夢のまた夢 2


「……バゼット……?」
「……………」
 感情が急激に昂ぶったせいなのだろうか、バゼットの青い瞳からは一筋の雫が流れ落ちていた。
「……………」
「お、おい………」
 自分が涙を流していることに気付いていないバゼットだったが、目の前のランサーが未だかつてないくらいに動揺しているのを見て自分に何かの異変が起こったことを悟った。けれどどうすればよいのか、と考えを巡らせていると、
「……………」
「……………」
 無言のまま、気まずそうにランサーが自分の目元に触れてくる。それでようやくバゼットは自分が涙を流していることに気が付いた。
「あ………済まない……」
「………いや…………」
 律儀に礼を言うバゼットに、ランサーは更に居たたまれない気持ちにさせられた。女を泣かす、などということは彼の行動理念にあってはならないものだったから。
 数々の女と浮名を流してきたランサーだったが、房事以外で女を泣かせることなど一度たりともありえなかった。それがまるでどうだ、今の状況は。これでは好きな女の気を引きたくて稚拙な愛情表現しかできない子供のようではないか。そんな思いがランサーの頭の中でぐるぐると渦巻いていた。
「……………」
「……………」
 涙を掬い取ると、行動が続かない。バゼットの目元を触れたまま固まってしまったランサーを動かしたのは、その手に重ねられた主の手だった。
「もう大丈夫だろう?」
「……あ、ああ………」
 穏やかな声で尋ねてくるバゼットに、慌てたように手を離すランサー。そんなランサーの様子を見ながら困ったように笑みを浮かべたバゼットはぽつりと呟くようにして言った。



「昔、ある男に借りを作ってしまったことがあったんだ」


 それは前回の聖杯戦争が終わってしばらくたってからのことだったという。聖堂教会の代行者と共闘という形でとある仕事に従事することになったバゼットは、まだ駆け出しといってもいいくらいのレベルの魔術師だった。もっとも、当時からその技量はずば抜けたものをもっていたわけだが、やはり戦闘において重要なのは経験と呼ばれるものである。自らの技量への慢心もあったのだろう、バゼットは生かしたまま捕縛しなくてはいけない敵をうっかり殺しかけたのだった。

「………昔っから無茶なコトするヤツだったんだな………」
「ん? 何か言ったか?」
「いや別に。で、それからどうしたんだ?」

 結局、その共闘相手のフォローで事なきを得たのだが、その後が大変だったのだという。その後も共闘の機会があったが、とうとう最後まで相手からの信頼を得ることができなかった。早い話が半人前扱いされ続けたのだ。

「………そりゃあ、確かになあ………」
 バゼットの気持ちも分からないでもないが、その共闘相手の気持ちもランサーは理解できた。共に闘うということは相手に全面的に背中を預けるということなのだ。けれど、その結果として現在のバゼットがあるのは間違いない。それを思うと結果オーライのような気もしないでもないランサーだったが、バゼットはそういうところを問題にしているのではなかった。
「半人前扱いされるのも癪だったが、何より借りを作ってしまったのが悔しかったんだ!」
「……負けず嫌いもそこまで行くかよ」
「当たり前だろう! 絶対に許せん! いわばあの男に護られた形のままなんだぞ! 今度こそギャフンと言わせてやらなくては気がすまない!」
 さっきまでの冷静さはどこへやら、ぎゅっと両の拳を握り締めたバゼットは炎を背負っているようにも見えた。一人白熱したバゼットの瞳を射抜くように見つめると、ランサーは口を開いた。

「……なら、オレがお前を護ったら、お前はオレを許さないのか?」

 唐突なランサーの問いに、バゼットはきょとんとした目を向けると、
「……何を言っているんだ? お前は私のサーヴァントだろう。サーヴァントがマスターを護らなくてどうするんだ」
 何をバカなことを、と吐き捨てるように言ったバゼットだったが、今度はそんな彼女がランサーに怪訝な目を向ける。


「……何をお前はそんなにニヤけてるんだ……?」


 見ればランサーはまるで餌を与えられた犬のように表情がほころんでいる。
「いや、そんなことはないぜ」
「……すごく不気味なんだがな」
「だから、そんなことはないって……気にすんなよ」
 懸命に否定するランサーにバゼットはもう一度怪訝そうにランサーを見たが、疲れが溜まっていたこともあって急激に眠気が襲ってきた。そうなると追求する気も失せてしまったようで、
「……なら、私は休む。ランサー、見張りを頼んだぞ」
 と、ランサーに背を向ける。そんなバゼットの後姿を見ながら、ひらひらと手を振ったランサーは、
「ああ……今度こそ、いい夢を」
 そう言って見送る。振り向く気力すらなくなっていたのか、バゼットはその声に応えるように手を上げると寝室へ消えていった。


「お前を護ることができるのはオレだけ、か」
 くすぐったくなるような気持ちを抱くと、自然に笑みが零れた。ランサーは自分の手を見つめ、そして寝室の方へと視線を移す。



「最後までお前を護ってやるよ、バゼット」
 彼のそんな呟きを聞くものは彼だけだった。

・END・

 らぶいちゃ主従を書きたかったのですが、気がつけば別物に(苦笑)。前編のバゼットさんはGPMの舞姫にクリソツというツッコミはあえて却下(笑)。サイドマテリアルで書かれているバゼットと言峰の関係をワタシなりに想像してみたつもりですが、どうでしょう?


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