「ええっと……これで今日の買出し分はOKのはずだよな……」
左手のメモはようやく見える程度。左腕には2袋、右腕には3袋……そして、10sの米袋2つを両腕で抱きしめるようにして衛宮士郎は通いなれたマウント深山商店街の路地を歩いていた。しかしとてつもない量である。いきなり居候が増えたことも理由の一つだったが、その片方がとてつもなく大食らいであることも大きい。しかも、一番古い居候がいい歳をして新参の居候の食い意地に負けてなるものかと食べまくるから始末に終えない。そこに、士郎は女の胃袋の深淵を……女体の神秘を実感した。
「……バイト、もう少し増やしたほうがいいよなあ〜〜〜」
これがセイバーなどに聞かれていたら「聖杯戦争の最中に、何を暢気な!」と叱られることは明々白々である。士郎にしてみれば、そんな説教をするセイバーがバイトを増やす発言の原因になっていることなど言えるわけがない。巻き込まれた、という形にしろ契約をセイバーと交したのは他ならぬ士郎自身であり、彼自身セイバーに幾度となく危急の事態を助けられていることを思えば。そもそも、セイバーと契約を結ぶに至った経緯そのものが、すでに士郎の生死の境目だった。
学校で一度殺されかけ、衛宮邸にもその死の棘は執拗に迫ってきた―――あのランサーとの一戦は、数日経った今でも忘れることができない。あのときほど「死」という言葉を身近に感じたこともなかったし、あまりにリアルで却って夢かと思えたものだった。けれど数日を経たからこそ―――あの胸を貫かれる感触が―――まざまざと蘇ってくる。
そんなことを思っていたからだろうか、士郎はふと人の気配に過敏になってしまって思わず振り向く。が、そこにあるのは見慣れた景色と喚声。夕方のタイムサービスの始まる時間だから人も多く、声も大きい。至って平穏な日常の風景。
何ビビってんだ、俺は。
一つ、深呼吸とまではいかないが大きく息を吸って吐くと、士郎は再び前を向く。さっさと家に帰って、夕飯の支度をしよう……きっと夕飯までお腹がすくだろうから、セイバーにはぴったりのお茶菓子も買ってきたし……つとめて明るく、プラス思考に頭の中をまとめようとする。すると、そんな思考に引きずられたか、足取りが自然と軽くなった。軽くなったのはいいが……
「ああっ!!」
溢れる寸前だった左手のマイバッグから伊予柑が零れる。慌てて支えようとしたが、それでバランスを崩したのがまずかったのか、更に伊予柑はぽろぽろところがっていく。
「うわ、うわわっ!」
2個、3個と転がるお日様色の果実。両腕で米袋を抱えているものだから拾い上げることもできない。軽い坂道になっている路地を駆けていくようにして転がる伊予柑を追いかけていく士郎。と、そこに救いの手がやってきた。
米袋と荷物を邪魔にならない道路の隅に置いた士郎は、拾おうと振り向いたところで転がり落ちた伊予柑を渡された。その数は3つ……丁度八百屋で3個150円で買ったものだったから、それで1セット。
「あ、ありがとうございま……」
礼を言って顔を上げた士郎の目に映ったのは―――
「よお、ボウズ」
何日か前、士郎を魔槍の刃にかけようとした張本人―――ランサーだった。
「…………………」
「あんだよ、何かしゃべれよ」
しゃべれ、と言われたところでそう易々と言葉に口にすることができるようなら、衛宮士郎は今ごろ彼女の1人や2人と明るい健全な男子学生の生活を送っていただろう。
そもそも、数日前に殺されかけた相手を前に、何をしゃべれというのだろうか。人気のない公園に、男2人でベンチに腰掛けて。
「………ええと…………」
「………………」
言いかけたところで、相手は何も言わない。気詰まりを感じたが、そこでふと米袋が目に入った。
「あ、ありがとな。その……運んでくれて………」
いきなり礼を言われて一瞬だけ怪訝な表情をしたランサーだったが、その指すところを理解するとひらひらと手を振る。
「ああ、いいっていいって。大したことじゃねえよ」
あまりの士郎の慌てっぷり…というより動揺っぷりに呆れたから手伝ってやっただけのことだった。何しろ、ランサーの姿を目にした途端、驚いた拍子に後ずさった士郎は米袋につんのめって見事にコケたのだった。さすがに哀れになってくる。
「いや、でも結構重かっただろ? ……そうだ」
少しだけ場の空気が緩んだことに安心したのか、士郎はビニール袋の中をごそごそとかき回すと何かを取り出してランサーに渡す。
「……何だ、これは?」
「どら焼きっていうんだ。美味いぜ」
そう言うと、士郎は自分の分も取り出してぱりぱりと包装紙を破く。見よう見真似で同じように包装紙をはがしたランサーは、中から出てきた物体を物珍しげにためつ眇めつしている。
「中に餡っていう甘いのが入っててさ……けっこういけるんだ」
「ふむ……確かに」
「……って、え゛!」
ぱく、と士郎がどら焼きに齧り付いた瞬間、既にランサーはその月のような和風焼菓子を腹の中に収めていた。驚いた士郎は思わず吹き出した拍子に、菓子くずを口の端に飛ばしてしまった。
「あ………」
「…………」
それに先に気付いたランサーは、士郎の口元に顔を寄せると……
「え……………」
「…………うん、やっぱ美味えや」
自らの口唇と舌でその菓子くずを拭くようにして舐めとった。
「…………………」
今のって……今のって………。
思わず青ざめる士郎のことなど関知せず、その張本人はあらぬ方を見ている。そんな様子に、当初はただパニくるだけだった士郎の思考が徐々に怒りへと変じていった。
―――っていうか! 何で…何で男からああいうふうにされなきゃいけないんだ〜〜〜!―――
ぷち。
「ラ、ランサー! お、おま…お前一体、何を考えてんだーー!!」
いきなり怒り出した士郎にランサーはきょとんとして「は!?」という表情をする。
「だ、だ、だから! 口唇で……」
あまりのことに思考がついていかず、言葉もしどろもどろになっている士郎を不思議そうに眺めていたランサーだったが、ようやく彼の言いたいところを理解したらしい。呆れ顔になって、反論らしき言葉を口にする。反論というよりはぼやきに近かったが。
「あー……つーか、何であれくらいで………」
「あれくらい、とか言うなー! キ…キ…キ……キスの一歩、いや半歩手前じゃないかっっ!!」
「別に問題ないだろーが」
「ある! 大有りだっっ!! ファーストキスってのは一生に一度の問題なんだぞっっ!!!」
「んな大げさな……」
「大げさでも何でもない! キ…キ…キスは大事な第一歩なんだぞ!!」
「………お前、その歳まで女ともしたことがなかったのかよ………オレ、お前くらいの時には子供いたぜ」
「!! うわー! 不純同性交遊だけじゃなくて不純異性交遊までやってたのか!? お前本当に英雄かよっ! 英雄がそんなことしていいと思ってんのかー!!」
「そんなのただの甲斐性の問題だろうが。何だよ、テメエの甲斐性なしを棚に上げて……」
「カイショナシ……いっ、言ったなー! 誰が甲斐性なしだってー!!」
……ここまでくるとホモの痴話喧嘩にしか見えないのは、本人たちはわかっていない。
背後のBGM、子供と母親が、
「ままー、あのお兄ちゃんたち、何してんのー?」
「しっ! 見ちゃいけません」
というやりとりをしていたのをしらなかったのだから。
・END・
いちゃらぶ士郎槍。いや、この2人ならいちゃらぶもアリだと思いたい(笑)。クーフーリンが子供こさえた年齢は諸説様々ですが、おそらく15〜6くらいではないかと。だからと言って一緒にされてもねえ……。このあとしばらく延々と痴話喧嘩の後、先にキレたランサーが「いいか! あんなのは接吻じゃねェ」と言って思い切りディープなのをするわけですよ。当然ギャラリー(若いお母さんたちとその子供たち)もシーン、と静まりかえってまあ……。おそらく昔腐女子だったお母さんが一人くらいいてさ、こそっとブログとかに書いちゃったりしてるかもね。
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