「そういえば綺礼から伝言預かってたんだ」
「?」
一旦自宅に戻るという凛を送り出すために共に玄関へと向かう士郎。靴を履いた凛がつま先をトントンと整えながら、忘れてた、というように口を開いた。
「電話くれって。夕方になると買い出しに出るからなるべく3時くらいまでがいいって。じゃ」
ガラガラという音と共に出て行った凛を見送ると、士郎は時計を見上げた。
そして、瞬時に顔色が変わる。
「3時…ってもう5分ないじゃないか!」
うわわわ、と慌てて電話帳を引っ張り出すと冬木教会の番号を探し始めた。
RRRRRR………。
コールすること10回。出る気配の無い先方に、遅くなったか、と思いながらももう少しだけ、と受話器を持ち続ける士郎。コール15回でがちゃ、という音とともに「もしもし」と明るい感じの若い男の声が聞こえた。てっきりあの陰気な神父が出るとばっかり思っていた士郎は一瞬驚いたが、気を取り直すと神父の呼び出しを頼もうと口を開いた。
「あ…す、すみません! 言峰神父をおねが………」
だが、最後まで言い終えることはできなかった。
何しろ電話口の向こうから士郎の想像の範疇に収まり切らない声が流れてきたのだ。
「んっ……こ、こら……変なトコ舐め……んんっ! んあっ……ああん……っっ!!」
どう聞いても喘ぎ声。
……しかも男のもの。
更に、
「こ、こら……何して……っ! お、おめーら…別々のとこ、舐め、て……んじゃ……っっ!!」
ぷつ。つーつーつー……。
……そして、唐突に電話は切れた。
「な、何だったんだよ…今の……」
まさか自分はそういう…新宿○丁目系風俗関係の店に間違ってかけてしまったのか、と士郎は発信履歴と電話帳を照らし合わせて確認する。けれど、間違いなく冬木教会の電話番号だった。
「…………ちょ、ちょっと待て………」
落ち着けー落ち着けー、と念じながらすーはーすーはー深呼吸してみる。すると深呼吸の効果があったのは、次第に頭の中に余裕が生まれてきた。
「あの声………」
最初の『もしもし』。
軽い感じの明るい男の声―――それは士郎の記憶で該当するものがあった。
戦闘時こそ歴戦の強者の雰囲気を漂わせるも、平時は頼りがいのある兄貴分のような陽性のそれ。
槍の英雄・ランサー。
士郎の頭の中で、魔槍ゲイボルクを構える雄々しい姿が印象的の青い槍兵と先程の喘ぎ声がどうしても結びつかない。まるで女のような……むしろ女の嬌声より艶めいているように感じるのは、元の声のトーンが低いからだろう。
「それにしても……どうして……」
そう。あの青の槍兵が喘ぐ理由が見当たらない。まさか戦闘時に電話をとったとかそういうこはないだろうし、戦闘時に発するの息切れのような喘ぎではないだろうことぐらいわかる。
それより……と、別の想像が士郎の頭の中を過ぎった。
「ち、ち、違うだろーーー! うわー! な、何考えてるんだー、オレはーーー!!」
自らの頭の中に巣食った妄想を振り払うようにぶんぶんぶん、と強く頭を振ると、士郎は玄関先に置いてあったマイバックを取って家を飛び出した。
鍵を掛けるのもそこそこに。
「ふう………」
買い物からの帰り道。マウント深山の脇道を入ったところにある小さな公園で一休みがてらベンチに腰掛けると、士郎は深々とため息にも似た吐息を吐き出していた。ため息の原因は他でもない、例の冬木教会へ掛けた電話の喘ぎ声である。
あの喘ぎ声の主がランサーだとしたら―――一体、マスターである神父は何をしているんだろう。と、士郎はそう思わずにはいられない。けれどそこでもう一つ思い当たることに気づいて、思わず自分の手の甲を見る。
そこにあるのは―――セイバーの令呪。
同様に、言峰綺礼の手にも存在しているのだ……ランサーの令呪が。
サーヴァントに対する絶対の命令権。人よりも神に近い英霊を人の手に従わせるための力。それは英霊にとって理不尽な命令であっても従わせることができるのだ。
それが、死ね、という命令でさえも。
ならば……!
「もしかしたら……アイツ、何かとてつもなくヤバいコトを命令されていて………」
決死の覚悟で、あの槍の英霊が抗っているのだとしたら。
確かに士郎にとって彼らは敵である。しかも、士郎自身あの魔槍によって2度も殺されかけた。けれど主から理不尽な命令を下されるサーヴァントの姿は見たくない。それがたとえサーヴァントとしての在りようだったとしても。
……自分は何のために魔術を学ぼうとしたのか……?
決まっている、理不尽な悲しみを受ける全ての者たちを守りたかったからだ……!
「……取りあえず、教会に行ってみるか………」
堂堂巡りの結果、一つしか方法の見出せなかった士郎は両手のマイバッグを持ち直すと両足に力を込めて立ち上がった。
瞬間、
「よう! ボウズ」
「へっ!?」
士郎の視界に現れたのは予想だにしない人物。
……そう、件の槍の英雄だった。
「何だ、マスターのくせにまた自分で買い物してんのかよ」
「…………………」
唖然とした士郎に、いつもの飄々とした風体で話し掛けるランサー。二の句が継げずにいる士郎を不審に思ったのか、
「どーしたよ? 熱でもあんのか?」
と、ランサーは士郎の額にその白くて大きい手を当ててくる。
「…………………」
「…あん? 別になんともねえな」
安心させるかのように口角だけを動かす笑みを浮かべると、ランサーはその手を離した。
「…………………」
「それとも何か、またセイバーから何か言われでもしたか? 『シロウはマスターとしての自覚がなさすぎです!』とか」
奇妙な裏声を使ってセイバーの真似をしてみせるランサー。普段であればそれ相応のツッコミを返すこともできただろうが、この時の士郎の脳裏にあったのは一点のみ。
(「んっ……こ、こら……変なトコ舐め……んんっ! んあっ……ああん……っっ!!」)
敏感な部分に舌を這わされているのだろうか。それでも抵抗しようとして制止の声を上げる青年がいた。けれど、青年の白い身体を侵食していくように、快感は彼の身体に流れ込んでいく。
(お、落ち着け落ち着け〜オレ! 何をいつまでも引きずっているんだー!)
何度も何度も心の中で、言い聞かせるようにして呪文を唱える士郎。けれど、すぐ隣に元凶がいるせいか、いつまでたっても心臓の鼓動がおさまらない。
しかも、
「あ…っ……こら、やめ…っっ……そんな、とこ……あんっっ………」
なんて幻聴まで聞こえてくる始末。背筋が凍るような感触に支配された士郎は、最後の助けを求めるかのように心の中で父親に語りかけた。
(じ、爺さん……オレは爺さんに誓ったこと……守れろどころか……へ、変態になってしまいました〜〜〜うううううゴメンナサイごめんなさいぃぃぃぃ〜〜〜)
心の中で必死に士郎は詫びる。
養父のようになりたかった。養父ができなかったことをやりとげたかった。
なのに…志半ばにしてそれは断たれるだけでなく、自らのトンデモナイ性癖が開眼してしまったのだ。これが詫びずにいられようか。
「だ、だから……やめ…ろ……っっ……んんっ……んあ……ん…………」
(爺さんーーー! 親不孝は詫びるから! だから、だから…この幻聴だけでも助けてくれぇ〜〜)
士郎が冥府にいるであろう切嗣に必死に祈りにも似た哀願をこめているその時だった。
「こら! てめーら、メシ抜きにすんぞっっ!!」
「……………へ!?」
陵辱を加えているであろう相手に向かって、
「メシ、抜き………………?」
おそるおそる視線を動かしてランサーを見る士郎。するとそこには……
「全く……誰に似たんだか………」
と、悪戯が過ぎた子犬2匹を摘み上げているランサーがいた。
・END・
またもや登場のマッハ&セイングレンド。おイタレベルが急上昇ちう。そしてギル様がまた悔しがる(笑)。
まんまと乗せられた士郎はムラムラが解消できずに数日悶悶。そしてそんな自分の気持ちに区切りをつけるべく教会に行ってみれば、中はもぬけの空。誰かいませんかー、と歩いていったらきゃんきゃんと犬の吠える声が。子犬ズが吠えつつガリガリと掻き毟ろうとしている扉の置くからはくぐもった喘ぎが。ドアノブに手をかけようとしたその瞬間「いや−−−よく来てくれた、衛宮士郎」と、セイバールートよろしく神父に肩を掴まれ、無理やり4Pの宴に参加させられるワケですな。
合掌(誰に?)。
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