おにいちゃんと私


「お待ち下さい、お嬢様!」
「イリヤ!」
 人の気配のほとんど無い、冬木市郊外アインツベルンの森にある城。その中ではささやかながら一つの騒動が起こっていた。
「外に行くのっ! 邪魔しないでよ…!」
 メイド2人を振り切って城を出ようとするイリヤ。何があったのか、その幼い表情には決死の覚悟を浮かべていた。
 部屋を飛び出し、長い廊下を一直線に駆け抜け、シンデレラ城もかくやという大階段を駆け下り、正面の扉のノブに手をかけたところで、

「きゃ……っ!」
「捕獲かんりょ〜」
 彼女の身体は吊り下げられた獲物のように、槍の穂先にかけられていた。他でもない彼女のサーヴァントによって。


「ですから、危険だと申し上げました」
「1人で外に出ると『ろりこん』っていう化け物につかまっちゃうんだよ」
 メイドのお小言攻撃を右の耳から左の耳に通過させながら、イリヤは恨めしそうに傍らのランサーをねめつけた。
「この、裏切り者……!」
 対するランサーはというとそ知らぬフリを決め込んでいる。
「あなたサーヴァントでしょ! 何で私のいうこと聞かないの……!」
 逃走に失敗したイリヤの、半ば八つ当たりに近い糾弾にもランサーは動じない。それどころか、屈んでイリヤの耳にこそっと囁いた。
「……………」
 それを聞いたイリヤの動きが一瞬だけ止まった。続いてセラの厳しい言葉が続く。
「ランサーを責めるのはお門違いです。そもそも、明確に外に行かれる理由を説明していただかないことには、こちらとしても言いようがございません」
 理由を説明したら説明したで今度は「いけません」と言われるのがオチだ。それがわかっているからこそ、イリヤも何も言わなかったのだ。
「……もう、寝る」
 不貞腐れた様子で自室に向かったイリヤを守るようにして、ランサーもまた彼女の後を追った。



 日付が変わって深夜2時。

「……なー、なんでこんなとこでこんなことするんだ?」
 イリヤの傍についてきたランサーがぼやくようにして尋ねた。彼にしてみれば不思議でならない。マスターとして最強の力を誇るアインツベルンの当主たるイリヤが、夜中に、体操着姿で、人目を避けるようにして運動するということが。
「……なんであなたに言わなくちゃいけないのよ。大体、レディにものを尋ねるにはそれなりに作法というものが必要でしょ!」
 何がレディだよ、このお子ちゃまが。心の中で呟いたランサーを誰が責めることができるというのだ(反語)。
「大方あのシロウとかいう坊主に会いに行こうとしたんだろうけどよ……」
「会えるわけないじゃない!!」
 セイバーのマスターである衛宮士郎という少年に対するイリヤの執着については、ランサーは興味も無いし関わりを持ちたいとも思わない。けれど、そのために彼のマスターであるイリヤが危険に直面することになっては困る。あってもそれくらいの関心でしかない。けれど、
「会えるわけ、ない……」
 切ない表情…まるで、慕っている兄に思い切り甘えられない妹のような顔をして俯くイリヤを放っておけるほど器用なタチではない。
「イリヤ……?」
「だって……」
 ぽつん、真珠が一滴地面に消えた。
 思わずたじろいだランサーだったが、黙ってイリヤの前に背を向けて屈みこんだ。
「………? なに、ランサー……?」
「負ぶされよ」
 唐突なランサーの行動に、イリヤは思考がついていかない。
「でも……わたし、疲れてないよ?」
「いいから。『お兄ちゃん』に甘えてみろって」
 おずおずとランサーの方に手をかけ、細身の割には広い背中に自分の身体を預けるイリヤ。すると、
「きゃ…!」
「しっかりつかまってろよ」
 身体を落ち着ける間もなく、ランサーがすっくと立ち上がったため、イリヤはランサーの肩にしがみ付く形になってしまった。
「そ、そういうことはもっと早く言ってよねー!」
 慌てて抗議するが、ランサーは笑って取り合わない。最初のうちはぷー、っと頬を膨らましていたイリヤだったが、一定の律動に揺られるに従って眠気をもよおしてきた。背中の体温が少しずつ高くなっているのを感じたランサーは、リズムを意識して揺りかごに徹する。
「なあ、イリヤ。どうして坊主のところに行けないんだ? アイツはお前が何だろうと気にしないと思うぜ」
 身体全体に刻まれた魔術回路。そして、ヒトの身ですらない命―――だから甘えられないのだろうか。そう思ったランサーは赤子をあやすように優しく問い掛ける。半分意識が飛んでいるイリヤが、そんなランサーの声に誘導されるようにして呟いた言葉は……


「ダメ……太ったっちゃったから……こんなのでシロウのとこに行けない……」


「………は!?」
 思わず止まって疑問の形の口をしたランサー。
「シロウには太った姿…絶対…見せない…ん…だから……」
 最後の息を吐き出したと思ったら、すぐにそれは規則正しい寝息に変わる。すー、すー、そんなイリヤの寝息を聞きながら呟かずにはいられないランサーがいた。




「オレのしたことって、一体……?」



・END・

ゲーム中では1度も絡みのない2人ですが、秋とくればスポーツ、スポーツとくれば体操着! というコトでイリヤちゃん登場(笑)。兄貴属性のランサーと妹属性のイリヤの組み合わせは意外と萌えます。


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