのだという。

「で、その紅茶があまりにも上手く淹れられてて、その場の勢いで思わず『ワシの店を預かってくれぇ!!』とか言っちゃったんだって。そしたら相手も『私で役に立てるのなら』とかなんとか言って了解したんだって」
「………いい話じゃねえか。この世知辛い世の中で、泣ける話だねえ」


 元来、義侠心という言葉に弱いランサーである。ぐっと拳を握り、しばしの感動にその心を委ねる。いつもは店に来る若い娘や若い奥様あたりに粉かけまくりの、ただのスケコマシ(死語)かと思っていたウエイトレスは少しばかり驚いてしまったが。


「それで、そのオーナー代理とやらはいつから来るんだ?」
 まさか昨日の今日というわけにもいかないだろう、と思ったランサーだったが、
「もう後ろで着替え始めてるよ? とりあえずランサー君の予備の制服渡しておいたから」
 というウエイトレスの言葉に納得すると、開店準備に取り掛かるべく調理場の方へと向かった。が、





「な、な、なんでテメエがっっ!!」
「おや、奇遇だな」





 そこにいるのは紛れもなく、遠坂家のブラウニー、こと赤の弓兵・英霊エミヤだった。
「ちょ、ちょっと待て! 何故にオマエがオレの服を着て調理場に立っているっっ!?」
「ああ、これは君のユニフォームだったのか……どうりで私にサイズが近いわけだ。こんな大柄のギャルソンでは、おっかながって若い娘など近寄らないだろうとは思ってはいたが」
 そう言いつつも、カップを温めていたお湯を捨てると、傍らの砂時計の砂が落ちきっているのを確認してそのポットを傾ける。

 とぽとぽとぽ。

 軽やかな音をたてて注がれる紅茶はくっきりとした水色。
 やわらかな湯気を立てるカップをソーサーごと渡され、ランサーは疑わしそうな目でアーチャーを見遣る。
「…………あんだよ」
「オーナーがぎっくり腰と引き換えに取り寄せた、旬のウバだ。試してみたまえ」
 爽やかな茶の香りに誘われる形で、それでも警戒を緩める事なくカップを受け取るランサー。一口、口にするとまた表情が一変する。



「………美味いものを口にする時くらい、心底美味しいという顔はできないものかね」
「うるせー、オマエが淹れたんじゃなきゃ巨大化して『美味いー』ぐらい叫んでやる」



 そんなランサーの科白に、アーチャーは満足そうに頷く。
「そうか。そんなに美味かったか」
「………………………」
「なるほど、君は味覚判定機としても当てになりそうだ。次からはお客に饗する前に君に味見を頼むとしよう」
 にこにこと、何が嬉しいのか……げんなりとげっそりを足して二で割ったような表情をしているランサーを見つめるアーチャー。そんなアーチャーの視線から逃れると「……勘弁してくれ」と口の中で呟いた。


 オレの安寧の場所は何処にある……?
 もう一口紅茶を含むと、ランサーは心の中で涙を流した。



・END・



 そして、この喫茶店は腐女子のたまり場へ。
「えー、なんかウエイター君が赤面してるよー」
「奥で紅茶淹れてる人と………何かしてない!?」
「………今、こっそり隠したけど………首元に…………」
 ・・・お後が宜しいようで。





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