「……何でこいつはこんなところで寝てんだ?」


 報告を終えて、再び偵察に戻ろうとしていたランサーは珍しく聖堂を通って外へ向かっていた。普段であれば中庭から居住区の屋根を乗り越えて出て行くことの多いランサーだったが、たまには別の道も通ってみるか、と気の向くまま聖堂を通り道にしていた。
 真昼の聖堂は人気がない。だから姿を現したままでも大丈夫だろうと高をくくって聖堂へ足を踏み入れた。だが、いざ入ってみると人の気配と―――穏やかな寝息が聞こえてきた。もとより静寂に包まれた場所ではあったが、ランサーの鋭い五感がなければ気が付かなかっただろう。
 いつも通り、足音を立てない豹のような歩きで歩を進めるランサー。普通の人間であれば起こすこともあるまい、と霊体化することなく聖堂入口の観音開きの扉へと向かう。段段とはっきり聞こえてくる寝息に、ふと興味を覚えて覗き込んでみた。そんなランサーの目に入ったのは―――


 金色の髪の英雄王。


 おもわず冒頭のセリフが口をついて出たのも仕方がなかった。
 確かに、安息日の礼拝以外は訪ねてくる人影もまばらな教会である。ましてや人間の暦でいうところの平日の午後など、訪ねてくるものは皆無であった。そんなところが気に入っているのか、金色の髪の男は長椅子を一つ占領すると、すかすかと昼の惰眠を貪っている。
「おい…こんなところで寝てていいのかよ」
 いくら受肉して霊体になれないとはいえ、サーヴァントはサーヴァント。こんな風に堂々と人間社会に姿を現していてよいものだろうか。そう思ったランサーは、ギルガメッシュの髪を摘むと軽く引っ張る。手入れの行き届いた柔らかな髪は、絹の金糸のような肌触りだった。
「ん……邪魔をするな………」
 薄く瞼を開いた男は声をかけた男を一瞥すると、同じ姿勢のままで再び瞼を落とした。間もなく聞こえるかすかな寝息。
「……一応、ここって神殿……みたいな、もんだよな?」
 神の家、とも呼ばれる場所で寝ていてもよいものか。
 そう思いはしたものの「ま、いっか」と気を取り直してランサーはその場から離れようとした。けれど奇妙な違和感を感じて振り返る。すると、
「…………?」
 横たわって眠りを享受していたはずのギルガメッシュが起き上がり、ランサーの左手に触れているではないか。
「手ェ離せ。オレはこれから出かけるんだからよ」
「…………………」
 そんなランサーのセリフに、ギルガメッシュは反応を示さない。かと言って手を離すわけでもなかった。苛立ちまぎれに、ランサーが思わず左手を振り払うと、繋ぎとめた手は意外にもすぐにも自分を解放した。それだけでなく、何の反応も返ってこない。
 珍しいこともあるもんだ。
 心底感心してしまうランサー。何しろ、こういう対応をした後は大抵鎖でがんじがらめにされていいように弄ばれるのがオチだった。わかっていながらも毎回同じ反応をしては、毎回同じような辱めを受けている……ある意味学習能力が無いとも言えた。
 けれど、今回はまるで違う。
 別に悪いことをしているつもりは爪の先ほどもなかったが、あまりにあっさりとしたギルガメッシュの反応に、妙に気が咎めてしまうランサーだった。
「おい…寝るなら自分の部屋に行けよ。身体冷やすぞ」
「…………………」
 サーヴァントが風邪をひくわけはないのだが、何しろこの男は規格外のサーヴァント。もしかしたら変な病気でももらってきていて、おかしくなっているのかもしれない。
「おーい、大丈夫かー?」
 思わず顔を覗き込むランサー。別段、何の表情の変化もない。強いて言うなれば、全てのモノを威圧する邪眼のような紅の瞳が、半ば閉じられている。その程度だ。けれどそれが意味するところは一つ。
「寝ぼけてんのか、こいつは」
 どうりで、と1人納得するランサー。普段と違う反応を示したのもそうだし、何よりいつも氷のような冷たさを持つギルガメッシュの指が人間としての温もりを持っていたのだ。奇妙、と感じたのはこれだったのだ。


 まるで、血肉を持つ普通の人間のようだ―――


 そう思ってしまうと、突き放すのが忍びなくなってしまった。元々が情に篤いランサーのこと、何も言わずギルガメッシュの隣に腰掛ける。すると、ほんの微かな振動でしかなかったのに、ギルガメッシュの身体が横向きに倒れてくる。
「へ!?」
 気付いたときには、ランサーの大腿に金色の頭が鎮座していた。思わず自問自答せずにはいられない。


 何でこんなふうになってんだー! てか、男の膝枕で何寝てんだー、コイツはっ!!


 心の中で思ってみたが、どうにもならない。しかも、深い寝息が聞こえてくるではないか。本格的に眠りに入らなければそうそう聞こえないような寝息である。
「ったく、何でオレが男に膝枕してやんなきゃいけねえんだよ……」
 むしろキレイなねーちゃんの膝枕でこっちが寝たいくらいだぜ、と小声で悪態をつきながら真下へ視線を移す。
 長い金色の睫毛が、ステンドグラスから入り込んでくる陽光に照らされて煌めく。視界に入る英雄王の表情はいつもとまるで違う。
 静かな聖堂の中ということもあって、まるでそこだけ時が止まったかのようだった。


「あー……いかん………」
 膝の上の温みと差し込む陽光。その上、ここのところ酷使されていたせいか身体も疲労が重なっている。急速にやって来た眠気に抗ってみるランサー。けれど、こういうときの睡魔に敵うはずもない。

 
 2人の微睡む姿、それは一幅の絵のようでもあった。

・END・


ほんと、よく寝るなあギル様(笑)。まあ、受肉しちゃって色々とお疲れなんでしょう(ホントか!?)。意外と人肌が好きなようですが、結局被害を受けるのはランサーと相場が決まってます。しかし、ランサーの膝枕は微妙に硬そうなんですが…? さすがは英雄王、枕が違ったくらいでは眠れなくなるというコトはないようです。



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