「……ここにいたのか」
静かだが歯切れのよい明瞭な言葉を耳に入れると、ようやくランサーはその声のした方を向く。聖堂の裏口から出てくる時点で気付いていたが、自分から膝をつくつもりは毛頭無かった。
「中で待っておればよかろう……サーヴァントとはいえ、真冬の風は冷たかろうに」
「………………」
そんな科白にも、返事をするどころか相槌すら打たない。彼にとって、人としての礼を持って対するのは人でしかない。騙し討ちをして他人のものを強奪するような輩に取る礼など持ち合わせてはいなかった。
それに……。
ちら、と眼球だけを動かして視認するのは、夕暮れの空に馴染む黒い鴉の姿。戦争と死の女神の化身たる鴉ですら、この伽藍の上を飛ぼうとはしない。汚れた場所にあろうとも、神は神。この聖堂のもつ不気味さ、陰惨さ……そんなものを避けているに違いない、とどこか確信めいた予感がランサーにはある。
「…報告を聞こうか」
マスターである言峰綺礼は中に入るように促すが、ランサーは一歩たりとも歩を進めようとしなかった。
「ここで充分だろう……大したものでもないからな」
「ふむ………」
まるで、野生の獣が他の獣のテリトリーに入ろうとしない様に似ている。
そう思った言峰だったが、口に出しては言わない。その代わり、青いサーヴァントに近づくことで話を始めることを了承する意思を示した。
「キャスターに動きがあった」
魔術師のサーヴァント、コルキスの魔女と呼ばれた女の行動について報告を済ませる。イレギュラーなサーヴァントの召喚から、聖杯の降誕地の占拠に至るまで。さらに、彼女の手がこの教会に伸びようとしていることも。
「それはまた面倒なことを……凛と事を起こそうとするとは、ある意味恐いもの知らずかもしれん」
「……随分と暢気だな」
身に迫る危急の事態に対するコメントとしては、確かに暢気…というより考えていないようにも聞こえる言峰の言に対して、ランサーはストレートな皮肉を口にする。そんなランサーの言葉に、何か考えるところがあったのか、言峰は口を噤むと視線やや下方に落とした。
沈思黙考する言峰。何も言わず傍に控えていたランサーにとってはもう少し長い時間であったかのように感じられたが、その間は数十秒でしかなかった。
「ランサー」
「…………」
言峰の呼び声に視線で応じるランサー。その紅い瞳を真正面から見返すと、言峰は言葉を続けた。
「凛を助けろ」
「…!? 正気か、言峰? 何故、他のマスターを助ける真似をする」
別に赤い服の少女を助けることはやぶさかではなかったが、言峰の真意が読めない。信頼関係が成立していない以上、その行動論理をせめて知った上でなければ動くことはできない、とランサーが思うのは当たり前だった。そんなランサーの思考を見越していたのか、
「何、彼女は妹弟子だからな」
「………嘘だな」
容赦の無い返事。
「テメエみたいな…善意とか情とか、そういう人としての美点を母親の腹の中に置き忘れてきたようなヤツが、たかが妹弟子だからという理由で他のマスターを助けるわけがない」
「……断定か」
そうは言いつつも、言峰の言葉に不快の色は無い。むしろ見破られたか、という微苦笑を滲ませていて―――それがよけいにランサーの気に障った。チ、と相手に聞こえるくらいの舌打ちをすると、まるで汚い物を見たくはないというふうに視線を逸らした。
「ならば、アーチャーを始末しろ。それならば何の問題もあるまい」
言われずとも、どの道サーヴァント全員と対峙するつもりだった。殊に赤の弓兵に関しては、自らの手で引導を渡してやるつもりであったのだから。
「……了解した」
次の仕事は『アーチャーの始末』。それを受けたのであれば、胸クソ悪くなるこんな場所にいつまでもいられるか―――すぐさま霊体化して動こうとしたランサーであった。が、
「………っ、何を、する……!」
まるで気付かなかった。動こうとした途端、言峰の頑強な手がランサーの右手首をしっかりと掴んでいたのだ。
「……慌てる乞食は貰いが少ない、という格言があるのだがな」
そのままランサーを自分の方へと引き寄せる言峰。咄嗟のことで振り切れないまま、ランサーの身体はまるで言峰に抱きしめられるような形になってしまっていた。
「な……は、放せ…っ……!!」
「そのままでは魔力が足りなかろう―――」
強制的な主従関係は、大聖杯の欲するところではなかったらしい。言峰とランサーの契約の際、令呪の顕現と共に形作られる主従を結ぶ魔力通路は不具合を生じていた。そのパイプラインがあまりにも細すぎたのだ。従って、ランサーに流れてくる魔力は以前のマスターと比べるとあまりにも少なくなっていたのだ。
「……別に、必要ない」
けれど、ランサーにとって微弱であっても常時魔力を流し込まれていたのだからさして問題はなかった。むしろ、対アーチャー戦で思う存分戦いを楽しむことができれば、今生の生は充分と言ってもよかった。
「お前に必要ではなくとも、私にとってはお前が必要なのだよ、ランサー」
「……オレが、ではなく手駒が、の間違いだろ。それに、最低限とはいえ魔力があれば、オレは貴様など断じて必要としない……!」
今のままでも充分に戦闘を行える。宝具を解放することくらい造作も無い。
そもそも、この男が自分のため以外に動くことなどありえないのだから―――。
「いや……きっとお前は私を必要とする―――お前自身の業の深さ故に」
「……………」
かろうじて言峰の腕を振り切ると、ランサーは神父から少し距離を置くようにして後退する。そんなサーヴァントの姿を見据えたまま、言峰は言い切った。
「アーチャーを倒せば、次はまた別のサーヴァントがお前の前に現れる。その時はどうする……?」
「決まっている。目の前の敵は全て……」
そこで、ランサーは何かに気付いたように言葉を切った。
「そう……お前は戦うために生まれてきた英雄。だから―――お前の戦いに終わりなど、ない」
言峰の言葉は真実であるが故に、鋭い棘のようにランサーに突き刺さる。
「だから、私の手を取れ、光の御子クーフーリン。お前が存在するための力を与えてやることができるのは、私だけなのだから」
差し出された手。
それを一瞥すると、ランサーは自らの手を重ねるようにして置いた。
置くしか、なかった。
「……意外と物分りがよいな」
「………………」
槍の英雄はあくまで無表情のまま、何も答えない。そんなランサーの様子を一瞥すると、言峰神父はほんの少しだけ謹厳な面を緩めた。
・END・
……そして、この後神父に美味しくいただかれるワケですな>槍。続きはすごくエロになりそうで怖いです……というか書く気あるのかワタシ。
消極的服従、という手段でしか言峰に抗し得ないランサー。それでもそれを受け入れたのは、やはりバゼットを失った自責のようなものがあって、自らに対する贖罪と無意識に考えているのかもしれません。しかし、ワタシが書くとほんっとーに暗い話になりますな……。
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