「……………………」
「どうした、狗? おとなしく此方へ来ぬか」



 現世における王の居室は、彼が最初の生で使用していたものに比べると、はるかに簡素であった。けれど、王にとっては自らが居心地よく過ごせる場所であるならば、そのようなことは問題ではないようだ。現に、幾人もの宮女を侍らせたかつてのものとは比べ物にならないくらい小さな寝台に腰掛けた英雄王は、満足げにもう1人の人物を見遣った。
「どうして、こうなるかな……」
「往生際が悪いな。見苦しいぞ、狗」
 部屋の入口で立ち尽くしている…というよりはそれ以上進むことを躊躇しているかのようなランサーだったが、これ以上その場にいたところで待ち受けるのは『天の鎖』であることは重々承知している。
覚悟を決めて、ギルガメッシュの元まで歩み寄った。


「……膝枕の次はこれかよ………」
「うだうだ言わず、疾く此へ参れ」


 いい終えるや否や、英雄王は槍兵の手首を掴むと寝台へと引き込む。そして、装甲と色を同じくする
髪を自らの懐に抱きこむと、そのまま目を閉じた。



 話は数時間前に遡る。ひょんなことからランサーとギルガメッシュは「賭け」をすることになった。賭けの勝者は敗者を望みどおりにすることができる、といういささか乱暴なものであったが、その条件で賭けをしたところ、見事に軍配は英雄王に上がった。つまるところ、これが幸運AランクとEランクの差であろう。そして、ランサーを自由にする権利を与えられたギルガメッシュが言い出したのが、


 抱き枕になれ。


 とのことだった。あまりの内容にランサーは絶句し、傍で聖書を読むふりをして聞いていた言峰神父もまた、手にしていた聖書を取り落としそうになった。どうやら、以前深夜のテレビ番組を流し見していた時に見た「人間抱き枕」なるものにいたく興味をひかれたらしかった。
「……そんなのオレに言うな。とっととセイバーをかっさらいに行けばいいだろうが!!」
 正論を吐くランサーに、
「我は好物は後から食べる主義だ」
 と、ギルガメッシュも正論(?)で返してくる。問題にしているのはそこじゃねエ! というランサーの反論も空しく、結局のところ「負けた時点で逃げるとは大した英雄だ」という英雄王の的確―――というにはあまりにも鋭い一撃―――な一言でランサーのこの後の運命は決まった。



「本当に抱き枕だけだろうな!?」
「フ、王に二言はない」
 ランサーの髪に指を絡めながら、軽く梳く。癖がついているためか、少し硬そうな髪質を思わせるランサーのそれだが、意外と柔らかくて手櫛がすうと通る。その感触を面白がってか、幾度か繰り返しランサーの髪を弄っていたギルガメッシュだったが、身体を重ねていることからくる温みが睡魔を呼んだらしい。次第に髪を梳く回数が減っていく。
「………オイ、もういいのか?」
「……ん……このまま、休む……………」
 すう、と軽やかな寝息に早変わりした。その寝息が、生え際の産毛をちくちくと刺激してきて、抱かれたままのランサーにもゆったりとした気分を運んでくる。眠ったことで暖かくなる身体に抱かれていることも、正確なリズムを刻む心臓の鼓動もまた、抗いがたい眠気をもよおさせる。

「ま、いっか……寝てる間は…無害だろうよ………」





 数時間後。

 ぱち。
 長い金色の睫に縁取られた紅い瞳が開く。
「ふむ…よく寝た」
 身体を起こそうとしたギルガメッシュだったが、どうも胸元が重い。それもそのはずで、数時間前に抱き込んだ男がしっかりと惰眠を貪っていたのだ。王の胸を枕代わりにするとは、と、ランサーの豪胆さに思わず笑みを漏らす。
 こういう男は嫌いではないのだ。
 一度決めたら後に引こうとしないところも、揺ぎ無い意思を持ってそれを貫こうとするところも。
「ふ…………」
 ごく自然に、もう一度笑みが漏れる。ギルガメッシュは、そのままランサーの額から髪の生え際を軽く撫でると、もう一度髪に指を絡めた。
「………ん……………」
 ほんの僅かに引っ張ってしまったのか、そんな微かな刺激でも敏感に感じ取るのか。ランサーは少し身じろぎすると、靄のかかった視界をギルガメッシュに向けた。



 キラキラと金色の光が眩しい。
 太陽でもなく月でもなく、人の髪のきらめきだ。
 温もりと、自分の髪を梳くやさしい手つき。
 頬を寄せている身体は、ほっそりとはしているもののしっかりと筋肉はついている。が、やはりその分肉感に欠けるのは否めない。
 あーあ、もちっと柔らかけりゃいーのに……でも、いいか。こいつがこんなにやさしい手つきで触れてくれることもあんましねえし……あー……気持ちいー……もっと、触れてくれよ………



「バゼット………」



 ………………。
 今、何と言った…?
 寝ぼけているらしいランサーの口から漏れた一言に、ギルガメッシュは唖然とする。が、それも一瞬のこと。


「……王と雑種ごときとを一緒にするなーーーーー!!!」



 英雄王の怒りの矛先は、容赦なく光の御子を直撃したのでありました。

・END・


佐々木が書くとギルは非常に寝ぼすけさんですね。三年寝太郎レベル。
当初、オチの「ギル様怒りの『天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)』は同じだったんですが、その理由というのが、寝こけたランサーがギルの一張羅にヨダレ跡を残すというものでした。
……それもそれで捨てがたかったカモ。



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